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江戸時代にコンビニ
江戸にコンビニがあったそうなんですが、どんな様子だったんでしょうか? 店名、商品、店員、店内の様子、営業の仕方、そこで起こる人間模様など、何でもいいのでご存じの方はお教えください。 ただ、江戸の町は夜の四ツ時(午後10時頃)に木戸を閉めて人の往来ができなくなるので、24時間営業はしてなかったであろう事だけはわかってます。 おもしろいものは、いつか私がつくる番組「でまかせ!タイムスクープハンター」で採用させていただきます♪
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#11から続き 朗噂の二階 「与太郎。猫のひげをぬくと叔母さんにしかられるぞ。 そいつがネズミを捕らなくなると、大事な商品を喰われちゃうんだ。」 「へーいっ。 あ、若旦那また神楽坂の姉さんとこんなところでおさぼりかい?」 「いいんだよ。あたしは店の主だから、こうして二階で店の客の入りを眺めている だけで」 「若旦那。すごいわ。今回の趣向は大当たりだったわね。」 「まぁ、あたしがものぐさだから、こんな店がほしいと思うものを造ってみただけ だけどね。」 「きっとこういう店が遠くない先にたくさんできると思うわ」 「5丁先に一軒くらいでしいよ」 「そうじゃなくて未来という意味よ。」 「さて、次は何をするかな。造り酒屋の当主というのがいいかな。 酒販売の免許では苦労したからなぁ」 「きっとそれも遠くない先には規制緩和とかになるわよ」 皆さん、こんばんは、コンビニは世代を問わず自分たちが生きた時代の伴走者で あったと言えましょう。流通業界は百貨店・専門店の時代からGMSの時代へ そしてさらにイトーヨーカ堂に見られるようにコンビニがGMSを従える時代 にまで至ります。そして時代はネットスーパー、宅配の時代。 良く考えるとそれは、江戸時代の納豆売り、豆腐屋の業態が復活しつつあるのかも さて、来週も「でまかせ!タイムスクープハンター」でお会いしましょう。
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- tarepanda009
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すみません、屋号は相生屋ですね。wikipedia違っているみたい。 検索かければたくさんでてくる。歌丸さんのが聞けますね。
お礼
「小間物屋政談」というやつでしょうか。 wikiには「京橋の小間物屋の主人である相良屋小四郎は、自らが売り物を背負って売り歩く、背負い物売りである。」とありますが、ほんとは「相生屋」? 私、落語ぜんぜんわからないんですが、江戸時代の暮らしを知りたかったら勉強した方が良さそうですねw 為になるご回答ありがとうござんしたw
- tarepanda009
- ベストアンサー率33% (2216/6589)
江戸時代は自分でいろいろなものを売り歩くいわゆる「背負い小間物」がコンビニだったんじゃないでしょうか。 屋号はやっはり相良屋さんでしょうかね。京橋のあたりに住んでいたそうですが。
お礼
一人コンビニとでも言いましょうか、今でもそのスタイルで人がたくさん居る場所へ行けば商売になりそうですね。許可とったり難しそうだけど・・・ 為になるご回答ありがとうござんしたw
- GPRO999
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江戸の後期だと思いますが、「荒物屋」・・あらものや、という店構えがあったようですね、 いわゆる雑貨屋の始まりで・・・ただ食品に関しては専門店スタイルで、米・魚・肉・豆腐 など専門扱いで調理・加工・道具に関してと刃物・食器・などの専門職が単独化したようです コンビニのように飲食・日用品など扱う商売は明治期に始まったとおもいます そのあたりの資料は江戸東京博物館(両国)に行かれると想像がつきます 街道ぞいの茶店などは正にコンビニ・・・お茶・団子・にぎり飯・わらじ・足袋・諸々 言えることは、衣料・医療に関しては別格に進化したようで、いまのコンビニスタイルでも 一体化はしばらく先ですね・・・・ 江戸時代を想像すれば、日が沈むことは人は休むこと、電気が人類の生活リズムを構築 コンビニシステムの誕生、セブン・イレブンが成功したのに、追いかけ・・・ついに24時間 無休という商法が生まれたわけです・・・ 労働面では「仕事師」というのがいまの「便利屋」の原点ですから・・・・・
