加入サークルを選ぶにあたり、「高校の時は水泳部と文芸部で個人技だったから、大学ではチームプレイのサークルを選ぼう」と、合唱団を選びました。また、企業における仕事に仕方は基本的にチームプレイなので、先輩との人間関係で悩んだとか、後輩の指導に尽力したとかいう経験があると、就職活動の時に有利です。自分は組織の中で、他人と協力しあいながら仕事ができる人間だというアピールができます。
他方、チームプレイを基本としたサークルの場合、内部での路線対立が発生したり、権力亡者が現われたりして、痛い目にあうことがあります。それもまた、後の人生に役立つ知恵がつくという長期的なメリットはありますが、やっている最中はそんな余裕はありません。私は、同級生の中では明らかにトップテナーでは一番の実力者だったのに、テナー同級生の権力亡者と喧嘩になり、さらには、勉強に力を入れたいからアフター(つまり、練習が終わった後、夕飯を食べたりカラオケに行ったりマージャンに行ったりすること)はほとんど出ないというスタイルを貫こうとしたら、権力亡者や苦手な先輩などから、「マージャンに来い!アフターに来い!コミュニケーションなしで合唱ができるか」と言われ続け、結局嫌気をさして、2年生の最後で辞めてしまいました。
尊敬できる実力派の先輩は、柔らかい表現で周りの状況を見たほうが良いというアドバイスをくれていたのですが、それを生かすことはできませんでした。合唱の初心者ではあったものの、常人の域を超えた潜在能力を持っているわたしに対して、先輩は期待をかけつつ厳しい指導を行い続け、「だからお前は口が平たいんだから、気をつけないとバカ声になると注意しているだろう」とか、「ヘタクソなやつには真似をして聞かせてやるのが一番、分かり易いのだが、お前のヘタさの真似などできん」などと言い続けました。そしれでもわたしは少しずつ上達していき、2年目の後半ともなると、隣に立っているコントラアルト(女声で一番低いパート)の人と、「今、上手くいきましたね」「いった、いった」とか、「ソプラノが音を外しているのに、和音を成立せるために、アルトやテナーもソプラノにあわせてずれろというのも理不尽ですよねえ」「仕方ないのよ。昨今の曲は和音の進行を優先するから、アルトとテナーは、それだけを取り出したらメロディーとして成立していないという、難しいパートになってしまうわけ」とかいった会話ができるくらいになりました。
2年目の終わりごろのこと、指揮者が気まぐれで、「アルトの音量が足らん!もっと硬い声で、ピーンと出せんのか!困ったな……よし、harepanda、お前がアルトに加勢しろ」いう指令を出してきました。何だこりゃと思いつつ、楽譜とにらめっこし、指定された場所でアルトに切り替えると、今までとは全く違った感覚がして、のどに何の負担もかからず、高音が自然に通っていきました。指揮者は、「これで行こう」と満足。先輩は言いました。「美しいじゃないか。やっと分かったか。今の、忘れるなよ」。その後、オーストラリア留学中だった別の先輩から、わたしが当然テナーのリーダーになっているだろうという前提での手紙が届き、「すまないことをした」と言われました。
チームプレイというのは、これだけ奥が深く難しいものなのです。しかし、どんな経験も無駄にはなりません。わたしは3年生の時から勉学中心に生活を切り替えましたが、合唱団での経験は企業での勤務にあたり、非常に重要な経験値となっています。また、最後の最後に開眼したことにより、歌というものの楽しさが深く分かるようになりました。トップテナーの基準は1オクターブ上のラの音を出せることなのですが、それをはるかに超え、2オクターブ上のレの音くらいなら、比較的、安定して出せます。実は、上限の高さを自分でも知りません。音大声楽科から来ていただいたボイストレーニングの先生が2オクターブ上のフォまで行った時点で、「きりが無いから、やめよう」と言ったので。前述の尊敬していた先輩は驚愕し、「これはカウンターテナーですか?」と質問。先生いわく、「カウンターテナーではない。あれは要は裏声だ。harepanda君は、分類上、おそらくドラマティックテナーというタイプで、様々な歌い方を使いこなせるようになれば、表現力に幅が出るだろう」と。
現在、同僚と音楽の話で盛り上がるのも楽しいし、お気に入りPOPS歌手のコンサートに一緒に行くアレンジをしたりするのも、良いものです。女声の歌を、そのままの高さで歌ってしまうという音楽ファイルをPCで作って遊んだりしています。
勉強については、非常に高いレベルでこなすことが出来たので、満足しています。唯一の心残りは、「ドイツ語だけでなく、ラテン語もやっておくべきだった」くらいかな。ローマ法の知識が必要なテーマを選んだのに、ラテン語の知識が中途半端なのです。ドイツ語の文のなかにラテン語の単語が混ざってくると、「あ~う~あ~う~」という感じでした。単語力も低いし(多分、1000語くらいしか知らない)、格変化について経験則しかなく文法書を読んだことがない、というレベルです。でも結婚指輪の刻印は、ラテン語にしましたけど。