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心温まる話
群馬県の前橋市で、何者かによってチューリップの花が大量に切り取られるという、大変痛ましく、許し難い事件が起きました。 そのニュースを聞いて、チューリップの産地、富山県の砺波市から前橋市にたくさんのチューリップの花が無償で贈られたというニュースを聞いて、とても心癒される気持ちになりました。 自分さえよければ良いという人間が多く、世知辛い世の中になってしまいましたが、「世の中、まだまだ捨てたもんじゃないな」と思いました。 皆様のまわりで起きた、心温まる出来事をお聞かせ願えれば幸いに存じます!
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地方出身者の私は若い頃、木造二階建てのアパートの一階部分に一人暮らしをしていました。最初は都会の匿名性みたいなものに居心地の良さを感じていましたが、段々と疲れてきて「田舎に帰ろうかな」と思い始めていました。 そこに阪神淡路大震災の激震が襲いました。私は最初の一発で倒壊したアパートの中に埋まってしまいました。幸か不幸かあの晩は寒かったので私はコタツに足を入れたまま寝ていて、そのコタツのおかげで落ちてきた天井につぶされずに済んだのです。 とはいえ真っ暗な中、瓦礫に押しつぶされそうになって「もうダメかな…」と思っていたら、同じアパートに住んでいた方々が二時間近くかけて私を助け出してくださいました。普段挨拶をかわす程度の付き合いはありましたが、そこまで骨を折っていただけるとは思っていなかったのです。助かった喜びよりもそのことが嬉しかったですね。 外に出たときにはもう明るくなっていて、とても澄んだ青空だったのを覚えています。 また、仕事先で愛想を交わす程度の同僚が心配して様子を見に来てくれました。普段の会話の中から私が古い木造アパートに一人暮らしなのを覚えていてくれたのです。 震災を経験された方々は口々におっしゃいますが、あの時の被災地は、変な言い方ですが「とてもあたたか」でした。 あれから月日が経って、人々はまた無関心、無干渉の「都会人の顔」をしていますが、あのときのあたたかさはきっと今でも人々の心の中に息づいているはずだと思っています。 そう思うと、コンクリートに囲まれた都会の空もまんざらじゃないなと思えます。
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おととし、風邪をひいてしまい 身動きが取れなくて(ひとり暮らしなもので) 友達にメールで”おかず分けて…”と哀願したら 友達のお母さんが重箱三段でおかずを作って くれて、友達がその日の夕方届けてくれました。 しかも、薄味の繊維質で栄養のあるものばかり。 お礼に友達のお母さんに お手紙を書いて渡したら、泣かれてしまいました。 私もエイヤ~もらい泣き。 …私のお母さん、遠くに住んでいて車椅子なので こういう愛情にはじーーんときます。
お礼
いい話ですね! 読んでいて、とても心が癒されました。 最近、仕事でもプライベートでも、嫌なことばかり、人間の汚い部分をさんざん見せつけられてきたので、「もう人間やめたい・・・」などと思ったりしましたが、また明日から頑張ろうという気持ちになれました。 ありがとうございました!
お礼
私も高校を卒業して最初に就職したのが東京でしたが、当時は三度の食事に困るほどの安月給の貧乏生活でした。 そんな私の貧乏生活を知っている、いきつけ定食屋のおじちゃんとおばちゃんは、採算を度返しして、いつも腹いっぱいになるまでご馳走を食べさせてくれました。 都会にも心の温かい人は沢山いますよね! 心温まるお話、ありがとうございました!