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思い出の「芸人さん」・・・
今では漫才師はもちろんのこと、一人芸人や手品師から場合によっては落語家まで「お笑いタレント」と言われることが多いですが、昔はそれぞれ独自の芸を使った「芸人」と言われていたものですよね。 まあ、今と昔のどちらがいいとかいうことではないのですが、今考えて見るとあんな素晴らしい芸人さんがいたなあとか、こんな芸人さんが大好きだったなあという人を、お聞かせ下さい。 因みに私の場合は、 ・古今亭志ん生・・・もう、落語の域を超えていました。高座で酔いつぶれて寝てしまって、観客もそのまま寝かせておいてあげたという逸話が、秀逸でしたね。 ・アダチ龍光・・・もうこの人を知っている人は少ないでしょうが、今でいえばマギー司郎さんが近いでしょうか。とぼけたおしゃべりをしながらの手品は、当時は新鮮でしたね~ ・コント55号・・・今でこそしつこく?なってしまった欽ちゃんですが、コント55号として登場した時には、そのスピード感あふれた動きには、ビックリしたものです。ああ、「~屋さんシリーズ」のコントが、懐かしい・・・ 皆さん宜しくお願いします。
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ヨッ待ってました!この質問! 志ん生師匠、言われちゃったんじゃしょーがねえや じゃ、「黒門町」八代目桂文楽師匠 国立劇場での「大福餅」 神谷幸右衛門という名を忘れて絶句した。 「もう一度勉強して、出直して参ります!」 以来死ぬまで高座に上がりませんでした。 でも、やっぱり志ん生 文部大臣賞受賞の知らせを弟子から聞いて 「そうかい、じゃあ、届けてもらいな」 「師匠、ダメですよ、頂きに行かないと」 「なんだい、そんなら、いらねぇや!」 この話大好きなんです。 結局、「お直し」という悲惨な話で受賞した 「なんだ、大臣もずいぶん粋じゃねェか」 今の若けェ奴は知らネェーだろうねェー 「志ん生知らない子供たち」
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- obatariann
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トニー谷さん 母がつけてくれていた私の育児日記には「トニー谷さん」が出てきます。 ♪あなたのおなまえなんてんも?「かるーのひータン」と、もーちまち・・ まだ怪しい日本語で、積み木を拍子木にしてノリノリだったみたいです。・・憶えてませんが・・(笑 トニー谷さんといえば、おそ松くんのイヤミのモデルで、「しぇー」もよく真似していました。 東京ぼん太さん 実家の棟上式(ご近所さんにも一席設けて夜は宴会)の時、大流行でした。 宴もたけなわ、裏のおっちゃんが唐草模様の風呂敷と、黒い傘をもって「夢もチボーもない・・」 と物真似したのがバカ受けで、未だに覚えています。 牧伸二さん これもハマりました。(笑 ホウキをウクレレ代わりにして ♪「あ~、やんなっちゃた、あ~あぁあ、おどろいた」とやっていました。 ・・絶対、皆さんもやったはず!!(笑 まだ現役でいらっしゃる?堺すすむさんも、なんか懐かしいんです。 信号無視したおばあさんをおまわりさんが追いかけた。 ところがパトカーで時速100キロ出しても追いつかない。 「なぁ~~んでか?」・・・ ・・「それはね、 ・・・・おばあさんが101キロの猛スピードで走って逃げた。。」 ナンセンスネタが大好きなんですが、最近お目にかかれないのが寂しいです。 あと、かしまし娘さんも懐かしいですね。 ♪うちら陽気なかしまし娘~・・が聞こえたら、舞台全体が一気に明るくなってたように記憶しています。
お礼
トニー谷さんは、皆さんかなり印象深かったようですね。単に面白いということでなく、あの妙に舶来(古いね!)風のお笑いスタイルが、他にはないものだったことが凄かったです。 子どもにも影響を与えたんですからね~(笑) 東京ぼん太さんは、逆のダサいイメージで売った芸人さんですね。唐草模様の風呂敷なんて、普通小道具に使おうとは思いませんからね~ 牧伸二さんも、ウクレレ漫談一本であそこまで売れたんですから、こちらもすごいですよね。 泉ピン子さんのお師匠さんなんですけど、全然イメージが違います。 堺すすむさん、私も最近見かけませんですけど、さてどうしていることやら・・・ かしまし娘さん、最近では正司照枝さんの息子さんが磯野貴理さんと結婚して、久し振りに懐かしい姿を拝見できて嬉しかったですね。 ありがとうございました!
