• 締切済み

友達というもの。

今まで、友達と言うものはお互いに支えあい、助け合うためにあるものと信じていました。 今まで、友達が困った時は、できるかぎりのことをしてきたつもりです。 そして、今日、私自身が大変な状況に陥り、今度こそ私には友達の支えが必要でした。 しかし、こんな状況の中で、私の友達は冷たく私を突き放しました。突き放された私がどういう 状況になりかねないか知りながらも...。今回で友達は全滅となりました。 あの頃、私には話を聞いてもらう相手さえいなく、精神が崩壊しそうな状況でした。大変な状況でした。 つい最近、友達の中の一人は本音を言ってくれました。私と絶縁する覚悟で言葉を放したと思います。 友達が言うには、1、私の話を聞かされる側として、苦痛だそうです。2、向こう(友達)としては楽しい事、例えば、持ち物が可愛いねとかの話をしたいのに。3、何か問題がある時、どんどん前へ進めば良いのに、私は前へ進むのではなく、悩むのです。まあ、向こうとしては人の悩み事を聞きたくないとのことでしょうね。 友達はお互いに支えあう、助け合うためにあるものと思っていましたが、私の間違いでしょうか。

みんなの回答

  • soccer71
  • ベストアンサー率19% (8/41)
回答No.7

悩みがどんなに深刻であれ、他人には全く関係ないことです。 いつもいつもそうならば、心の優しい人はあなたから 逃げていきます。 友達のためにいろいろしてきたといいますが、それを 友達は求めていないかもしれません。また、本当に 友達を理解して協力したのか、独善的に判断して何かしたのは 大きく違います。 「友達だから助けなければならない」という義務感から友達に協力する 見返りを求めます 「友達だから助けてあげたい」という優しさから友達に協力する人は 見返りを求めません。 私も事情がよくわかりませんのではっきりとは言えませんが、 もし、この回答が納得いかない場合は 「付き合う相手を間違えた」と考えるべきだと思います。 詳しいことはわかりませんので、よく考えてみてください。 また、人ひとりを大切に思うということは予想以上に大変なことです。 そう簡単に人助けなど出来ません。よって、窮地に陥ったとき助けてくれる人は少しですし、自分が助けてあげられる人も少しです。 自分の空しさを友達にぶつけるのは依存心です。 友達が嫌がってたとしたら、何故気づかなかったのか。 友達を見てなかったからじゃないかと思います

回答No.6

>1、私の話を聞かされる側として、苦痛だそうです。 >2、向こう(友達)としては楽しい事、例えば、持ち物が可愛いねとかの話をしたいのに。 >3、何か問題がある時、どんどん前へ進めば良いのに、私は前へ進むのではなく、悩むのです。 推測ですが悩むのが頻繁なのでしょうか? 悩み相談が滅多にないものであれば、そんなときに 『聞かされる側として苦痛』『持ち物が可愛いねとかの話がしたい』とは言わないと思うんです。 もしかしたら日常会話が悩みや愚痴だらけなのかな?と思いました。 それから悩みは精神的なものであればある程難しいですね。 失礼ですが弱い方ですとすぐに抑うつ的に自己否定されたりしますし、 明確な答えや解決方法がないので相手は疲れてしまうと思います。 突き放されたという大変な状況は、まさか『死にたい』とかじゃないですよね? お互いに支えあうためには、お互いに自立していなければならないのです。 精神的に一人で歩けていない人間は誰かを支えるなんて出来ません。 質問者さまはどうですか? 友達が困った時は助けていたみたいですが、 友人たちの目から見たらあなたは自立できていないのかもしれません。 絶縁覚悟で話してくれた友人は良い友人だと思いますよ。 絶縁するにしてもフェードアウトという方法もありますからね。 聞くのが辛い本音だったかもしれませんが、それはそれでアドバイスとして参考にならないでしょうか?

