• 締切済み

逃げるのも正解か

自分の今いる環境が自分には合ってない、今いるところでは自分を成長させていく、あるいは自分の力を活かしていくことが出来ないと感じた時、逃げるのが正解であるときもあるのでしょうか?長文で乱文ですので何卒宜しくお願い致します。 僕は今大学一年生で、体育会の部活の間を移っているところです。入学当初から夏までは応援部にいたのですが、秋からは別のスポーツの部に活動を移すことにしました。 その理由としては前からそのスポーツに興味を持っていて、応援部がその役割上それぞれの競技に打ち込んでいく他の部を全体的に見渡していくのに対して、僕はより具体的にそのスポーツに関わりたかったというのもあります。 そして、もう一つの理由としては、応援部の現状に関する不満があります。 そもそも僕が応援部に入った理由というのは、常に学生達の注目を集める人、学生達を何らかの形で引っ張っていく人でありたかったからです。事実、親に聞いた話によれば一昔前はまさにそうであって、応援部の人たちはまさにみんなのヒーローだったそうです。 ところが、時代のせいか、今の応援部の現状はそれとは一切違います。自分達のやっていることなんか殆どの学生からは見向きもされないし、気付いていたとしても(ん?ああ、何かやってるなー)くらいにしか思われてないだろう、という感じです。大学の旗を掲げているのも、大学のために声を出し拍手をするのも応援部であるという認識はどこにあるのでしょうか。現在の野球場の応援席や応援部のパフォーマンスステージの観客席の大半がOBOGや応援部オタクの常連客であることからもそれは一目瞭然です。 ところが、今の部内ではそのような現状を変えていこうという気運は感じられませんし、むしろ現状で満足している気持ちが感じられます。上記のような現状の中、応援部員はひたすら辛い練習を乗り越えていき、応援部にいることの意義やそこでの自己の成長、そういったものを自分なりに見出ださなければなりません。というか、それを見出だすことに精一杯なんだと思います。先輩方それを経験してきた方々なので、最初僕が退部の話を持ち出したときは、「お前は多分今人生で最大の挫折をしている。俺らだって辛くて逃げ出したくなるときもあったが、それを乗り越えたから今がある。ここで逃げるようでは別の道に進んでも同じような壁にぶち当たる。俺らはお前にはぜっっっっったいに後悔させない」というようなことを言われました。要するに、逃げようとしているだけだと思われていました。このような話を持ち出したのは夏の初めだったので、先輩方とは夏の練習や合宿の間はここに残り、その後改めて考えるという約束をしました。その結果やはり退部の意志は変わらなかったので、先輩方もじゃあもう仕方ないなという感じで、何とか退部の手続きを進められた次第です。 さて、上記のように応援部を変えていこうとしない方々が殆どですが、その一方で変えていこうとする方々もほんの一部います。今の主将がそうだし、応援部の同期の一部もそうです。そこで、僕は退部の手続きを始めた直後に応援部の同期に転部の意志を示したのですが、その同期の一部からは大反対されました。僕はその人たちには、応援部が今のままでは駄目であること、転部先の部が現在トップを目指していくために組織として改革していっていること、僕がそのような動きの中外部の企業や人々と連携をとっていく役割のスタッフとしてこれから働くこと、そしてお互いの部を変えていくにはお互いの力が必要だし、これからも関わりは強くなっていくことを説明しました。それでもその同期の一部からは、「そこで何で応援部に残らないんだ!?俺らが力を合わせれば応援部を変えていけるかもしれないのに、何で俺らを置いていくんだ!?」と大反対されています。 主将に関しては、応援部がこのままだと衰退していくことをよく分かっていて、そのためにどうすればいいのかというのを下級生からも言ってほしいと呼び掛けているので、近い内に主将と面談して、退部の経緯や現在の応援部に関する不満を説明するつもりです。そこで今後の僕たちの代の活動の方針を決めておくのが今の僕にせめて出来ることなのですが、そこでも上記の同期の一部と同じように、僕がそこで何で応援部に残ろうとしないのか疑問に思われないか、気がかりです。 今の僕がやっているのは、自分がこの大学生活において活動する環境を選んでいることなのですが、傍からみれば単に逃げているだけなのかもしれない。僕がやっていることは、果たして本当に正しいのでしょうか。