お礼
技術革新に伴う流通の進歩や生活の変化はあっても、便利さを求めるのは今も昔も同じなのかもしれませんね。 >江戸時代を想像すれば、日が沈むことは人は休むこと、電気が人類の生活リズムを構築 そうですよねぇ。わたしなんかこの時間まで仕事・・・日の出と一緒に起きて夜になったら寝る、人間らしい暮らしをしてみたいもんですw 今はコンビニに行けば身のまわり品は揃い、ホームセンターや大規模ショッピングセンターへ行けば何でも揃いますね。昔ながらの商店街は地方ではもう壊滅的・・・ 将来もしかすると何でも配達されるようになり、今のショッピングモールでの買い物が懐かしく語られるようになったりしてw 為になるご回答ありがとうござんしたw
- k-josui
- ベストアンサー率24% (3220/13026)
今日は暇なので・・・(困ったものだ) はい江戸時代のコンビニですね。 屋号は質屋の隣にあったから七十一屋 売っているものは、旅人御用達の品々です。 雑貨コーナーでは わらじ、手甲、脚絆、杖、菅笠・・・こんな所ですね。 食料コーナーでは おむすび、梅干し、へぎ餅、乾し飯、果ては伊賀忍者御用達の堅焼など 通信コーナーでは宛先を書いておくと、そちらに向かう人が持って行ってくれます。 コンビニですから次のコンビニまで持っていくと、そこでまたどちら方面を振り分けてくれます。 急ぎの手紙、品物であれば契約先の飛脚に取り次いでくれます。 もっと急ぎであれば、コンビニ間での通信手段として狼煙、伝書鳩もありました。 一方越後屋というコンビニもありました。 こちらは旅人が立ち寄ると、お茶、お菓子などの接待があり慣れない旅人には嬉しいサービスでした。 店の親父が直々に旅の様子などを聞き、これからどちらに向かうか聞いてアドバイスをしてくれました。 ところがここへ立ち寄った旅人のうち、懐具合の良さそうな人はその後の峠越えで山賊に襲われました。 お役所に届け出ても受け付けてはくれますが、それだけです。 この越後屋には夜な夜なお代官様がやって来ては酒、女の接待を受けていました。 「越後屋、おぬしも悪だのう!」
お礼
如水さんこんばんわw >屋号は質屋の隣にあったから七十一屋 私無学なんでよくわからないんですが、「十一屋」って屋号はググると沢山出てくるところをみると、そうゆうのがホントにあったんでしょうか。 どこまでホントでどこからネタなのか・・・やたらリアルなんですけどw 越後屋と代官はグルで、旅人から財産を奪っておいしい思いをしてたんですね。いつか水戸黄門に懲らしめられるでしょうw 面白いご回答ありがとうござんしたw
こんにちは 店名 明け六半/暮れ四半 http://www.gimlet.jp/edotime/index.html 旧名7ー11 現名7&i 上州店名 安全入り 現名セーブオン 早朝、遠くに出稼ぎ又は旅に出入る人々の為、おにぎり、足袋、草鞋 竹筒、ひょうたん、で作った水筒、提灯、番傘等の販売。 コンビニは元々仕事人の為に出来たものですから 若い、あんちゃん達の為じゃない、べらんめい(≧∇≦)/。
お礼
そうすると、「円慶有難屋」がサークル「Kサンクス」の前身、「ファミリーマート」は「家族市場」???「ミニストップ」は「小休止」でいいんでしょうか?w 上州店では「焼きまんじゅう」も売ってるんじゃないですか?さっきケンミンショーでやってましたw 面白いご回答ありがとうござんしたw
- 1paku
- ベストアンサー率21% (344/1575)
地方を回る行商の中には、売れるものならなんでも扱う万屋タイプもいたみたいです。荷物のサイズ的に限界がありますけどね。 今のコンビニと逆に、大都市ではなく、過疎地という事情に合わせてますね。 廻船問屋も、いろいろな品を扱ってます。
お礼
電車の車内販売くらいの品数でしょうかね。 人が行き交う大都市江戸では、一つのお店に全てを揃える必要が無かったのかな。常に棒手振りが新鮮な食材を売り歩いていて、今より便利だったのかもしれませんねw 面白いご回答ありがとござんしたw
