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10年前はFランクってあったの??
現在は、ほぼ大学全入時代と言われるように、誰でも頑張らなくても大学に入学できると言われています。 また、Fランクというボーダーフリーランクの大学もどこかの掲示板ではよく目にしますね。つまり現在では大学数も増え、それに反比例するように受験人口は減少(一応増加しないとする)というパラドックスが生じていると思われます。 そこで、ちなみに約10年前では、大学進学についての意識はどのような感じだったのでしょうか?まだ大卒(どこの大学でも)という意味は大きかったのでしょうか?また、現在のようにAO入試や、一教科入試など簡単に大学に入学することはなかったのでしょうか? 偏差値にして30台、もしくは40台前半などという数値自体存在していなかったのでしょうか?教えてください。
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偏差値 30 台は記憶にないけど、40台は昔からいくらでもありましたよ。 模試を受けるときの遊びとして、自分が志望者中トップになりそうな大学を 選ぶなんてのがありました。近畿地方の某マイナー私大で試してみたら 全体で2番になって、「 オレよりできるヤツが同じこと考えてたかあ 」 なんてこともありましたね。 AO 入試は 10 年前にはもう普通にありましたが、20 年前だとさすがに 珍しかったです。おそらく平成になってからの流行でしょうね。
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- ryuken_dec
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>偏差値にして30台、もしくは40台前半などという数値自体存在していなかったのでしょうか? 質問の趣旨は、【昔は、東大の偏差値が55程度で最下層が45程度で、どの大学も大差が無かったのか?】でよろしいのでしょうか? そういう意味ではNoです。
- yoshikaz_k
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面子が入れ替わっただけで、ありましたよ。
団塊世代に近い年代ですが、過酷な戦いを強いられたその子どもも同じ様に受験経験をして居ます、偏差も10年前とはかなり墜ちていますけど・・・・ 今の入学試験で当時の受験が受かるかと言えば、無理と思います。 大卒の資質が根柢から違います、それ以前にゆとり世代ですので、あの受験地獄を経験をしたら、生き地獄です。 お隣韓国の受験状態を見て貰うとどんなに過酷な世界かです、受ける受験生とハードルの高さですか、受験率ば80パーセント超えと記憶です。 良い大学に入る事でステータスがある、良い大学とは付加価値あるブランドなんでしょうね。 ちなみに、東大・京大も今は進学しない優秀な学生は留学しますので、国公立も墜ちた物です。 10年前は東大・京大もブランドと言う伯もありましたけど・・・・・
- potachie
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その回答のキーワードは、団塊の世代と、団塊Jrです。 戦前・戦後直後は、今の高校に進む進学率そのものが低かったため、大学受験の環境だけを切り取ってみると、今に類似はしていますが、高校進学=その地域のエリートでしたので、高校全入の今とは根本が異なります。 昔は、お金で進学するというと、大学への寄付金などを指しましたが、今は、全寮制一貫校や予備校などにお金をかけるという意味になっています。 昔と今との最大の違いは、東京大在学生の親の平均収入。東京大の学費免除の基準を国民の平均年収にまで引き上げましたが、そこまでしても該当者がそれほどいないから出来るんですね。 戦前のように、お金がないと勉強が出来ない環境に戻りつつあります。
- tanuki4u
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戦前は、早稲田・慶應も名前を書けば合格だった、そうだ。 高校の卒業式で、同窓会会長がそういっていた。本人がそうだったので。 ちなみに、帝大も戦前は、東大、京大以外はそうだったらしい。なんせ旧制高校の卒業生=帝大の定数でしたので。 偏差値はサンプルというものが正規分布するという原則からすると、30台、40台前半も当然存在する。 正規分布で、30台が存在しないということは、60台が存在しないということで、40台前半が存在しないというのは、50台後半が存在しないという事になります。偏差値50をはさんで、左右対称なのですから。 これは、統計学の話ですが。
- kusirosi
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Fランクとはいわんが、 十年どころか、四十年前でも 「試験受けて、自分の名前と、とにかく解答用紙埋めてくれば合格できる」 という程度の大学は、田舎にも東京にも、ありましたよ^_^; zzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzz