「振る舞い」とは,どういうものなのか?
「振る舞い」という言葉は,現代の日本社会においては,どのような「意味」があるのでしょうか?
先日,都内の飲食店において,車椅子に乗っていることを理由にサービスを拒否された方がいました。この「事件」にかんしては,多くの人々が,「身の程」や「身の丈」などという言葉をつかい,当事者にたいして,「いわゆる,障碍者としての振る舞いを無視したもの」であると,指摘しました。そのなかには,「個人攻撃」が少なかったことは,非常に残念なことでした。
障碍者も含め,日本社会においては,マイノリティにたいして,「特別な振る舞い」を要求する傾向があります。
たとえば,外国出身者にたいしては,「日本社会の良いところ」を強調することによって,いわゆる「知日派」というレッテルとともに,日本社会において受けいれられることが,ある女性ライターの方によって指摘されています。その一方では,日本社会にたいして「批判的な態度」をとる外国出身者にたいしては,一方的に,「反日主義者」のレッテルが貼られる傾向がみられることも,彼女は指摘しています。
マジョリティが一方的に決めた,特定の「振る舞い」をマイノリティがやることにより,どのような「社会的なメリット」があるのでしょうか? そして,そのような<シャカイ>は,誰もがそこで生を営むことを歓迎する場になりうるのでしょうか?