独身時代の古~いひとつ話、乗務していたある便のジャンボ機の降着装置、つまり車輪が出なく
なってしまった時のことです。
高度を下げ、まもなく到着する…というチーフパーサーのアナウンスが流れ、誰もがホッとした、
そんな時に突然、キャプテンからギャレーにトラブルの連絡が入り、ついで事情を説明する機内
アナウンスが始まりました。機内は騒然となり、ついで不気味なほど静かに変わりました。
その時は夕刻というにはまだ少し早い頃で、西の空が淡い黄金色に輝いていました。
コクピットの乗務員とたまたま乗り合わせていた整備士が、ジャンボ機の前部の床にあるハッチ
から床下に降りて行くのが見えました、でも、結局トラブルの原因は分からなかったようでした。
着陸ではなく、超低空で空港の真上を飛んで、地上から目で車輪の出方を確認してもらうことに、
でもやはり車輪は出ていない。乗務員と整備士がまた床下に降りて、手動操作で車輪を出そうと
試みる、でも、それでも車輪は出ない。
装置の故障でも電気的な信号のエラーでもない、車輪のどこかが何かに引っかかっているようだ、
ギャレーの通話機を使ってコクピットにそう話している整備士の声をなぜかぼんやり聞いていた
わたし。
残る手段は、とにかく機体を揺さぶってみること、それでもだめならあとは胴体着陸ぐらいしか
残されていない。こうした際にまず行うべきことは、余計な分の燃料を空中投棄して機体を軽く
すること、でもそれにはかなり長い時間がかかるのです。
300人近い乗客がみんな押し黙って不気味な静けさに支配されている機内、雰囲気を察した
のか赤ちゃんが泣き叫ぶ。キャンディーを配ることになったけれど、まさに逆効果、かえって泣き
つかれたり厳しく叱られたりして…。
それからどのぐらい時間が経過したことでしょう、突然キャプテンから連絡が入り、燃料投棄が終
わったから、これから機体を揺さぶってみるという。総員大急ぎでシートの背を戻させ、ベルトの
装着を確かめて回り、クルーも自分の席でハーネスをしっかり締める。
この大きな機体を揺さぶってみて、それで車輪が出なければ、最終的にはフォースランディング、
つまり胴体着陸は避けられない。今日のジェット旅客機というものは安全に胴体着陸できるように
設計されているとは知っている、とは言うものの、理論は理論、感情は感情、やはり怖いことには
変わりはない。
やがて、突然床が急に持ち上がり、次いで突然床が無くなる、天井のパルがギシギシと音を立て、
ハーネスに縛られた身体が小さく宙に浮く、吐き気に襲われる、そしてまたすぐ…。まさに文字通
りのジェッコースターだ、でも、この大きなジャンボ機が…。
きっと翼が折れる、もうダメかもしれない、怖い…、でも、なにひとつ責任がないお客様が懸命に
耐えているのだ、自分が恐がっていては申し訳ないことなのだ…。
気が狂うほど苦しいひと時、永遠に続くかと思うほど長いい時間、と、突然静かな水平飛行に戻っ
た機体、そしてキャプテンからアナウンス。ご迷惑をおかけしました、車輪は無事出ました…。
機内にワッと歓声が、起こるかと思ったけれど、ただ一様に沈黙を保ったままの乗客たち、でも
顔色が違う、皆一様に安堵の表情を浮かべている。
機はいつも以上に低く進入し、目の下ギリギリに近づいたひときわ明るい街並み、その中に幾つも
の食べ物屋の看板の文字がしっかり読み取れた。外はすっかり夜になっていて、いつもなら夕食さ
え終えている時刻になっていたのです。
乗客の方たちが出口にむかって列を作るいつもの光景、でも、誰一人不満を顕わにすることもなく、
中には笑顔で、お疲れさま…とやさしく声を掛けてくださったお客様も…。
とてつもなく長く感じられたこのひと時、今は、苦しい中で自分が精一杯役目を果たした、大切な
記念の時として、大切に胸に刻み込んでいます。
お礼
ご回答ありがとうございます。お礼が遅くなり申し訳ありません。 その1> 想像したくない~(>_<)十二指腸のどこから針いれるんですか?(◎_◎;) よし、節制だ!! その2> あ、これは人によりますね。私は、こういうのは大丈夫そうです。