番小屋のこといってるのか? 戦国時代から江戸時代にいた宣教師、ルイス・フロイスが日本史ってのを著しているけれど、これがなかなか面白い。フロイスは、日本の女性の性の軽さを嘆いています。旅行は、宿に泊まるのではなく、適当に男性みつけて泊めてもらうとか、子供産んで数多いと殺しちゃうとか、まあ凄いものですよ。街の形態が日本全国に出来たのは、室町時代からと考えられています。大きな意味では、庶民文化は、室町以前と以後では、性質が大きく変わっているらしーですね。
お礼
番小屋ってえのは、今で言う派出所みたいなもんじゃないのかい?w 江戸時代の宿で「飯盛女」というのが時代小説でよく出てきますけど、手軽な風俗嬢みたいなもんなんですかね。食事を出したり抱かれたり、なんかピンと来ませんよね。 >旅行は、宿に泊まるのではなく、適当に男性みつけて泊めてもらう 今で言う家出ギャルじゃないですかw 子供の間引きは寒村では多かったんでしょうね。あと神隠しというか、子供の誘拐なんかも多かったんでしょうか。 楽しそうな江戸時代だけど、表に出ない怖い面も色々あったんでしょうね。 為になるご回答ありがとござんしたw
- papabeatles
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コンビニはなかったと思いますが、いろいろな物売りが廻っていたそうです。 魚、豆腐、金魚、風鈴、うどん、そば、うちわが有名です。 岩崎弥太郎(三井の創業者)は虫かごを売っていたそうです。
お礼
棒手振りってやつですよね。 みんなそれぞれ売りのものを大きな声で言いながら決まった時間に来るから、長屋なんかでは時計代わりだったようですね。 >岩崎弥太郎(三井の創業者)は虫かごを売っていた 大河ドラマ「龍馬伝」でその描写がありましたね。別のドラマでは虫かごを作る内職の描写がありました。 江戸時代は色んなモノが売られていたようですね。 面白いご回答ありがとござんしたw
- ミッタン(@michiyo19750208)
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「いらっしゃいませ、こんにちは~」 やたら挨拶がうるさい&「ただいま○○チキン出来上がりましたぁ~」など 江戸にもコンビニありますやん 江戸時代は初耳やけど セブン・イレブンも7時~23時営業だったからそういう名前でしょ?
お礼
みっちょんおはようございます♪ 私が学生時代バイトしてた7-11は11時にシャッター閉めてましたよ。自分が閉めるときはその後何時間もマンガ読んでたりしたなぁw 江戸のセブンイレブン、夜は10時までとして、江戸時代の時間で表現すると「辰亥」ってネーミングになるんでしょうか。 アルバイトはやはり丁稚なんでしょうね。 面白いご回答ありがとござんしたw
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お礼
私が学生時代バイトしてたセブンのオーナーがまさしくお酒の卸業からコンビニ始めた人で、よく2階でゴロゴロしておりましたw 今ではどこでもお酒置いてるけど、当時はかなりのアドバンテージでしたね。市民病院前だったので入院患者がお酒を買いに来たときはナースステーション前を無事通過できるよう紙袋に入れるのが暗黙のルールでしたw >そして時代はネットスーパー、宅配の時代。 >良く考えるとそれは、江戸時代の納豆売り、豆腐屋の業態が復活しつつあるのかも 確かにそうかもしれませんね~!生協の宅配とかも使ってますし、他の雑貨類もネット注文がすごく増えました。今度は「江戸時代の“尼損”」てお題にしようかな♪ 子供の頃ラッパ吹いて豆腐屋さんが自転車で売りにまわって、母ちゃんに頼まれて一丁買うも、転んでしまってビニール袋の中でぐちゃぐちゃになり、泣いて母ちゃんに渡したら「いいんだよ」って優しく言われたのを思い出しましたw >さて、来週も「でまかせ!タイムスクープハンター」でお会いしましょう。 まとめてきましたね~! exhivisionist2さんは放送作家の才能もお持ちのようで。ホント多才でうらやましいですw 面白いご回答ありがとうござんしたw