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偉大な作曲家
バッハ、ベートーベン、モーツァルト・・・などのような歴史的な偉大な作曲家は もう現代には現れる事はないのでしょうか?
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「偉大な作曲家」って、きっと、歴史を経てもなお「普遍性」が失われない作品を書いて、 後の世の人も世界中で作品を聴くような、そんな作曲家のことですよね。 あまりにも人間の本質を描ききっているので、民族とか時代を超えて人の心に届くことができるような。 いまの世の中は、世界中のしくみ(もちろん音楽も含めて)がとっても商業的になっていて、作曲家といえどもすぐ大衆に売れる音楽を書かなきゃいけない時代ですよね。 また、バッハやベートーヴェンの時代と違って、なんでも簡単に科学で説明することができるようになった時代、情報が溢れていて何でもどこかから答えがすぐもたらされる時代なので、 その時代に生まれ育った人には、そこまで音楽を深く深く描ききらなくては生きていけないというような強烈な表現のモチベーションは生まれにくいかもしれません。 200年、300年後も万人が聴いているような曲を書く作曲家を生み出すには、なんだかもう世界のスピードが上がりすぎちゃったのかもしれないなぁ…という気がします。 でもそんな世界のしくみとは無関係に「今まで想像すらできなかったような音楽」をかきまくる人が、神様のいたずらでこの世に出現しないとも限らないですね。 そんな作品を聴いてみたい気持ちはたしかにあります。
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- hisakaya
- ベストアンサー率38% (16/42)
いやいや、たくさん現れているんじゃないでしょうか。 でも、偉大だと認識されるのは、今から数百年後のことだと思います。 バッハやベートーヴェンがいかに偉大かは説明するまでも、ありませんが、 彼らが生きていた当時、彼らを偉大だと思っていた人はどれだけいたでしょうか。 少なくとも、彼らが生きていた時代の日本人や北米・南米人はほとんど彼らを知らなかったはずです。 現代は文化も社会も多様になっているので、世界共通でこの人が偉大だ、という認識を勝ち取るのは、 当時の人々に比べて難しくなっていると思います。 以下私見ですが、一番「偉大」タイトルを勝ち得そうな現代の人はビートルズだと思います。 大昔に耳にした話ですが、クラシックの人々から見ると、彼らの作曲手法や和音の連なりは昔の掟を破って新しいことを作り出した、という認識になるそうです…
- Firmament
- ベストアンサー率27% (27/97)
「偉大な作曲家」とは何でしょうか? それはクラシックの作曲家でなければならないのでしょうか? 例えばポップスの作曲家は全てバッハやベートーヴェンよりも劣っているのでしょうか? モーツァルトが他の作曲家よりも優れていると、どうして言えるのでしょうか? 自分が「この人の作る曲はすばらしい!」と感じる人が、優れた作曲家であって、それには客観的な基準は必ずしも必要ないのではないですか? 偉大な作曲家に出会いたいのなら視野を広げて、ポップスや日本の古典的な雅楽・世界各地の民族音楽など、あらゆる音楽に興味を持たれてはいかがでしょう。 私は、どんな分野にも、天才と思われる人は必ず存在すると思います。 いろんな音楽に接することで、自分の心の琴線に触れる曲に出会えれば、それを作った人はあなたにとっての「偉大な作曲家」と言えるのではないでしょうか。 長くなってしまいましたが私の結論は、偉大な作曲家は常にあらゆる所に存在し、発掘されるのを待っているのだと思います。
- SALAMANDRE
- ベストアンサー率28% (2/7)
私もオーケストラで編成される楽器による音楽という中で、彼らに匹敵する作曲家はほとんどいないと思います。それは、新たな曲調・楽器が増え、オーケストラによる演奏の必要ない音楽が認識されているからです。クラシック以外のジャンルに含まれるものをオーケストラ用に編曲しているものや、その逆もあります。作曲家という大きな枠組みで考えれば、アラン・シルベストリーやピアソラなど、偉大になりうる方々はたくさんいると思います。偉大と称されるには、ある程度時間が必要かと存じます。
- TAC-TAB
- ベストアンサー率76% (1921/2526)
私の考えですが、 もちろん偉大な作曲家が現れてほしいのですが、多分現れないだろうと思います。 その理由は、 クラシック音楽は、ロマン派をちょっと過ぎたあたりで一応完成したのではないかと思っています。例として掲げられた3人などは、あまりにも偉大で、その才能を超える人がそうそう出るとは思えないことがひとつ。 それから、 音楽は芸術的な創造からなるものなので、先に試みた人が一番で、あとになった人は「模倣だ」「○○の物まねに過ぎない」「新規性が無い」と評価されてしまい勝ちです。それを避けるためには、先例のない新しいなにかを考えつかなければなりませんが、当然のことながら「新しいなにか」は、大昔からどんどんどんどん減り続けてきて、それが、ロマン派あたりで出尽くしてしまったのではないかと思うのです。 ですから、今後は「新しい音楽」=「変な音楽」になって行き、大衆から広く長く賞賛される音楽は生まれない気がするのです。 (と言いながらも、あっと驚く大音楽家が生まれ出てほしいという思いは強く持っていますよ。)