  • melloop
  • ベストアンサー率53% (16/30)
回答No.4

友達だからって甘えてはいけないと思います。 質問文からは「友達だから助けてくれるのが当然。私は助けたんだから今度は助けてよ」という意識があるように感じました。 友達は家族ではありません。結局は他人です。 もしかしたら親友というものだったら助けてくれたかもしれませんね。 私自身「相談内容によってどの友達にどこまで話すか」を選別します。 それは距離感によるものです。 友達なんだから誰がどこまで聞いてくれてどの程度まで親身になってくれるかもわかってるつもりです。 経験上、「同じ量だけ支え合う」ということは滅多にないと思います。 いつも私だけ甘えてるなぁとか、 この人からはよく相談されるなぁ(でも私が相談できるのは別の人かなぁ)と思います。 >向こうとしては人の悩み事を聞きたくないとのことでしょうね。 あなたの距離感と向こうの距離感が違ったのでしょう。 でも人ってそんなもんだと思います。 恋愛だって、愛している分だけ愛されているということはありません。 かならずどちらかの量の方が上なのです。 >友達はお互いに支えあう、助け合うためにあるもの お互い自分がしてあげたいと思うことを思う分だけするものです。

  • atyaatya
  • ベストアンサー率17% (170/959)
回答No.5

友達と、親友は全く違います。 貴方の言う友達は、親友を夢見た幻覚です。つまり、貴方の友達は、単なる知り合いなんです。 親友とは、求めるものでなく、与えられる友人を言います。其の方の危機に貴方が代わって矢面に立つ。そんな友人があなたの親友です。 親友も、貴方の義侠心に呼応するか、そ知らぬふりをするかは未知です。でも、其の方の為に死すとも悔いがない・・・そんな友人を親友といいます。 あなたのご質問は間違っては居ませんが、期待はずれは、あなた自身に原因があることを理解しなくてはなりません。あなたは見返りのためにしか動かなかった。そのように友達は、打算で動く貴方を観察していましたから、不利益には手を出さないのです。 お互いに助け合うのが弱い人間の知恵で、他の動物を抜きん出たものですが、いつの間にか利己的が主流になったのでしょう。 相当のダメージを受けられたようですが、此処に不満をぶつけられるまで回復したのですから、他人を当てにしないで自分自身の力と体力と知恵でこれからを切り開かれることに自信を持ってください。

  • lalulalun
  • ベストアンサー率21% (164/772)
回答No.3

こんにちは。 助けを求めたときに応えてもらえないのは辛いことです。 その出来事が具体的にどんなだったかは分かりませんが、 確かに悲しかったですね。 ただ、友達にはお互いに支えあい、助け合う義務はありません。 なぜなら力になれない人は友達じゃないかと言えばそうでは ないからです。 何の利害もなくても心を許せるのが友達です。 支えたい・助けたいというのは心を許しているから出てくる 副産物であって、それを目的としてはいけないと思うんです。 義務やギブ&テイクなのは家族や商売です。 「友達なら助けて」って押し付ける前に、 心を許せるような楽しい思い出や、会話などを共有しましょう。 そうすれば、例え相手が力になれなくても、 「助けてくれない」って恨む気持ちは起こらない と思いますよ。

  • 39kko
  • ベストアンサー率46% (7/15)
回答No.2

私の友達でも悩みを話してくる子がいますが いつも愚痴・文句ばっかり アドバイスしても「でも」ばっかりで前に進もうとせず 悲劇のヒロインになって暗い話ばっかりしてます。 最初の頃は真剣に話を聞きますが だんだんウンザリしてきます。 もっと楽しい話はできないの?って。 >>3、何か問題がある時、どんどん前へ進めば良いのに、私は前へ進むのではなく、悩むのです。 ↑ これが原因だと思います((+_+)) アドバイスを全部否定するなら 人に相談せず自分で考えてればいいと思っちゃいます。

noname#92413
noname#92413
回答No.1

>友達はお互いに支えあう、助け合うためにあるものと思っていましたが、私の間違いでしょうか。 大変残念な事でしたね。 私は、友達は「お互いに支えあう、助け合うためにあるもの」ではなく「お互いに支えあえる、助け合えるもの」であると思います。 友達だからと義務のようにして助け合うのではなく、できる事で助ける事を苦にしない関係が友達なのだと思います。 本当に残念な事だと思いますが、ご相談事がお友達の許容範囲を超えてしまったのではないでしょうか? あなたが強くなるか、もっと懐の大きな人と友達になるか。 一夕一朝にはうまく行かないでしょうが、まずは落ち込まずに、今の辛い状況から自分で前進する努力をしてみては如何でしょう?

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