創価学会信者の結婚式概念
特定の宗教の話だと感情的な書き込みをされる方がいらっしゃるかもしれませんが、私は宗教に否定的ではありませんし、創価学会を非難する為の質問でもありません。
ご回答下さる方は、どうか「最後まで」お読み頂いてからお願いします。
親族が創価学会信者の女性と結婚します。
結婚式は一般的なチャペル(キリスト教式)で挙げるようです。
キリスト教式とは言っても最近の日本では「これが普通」になっていますし、チャペルとは言っても「チャペル併設のセレモニーホール」が沢山ありますよね。
ただ、ここで誰もが思う疑問が出てきます。
宗教観の浅い一般的な日本の若者が「ウェディングドレスを着てチャペルで結婚式をしたい!」という気持ちはとても理解できるのですが、創価学会(に限らずキリスト教以外の宗教)に熱心な方がこれを言うのはなんだかおかしな気がします。
神社での一般的な日本の結婚式である「神前式」は出来ないのに、なぜ十字架とキリストさんの前で誓うのはアリなのか?
同じ宗教の中で宗派が別れた神社での神前式がダメと言うのは勿論理解できるのですが(神社に足を踏み入れることすら毛嫌いする方もいますからね。)、キリストはまったく違う宗教だから関係ない、という考えなのでしょうか?
この疑問を熱心な創価学会信者である友人に質問してみました。
すると、「創価学会の結婚式」という決まった儀式が存在しない為このような状況になるとのこと。
お互いが熱心な学会信者である場合は創価学会の会館でお経をあげるなどする独自の挙式を行うことも可能だそうですが、基本的には「決まりは無い」のでチャペルでの挙式だってOKなんだそうです。
うーん、やっぱりいまいち納得とまではいきません。
神前式ができないのは分かります。自分が信仰している教えと違うことを教えているメッカで、そこの儀式に習って挙式をあげるなんておかしいです。
ですが、ウェディングドレスを着て十字架の飾ってあるチャペルで心の中では南無妙法蓮華経を唱えているというのも十分滑稽ではありませんか?
要は、熱心な創価学会信者でも「ウェディングドレスとチャペルに憧れる」わけで、都合良く解釈してチャペルで挙式をあげることに問題は無いとしているだけのように思います。
創価学会信者の方は勿論、この話題にお詳しい方がいらっしゃいましたらご意見頂けると嬉しいです。是非宜しくお願いします。