みんなの回答

  • izumi044
  • ベストアンサー率36% (1333/3622)
回答No.6

>常に学生達の注目を集める人、学生達を何らかの形で引っ張っていく人でありたかったからです。 >応援部の人たちはまさにみんなのヒーローだったそうです。 >自分達のやっていることなんか殆どの学生からは見向きもされない これが質問文の全てじゃないですか。 自分を認めてもらえないことに対しての不満。それに尽きると思います。 必要なのはその先のはず。このままでは、先輩もおっしゃっているように >ここで逃げるようでは別の道に進んでも同じような壁にぶち当たる。 こうなると思いますよ。 本当に認められたいと思うならば「認めさせてやる」という気概も必要になります。ですが、それが今の質問者さんにはない。 そんな人が、他人を引っ張っていけるとは到底思えません。 せめて一度でもいいから、具体的に改善するための行動をすべきでした。 それと。せっかく同じ志を持った仲間がいたのに、その仲間と協力せずに別の道を選んだことはもったいないなかったと思います。 その仲間との協力することで得る経験は、おそらく今後の質問者さんの財産になったでしようから。 改革というのは、外からするものではありません。内側からするものです。 外側からの改革なんて、反発くらっておしまいですよ。 (よそもんが、好き勝手いいやがってと) ですから。自分が手を放してしまったことに対しては、もうなにもしないでください。 後は残った人に任せましょう。 応援部を辞めた今、質問者さんに出来るのは、協力であって、それも請われた時に力を貸す程度のものでしかありません。 自分で道を違えたのですから。そのまま自分の道を進んでください。 今の選択が正しかったどうかは、その後の質問者さんに行動によって変わる話です。

noname#234995
質問者

お礼

ありがとうございました。

回答No.5

こんにちは、60代の会社経営者です。 大学で色々な事で迷ってるのですね。 物事にはすべて色々な選択値が有ります。そしてその選択の中から唯一無比に出会えることが、人生豊かにします。 >逃げるのが正解であるときもあるのでしょうか? 人生において逃げることに正解があるかどうかは、何年もたってあの時逃げて正解だっだっと、人生のおける成果を作った時だけで言えるでしょう。 だだ逃げる行為と姿勢は違います。逃げの姿勢は俗に言う負け組をつくります。 応援部をやめるにしても、逃げ出すのと、もっとやりたい事が有りそれに全身全霊をを掛けたいからやめるので雲泥の差が有ります。 私の友人で一流大企業の人事担当役員がいますが、大学生を取るときに同じ程度の成績なら運動部で補欠でも4年間やり通した人間を取るそうです。 大学時代何をしていたかは大して需要ではなく、なにをやり通したかがその人の人間性に反映される言っていました。 彼は早稲田のラグビー部出身ですが、入社時の成績は同期でビリに近い方だったそうですが、いまや取締役で出世頭です。 既に退部されているとの事ですが、主将や応援部の同期に部のことで関わったり、意見やフィードバック、部活動に関する話はやめた方が良いです。 一般社会でも、会社を転職して出ていった人間に、やめてからあれこれ言われても、だれも受け入れはしない、批判として受け取るでしょう。 まして逃げ出した人間ならなおさらです。 >今の僕がやっているのは、自分がこの大学生活において活動する環境を選んでいることなのですが、 と、仰っていますが、これは逃げ出す在り方を正当化しようとする言い訳ですね。 主将に物申そうと言うのも自分の中で、逃げの姿勢を正当化しようとする現れです。 >僕がやっていることは、果たして本当に正しいのでしょうか。 正しいか間違っているかは、貴方自身が一番わかっているのではないですか? そして、自分のしたことに自信がなく不安に思っている訳です。 その証拠が一番最後の行のこの質問です。 世の中で、成果を創り出し、ビジョンを実現して居る人たちは、企業人、スポーツ選手、芸能人、政治家など多数いますが、人口全体からみると少数派です。 逃げの人生を送っている人たちは、言い訳を言い、世の中や、組織など周りのせいにして、自己正当化する傾向が有ります。 貴方はまだ若いので、軌道修正可能です。 やめた応援部の事は、すっぱりと意識の中で決別し、新たな領域にチャレンジする事をお勧めします。

