>ファンに同情される時点で歌手失格ですか?
どんな理由どうじょうされるはいけませんよね?
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誰が、どんな理由で同情をされているのかが分かりませんので、ケースバイケースだとしか答えられないと思います。
◇懐メロ番組で、往年の歌手が高年齢やボイストレーニングとか長く歌唱活動から離れていて、声量や音程が現役当時より落ち込んでいる→その方の現況を知りませんので一概に申せませんが、舞台にファンの前に立つ以上はプロとしては失格と見るのか、懐かしさやその方の歌を聞きたいファンの要望に応えて下さってると感謝感動で温かく見守り楽しむかは個別ケースで違う。
本人が亡くなっていたり、高齢で出て来れない等、ファンとしても、若手歌手や他の方がカバーする場合とオリジナル・本人が元気な姿を見せて下さる嬉しさは、10人10色、様々であり、人それぞれに別な物であり、歌そのものの楽しみや評価と歌や歌手を通じての時代や思い出との再会と言う側面もありますから・・・
まさに、「歌は世につれ、世は歌につれ」歌手により歌によりファンにより→ケースバイケースだと思うのです。
◇また、歌そのものとは別に、歌手活動や芸能活動の中で私生活で様々な経験や試練を重ねられて来られた訳であり、歌手以前に一人間として同情する&される人・人生・生き様もあると思います。
それは、歌手だからと言って特別・特殊ではないと思います。
同情や批判や共感は、その歌手の人間としての魅力や生き方や言行で決まるのであり、同情をどう受け止め、人生に活かすかどうかも含め、その方の歌への情熱、より良く歌いたい伝えたいとの活動姿勢から歌手失格とか人間性への評価は決まるのではないでしょうか・・・
◇同情を求めては歌手失格であり、人間的にも余り褒められる事ではないと思いますが、しかしながら真摯に懸命に生き歌い暮らす中に同情する事はファンとして同胞として同じ時代を生きる仲間として有ると思います。
要は、同情を求めたり期待するのは感心しないが、同情をしてしまう人生や不運はあると思いますし、不確実で色んな事象が起こる中、人情・気遣い・声援が中核と成った同情はされても、しても、人間関係の潤滑剤であり、心と心を繋ぐ糸や縁でもあると思います。
それは、ギスギスとした損得や拝金主義で割り切る空疎な関係よりも、私には心の通い合う人間同士のお付き合いや心情だと思え、そしてそれが歌を通じての結び付きであり縁、真の歌手とファの関係ではないかと思います。