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涼みやハルヒの憂鬱(2009)のED曲『止マレ!』
そのエンデョング曲をご存知する方々が多いと思いますが、外国人の私にとって分かりにくいところがあります。それでここにネイティブのご支援がいただきたいです。 以下、微妙と思ったところを引用させていただきます。 >やっぱり何かへんだよ >心のキミが消えた >確かに憶えてるって言えるのかい? 歌手はその言葉、その問いを誰にかけるのでしょうか。相手がいると考えますか。それとも、自分に質問すると考えませんか。「心のキミ」というはどのように理解しますか。「私の心に残った君の思い出が消えた」、「私は君のことを心から大切しているのに、きみが隠れた」、「私の心には、キミというキミのために場所がもうなくなった」、またほかの意味しているでしょうか。 そして、「確かに憶えてるって言えるのかい?」、誰が憶えているはずでしょうか。「私」?「キミ」?「私たち」? >止マレ! >過去は自分のもの また、それは「私」、「キミ」、「私たち」に向かっているのでしょうか。 >バースデイだった (エンドレスだって) >私たちには (チャンスが来るって) >出会いが生まれたときに 初めての夢が見える どうして「見えた」ではなく、「見える」と書いてあるのでしょうか。また「出会いが生まれた時」とは、「バースデー」のたとえを意味していますが、その言い方は日本語で異常ではないでしょうか。ほかに、「私たちには」とはその前の「バースデーだった」とかかわると考えますか。それとも、後の文章と関係するのでしょうか。 >いま思えば笑えるほどだったよね >もう忘れてた キミを探そう 以上、ブックレットによってオフィシャルな歌詞であるといえますが、ウェブ検索によって多くの人は「いま『思えば笑えるほどだ』だよね」とか「『いま思えば笑えるほどだ』だよね」などを取ったらしいです。歌手を聞くと、私もそれを取りますが、どのバーションが性格であると考えますか。ブックレットでも誤る可能性がありますが、いったいどのバーションがセンスのあると考えるのでしょうか。 >もう忘れてた キミを探そう 末に、最終行をどう分かればいいでしょうか。「もう忘れてた。キミを探そう」、あるいは「もう忘れてたキミをさがそう」?(ウェブで「もう忘れてた?キミを探そう」も見たこともあります。) お忙しいところここまで読んでくださいましてありがとうございます。もちろん、日本語、しかも歌詞にあいまいなところがあることが珍しくないに違いありません。それでも、多分ネイティブでこのアニメに詳しい方々によりご意見・解釈がぜひ読みたいですから、よろしくお願いします。
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- redstorn21
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