- hirarno36
- ベストアンサー率20% (274/1336)
近所に「横山ホットブラザーズ」の3男?が住んでいました。 のこぎりをくにゃくにゃ折り曲げて「お~ま~え~は~あ~ほ~か~」と弾く?のですが、音がそう聞こえるから不思議です。 ときどきお子さんを自転車の荷台に載せて買い物に行く姿を拝見しました。 京歌子と鳳啓介(故人)もよかったなぁ。「吸い込まれる、吸い込まれる」と京歌子の大口に禿げた頭を持っていくエロガッパこと啓介の芸。好きでした。
お礼
「横山ホットブラザーズ」は、最近全然見かけませんが、現役でやられているようですね。 あのノコギリ芸は、他にはないものですから、一度見たら忘れられませんよね。 京歌子と鳳啓介の夫婦漫才~元夫婦漫才?も、秀逸でしたね。まずは二人のあの風貌に圧倒されましたし、続けて機関銃のようなしゃべくりにも感心させられましたしね~ ありがとうございました!
- ben1151
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噺家さんでは、円生師匠ですね。 祖父のひざで、ラジオの落語は、よく聞きました。 エンターテイナーでは、クレージーキャッツですね。 ドリフ世代なもので、クレージーは、「終わってるおじさんたち」だったのですが、(まことに失礼)今の目で、見ると、どこに出しても恥ずかしくない、エンターテイメントです。 てんぷくトリオのことに、三波伸介さんです。 本当に、人の話に登ってきません。 あれほどの人が、何故なんだろうと、思います。 志村けんさんは、天才ですね。 欽ちゃんも好きでした。
お礼
円生師匠も好きでしたね。志ん生師匠とは対角線にある芸でしたけど、確かに巧かったです。 クレージーキャッツは、最盛期に観ました。こちらもドリフとは違う路線で、下ネタを使わないのが特徴でしたね。 最近も、クレージーの映画をDVDで観たりしていますよ。 てんぷくトリオも面白かったですね。三波伸介さんありきのグループでしたし、解散後の「満点パパ」での似顔絵も忘れられません。 志村けんさんや欽ちゃんは、今の芸人に直接影響を与えた人たちのように思いますね。 ありがとうございました!
こんにちは、毎度おじゃまします。 小さい頃は、毎週土曜日の午後「吉本新喜劇」を観ていたものでした。(懐) 最近、お目にかかれないかた、と言えば・・・ 四角い顔と黒ぶち眼鏡から「カバ」の愛称で親しまれ原哲男さん、 「誰がカバやねん!」とか「死なん程度に殺したる」などのギャグで笑いを誘っていました。 吉本新喜劇では、このかたとのコンビの花木京さん。 子供ながら、ボケ(花木氏)とツッコミ(原氏)の掛け合いは抱腹絶倒でした。(笑) 横山エンタツの次男でありながら、尊敬する人物は父の元相方・花菱アチャコである、 と語っていたそうで、大いに周りを盛り立てていたそうですね。 もうひとり、吉本新喜劇では、「奥目の八ちゃん」として親しまれた岡八郎さん。 「くっさー」、「えげつなー」、「隙があったらかかってこんかい!」等のギャグには笑い転げました。(笑) このうち、岡さんはご逝去されましたが、あとのお二人はまだご存命と聞いております。 事情が許されれば、表舞台に出てきて欲しい・・・ 勝手なお願いでしょうかね・・・ 「あたりマエダのクラッカー!」 お三方の出発点も「てなもんや・・・」くらいじゃなかったかなぁ・・・(苦笑) つい、昔を懐かしんでしまいました。おじゃましました。(笑)
お礼
原哲男さんは、関西では相当な人気があったんですね~ 「誰がカバやねん!」のように、吉本の芸人さんは一生物のギャグを持っていますよね。 花木京さんも岡八郎さんも、「てなもんや三度笠」から知った芸人さんでした。 当時、花木京さんが横山エンタツの息子さんだと聞いた時には、驚いたものです。 考えてみると、「てなもんや三度笠」というのは吉本の芸人さんたちを全国区にした、すごい番組だったんですね~ あ、もちろん、それまで全然知られていなかった前田のクラッカーも、あれで全国区になりましたが・・・ ありがとうございました!
- igie
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内海桂子・好江 面白さだけでなく、粋でいなせな掛け合いが大好きでした。 下町っぽいのに品があって、三味線や着物姿(着こなし)がまた粋で。まさに「芸」を見せてくれる人たちだったと思います。 もう二度と見れないのが本当に残念です。
お礼
内海桂子・好江師匠、本当に粋でいなせなおばさんでしたね~ しかも、作ったキャラでないところがすごい・・・ 若手の芸人さんたちに混じっても、全然古さを感じない芸でしたからね。 内海桂子師匠一人になってしまってからも、たまに毒舌?を聞く機会があると、嬉しいですね。 ありがとうございました!
