>気を強くしたり精神的に強くなるためには日記をつけるとよい、という書き込みをたまに見ますが、それは何故なのでしょうか?
精神的に強いから継続できるともいえますし、継続するからデータの蓄積となって、「資料」に基づく合理的な行動が取れるともいえる。
どちらにしても、反省材料であり、データの蓄積なんです。
天気予報だって、去年、一昨年、数十年前と全部同日のものがアッテ、
はじめて、気温の変動や、降水量の変動がわかる。
変動がわかるからといって、ソレがなに?ということもあるが、
何か(科学的な根拠)を考えるときのデータには確実になる。
日記もソレと同じ。
タダ、個人、個体としての記録というに過ぎない。
物理的な数量・数値を記録として残すだけでもダイエット日記にもなるし、
健康日記にもなる。
女性などは、必ず、生理周期による変動があるので、体温、体重など記録しておくと行動に自信がもてる。
天気予報と同じ理屈です。
そう、日記というのは、「感想文」のようなものというだけでなく
個人の生活記録ですから、後から見ると、参考になるのです。
記録する内容は好き好き。
勘定・感情であったり、体重や体調や、体感でもあるし、
周囲の拾遺や、衆意としてのニュースや、いろいろ。
後ね、自分でちゃんと文字を書くというのも
昨今では余りしなくなりましたのでかなり、重要な要素としての、
脳トレにもなる。
パソコン日記より実際に、紙に書いたほうがイイ。
これだけのメリットがあることをしないのは損です。
デ、ぜひ、同日の出来事が併記されて、比較検討がイージーにできるような3年日記とか、5年日記とか、数行でいいのです。
ぜひ、はじめてみてください。
今は、・・・でしょうが、来年、今日の日付のところを見るとね、
毎年、タイムカプセルを開けているような感覚をえられます。
我が家の息子は16から引きこもりで今18.
ほぼ3年引きこもっていました。
母の私が自分の日常に絡めて、息子のことを書いています日々。
私自身がこれを見ることで、息子の変化を着実に、良いほうにも、悪いほうにも自身の感情の起伏をも含めて、データとして非常に有用でした。
そう、「天気」と同じ蓄積データとして必要なの「確実な予報」するためにも。
確実な予報は当たりますから、ソレは武器でしょう?
人として強くないわけがない。