noname#234995
質問者

お礼

ありがとうございました。

  • zabusakura
  • ベストアンサー率14% (2381/15945)
回答No.4

学生達を何らかの形で引っ張っていく人でありたかったからです。 応援部を変えていこうとしない方々が殆どですが、その一方で変えていこう とする方々もほんの一部います。 引っ張っていく人でありたいと言いながら自分で変えようとしないのは ただ目立ちたい、それだけだったのでは? 自分一人で変革しろと言われてる訳でもなく仲間もいるのに? 多分、逃げてるだけでしょうね。正しい、正しくないは、そういう判断基準で 言えることじゃないと思いますが、少なくとも残って変えて行こうとしてる 彼らは結果は、どうなるかは別としても人生では、その経験が生かせ プラスになる経験をしているとは思います。 逃げることが必要な事柄も有ります。命に係わること(いじめとか、それに 類似すること)今回のケースは、それには入らないと思いますが あなたが選択、決断することです。 ただ簡単に逃げたり投げ出し自分に都合のいい言い訳を考え、その選択を 正当性のあるものに持って行こうという傾向は有ると思いますが どういう時でも、自分が選択し行った言動は自分に返るだけです。 少なくとも、あなたは人を引っ張っていくタイプでは無いと思います。 ただ、それだけのこと。 正しいも正しくないも無いです。正解なんて無いです。

noname#234995
質問者

お礼

ありがとうございました。

  • marissa-r
  • ベストアンサー率21% (634/3008)
回答No.3

“逃げる”て言葉は印象が悪いですよね。 しかし何事にも選択肢の一つに含むべきだと私は考えます。 その場に踏ん張り、我慢しても努力しても変わらないならば、敢えて逃げる……逃避ではなく回避かなぁ。 人生、何度も分岐点が有りますからね。 その時々で選択肢を変えても良いのでは。 本来の“逃げる”の意味は“何もしない”事なのではないでしょうか。

noname#234995
質問者

お礼

ありがとうございました。

  • ADATARA
  • ベストアンサー率43% (583/1345)
回答No.2

こんにちは! <夏までは応援部にいたのですが,秋から別のスポーツの部に活動を移すことになりました。・・・僕がやっていることは,果たして本当に正しいのでしょうか。  もう決まったことのようですね。  学生時代の生き方は,勉強のほかに人生に直結するものが学べます。私は4年間,将棋部で活動しました。社会人になると,つらいことや苦しいことに数多くぶつかりますが,それを乗り越えられる知恵と勇気と忍耐は4年間,部活を全うしたことで身に付いたと思っています。その後,定年し,さらに5年間の再雇用を経て現在に至っていますが,私の人生経験からは,今回の判断は学生時代の生き方としては間違いないものの,今後の人生に与える影響としては大きなマイナスになる可能性が高いと考えます。社会人になれば,不条理なことなどたくさん嫌なことがあります。あなたが逃げているとは言いませんが,全体判断を間違えていると考えます。私だったら4年間,応援部として活動し,4年生になったら応援部の改革を仲間とします。  いろんな生き方がありますので,学生時代を自由に生きる選択肢があることは承知していますが,将来への展望が十分でなかったと思います。将来,就職して入社してしばらくいたら,思っていたような会社じゃないと感じたとき,転職を考える思考パターンになるのと少し似ているからです。  背中を後押しする回答を期待されていたのかもしれませんが,辛口の回答ですみませんでした。今後の人生に幸い多いことを祈念しております。

noname#234995
質問者

お礼

ありがとうございました。

回答No.1

逃げるは恥(?)だが、役に立ちます! って言うか、あなた、少しも逃げていないではないですか。私だったら、体育会系でウンザリしたら、文化部か帰宅部を選びますよ(笑)。 応援部がその役割上それぞれの競技を全体的に見渡せたのと同じ様に、一つの競技に取り組む事で見えてくる応援部の姿もあるはずです。 あなたは、あなたの進むべき道へ進めばよろしい。 傍からどう見えようが、あなたの進むべき道へ進めばよろしいです。

noname#234995
質問者

お礼

ありがとうございました。