良い姿勢ですね。それは捨てないことです。
ただ、あなたは学生なので、まだ、自身の研究より学ぶことが大切です。研究者や技術者への道のりからみるとあなたはまだ幼稚園くらいの状況です。園児が将来への勉強や友達作りに夢みるように、あなたは研究や学会に夢みている段階なんですね。
学部の研究室は小学校、院前半が中学校みたいなもので、学部生は研究への作法、院で技法を学ぶと思うといいですよ。
小学校に行かなくても「効率的な勉強」はできます。出来ないのは学校(学会)で認められる評価を得る作法、継続して周囲に認められていく勉強(研究)を続けていくために必要な技法です。
ただ、荒れた学校に入ったり、イジメにあったり、落ちこぼれでもそのまま放置、最悪お客さん扱いして卒業させてしまうろくでもない学校があるのと同様に、研究室にもダメな面、ダメなところもあります。私、小保方さんって、騙そうとして騙したんじゃないと思うんですよね。あれが正しいと習ってきたか誰にも習えずに独学したんて周囲がおだてることしかしなかったんじゃないかと思います。当時、国策で、女性研究者には膨大な研究費が付くお客さんの面があったんだと思います。
本来の作法、技法を学べないまま修了してしまった研究者、技術者には悲劇しか待っていません。野口英世すら、研究に集中することの罠にハマったことがあるくらいですから。小保方さんは罠としては初歩的なものにハマったと思いますが、熱心に、真面目にやるほど大きな罠が待ち構えます。
科学というのは、学問のジャンルを指す言葉ではなく、真理へのアプローチへの手法を表す言葉です。その手法を実行するために、道を外さない作法、技法があり、研究室ではそれの実践の仕方を学びます。
また、学会などの人脈とともに作法も学ぶわけですね。
ちょうど同時期に、研究室の指導官が有名な雑誌にしか投稿を認めないとか、いくつかの研究室への不満を書き連ねて、アカハラでないかという質問が挙がっているので、見てみるといいかも。
例えば、有名な雑誌に絞っているのは、そこが審査が厳しいので作法を学ぶのに適しているからだし、夜間、土日も研究をすることを強いるのは、研究がすき家のバイトのような労働時間対価の職業ではなく、成果対価の職業だからです。すき家がバイトを長時間労働させたら大問題ですが、マンガ家が修羅場はイヤと夜間土日を休んでつまらない作品を作ったらどうなるか分かりますよね。
研究室は自己実現の場ではありません。あなたが小学校から大学の前半で学んだ知識、学び方、考え方を総動員して、最後に研究者、技術者になるための実践の「仕方」を身につける場です。
いいかえると、いやいや自分はそういうムラ社会ではなく、自分で道を切り開きたいんだ、と、いう人にはいらないところです。
ビル・ゲイツもスティーブ・ジョブズもスティーブ・ウォズニアックも研究室は吹っ飛ばしてたはずですよ。
まあ、西さんや嶋さん、アラン・ケイが大学で教えてるということは、昔、型破りで革新的だったことも型ができたのかな、とも思いますが。