- sinjou
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先日、フォークダンスDE成子坂さんに、喫茶店でダメ出しする、夢を見ました・・・汗 失業中に「とんねるずのおかげです20周年」を観たんですが、 成子坂さんは、私の高校の先輩風の芸人さんでして、 ホリプロを辞めた事で結局、とんねるずへの道を、自分達でダメにしちゃったんですよ・・・後輩の苦労人長男コンビ・アリキリのバックアップに、事務所はスライドしてしまった。 せっかく、DTやウンナンより、コントは上手いし、二枚目担当のルックスも良かったのに・・・結局、進学高出で頭が良くて、芸能界が合ってなかったのかも。 でも、とんねるずみたいな二人組芸人が好きな私には、ずっと活躍して欲しかったので・・・ 今の芸人さんって、下積を避けて、実は ・放送作家 ・俳優 ・歌手 志望の方が多い様な・・・ ら・おかきの村田さん?(顔が濃いほう)は、 生まれてくるのが12年早過ぎてもったいない・・・ 今で言う、小島関係ね~!さんのスタイルで、売れたと思うのに。 後はやっぱり、爆笑問題と浅草キッド (DT、UN、バカルディを観てると、なんか悲壮感が有るので。ホンジャは、上手い事逃げ切ってると思う。ABの中山も。) スキルアップする青年芸人さんが、記憶に残ってるという意味で。 静ちゃんと山ちゃん?のコンビは、私の世代では初めて観る男女ユニットなので、行方が気になる。ドリカム芸人なるか? 歌丸さんが死ぬんじゃないかと、毎週心配になります・・・ 死なないで欲しい。今一番、気になる芸人さんです。
お礼
フォークダンスDE成子坂さんが出てくる夢とは、珍しいですね~(笑) 漫才の世界も、実力があるから売れるとは限りませんからね。もちろん、他の世界でも同じでしょうが・・・ 下積みを避ける傾向にあるというのは、逆に下積みを経ないで売れる芸人が増えたことも要因にあるのかな、と思ったりします。 ら・おかき・・・ちょっと分らないんですが、小島関係ね~!さんの系統なら、ちょっと早すぎたのかも? 爆笑問題と浅草キッドは、頭がよさそうな会話の漫才である点で好きですね。 確かに、一生懸命さが窺われてしまう芸人さんは、私もちょっと苦手なんです。 男女ユニットというのも昔からいましたけど、夫婦漫才のように年寄りの掛け合いが主流でしたから、南海キャンディーズは新鮮に感じますね。 歌丸さん、あれでいて1936年生まれですから、意外と若いんです(笑)。師匠の米丸さんの方が若く見えましたからね。 ありがとうございました!
こんにちはですお(^ω^) 道頓堀アワー、僕も見てましたよ(^ω^) *暁伸・ミスハワイ・・・♪アーイヤー♪ *宮川左近ショウ・・・♪まいど~みなさまおなじみの~♪ *吾妻ひな子・・・女道楽(漫才とか落語と同じく、芸の呼び名ですよ) *夢路いとし・喜味こいし・・・漫才の神様ですね。ホンマの名人芸 *中田ダイマル・ラケット・・・ムチャクチャ面白かった。♪いっしょやいっしょや~♪ *藤山寛美・・・日本一の喜劇役者ですねぇ。
お礼
関西には、達者な喜劇役者が揃っていましたからね~ 暁伸・ミスハワイは、かすかに憶えています。 宮川左近ショウは、知りませんでした。 吾妻ひな子さんも、名前が記憶にある程度です。 夢路いとし・喜味こいし、中田ダイマル・ラケットという漫才の大御所は、さすがに全国区なので、よ~く聞いていましたね。 藤山寛美さんも、意外と見ることが少なかったです。 今と違って、昔は東日本だとなかなか関西の芸人さんに接する機会がなかったんですね。残念・・・ ありがとうございました!
堺駿二(堺正章の父)を思い出しました。 多分彼の芸だと思いますが、転んだりして足を引きずっていて膝を「ポン」と叩くとスタコラサッサと走って行くのが印象にありました。 柳家金語楼:NHKのジェスチャーにターキーと一緒に出ていた記憶があります。 エノケン・・・あまり記憶が無いのですが、足を切断した印象が大きいです。 アダチ龍光この方、亡くなった祖母の妹の旦那さんの遠縁に当たる人で祖母たち皆とテレビを見ていて出て来ると「龍光さんだ」と拍手していました。 1番さんのトニー谷さんは、「あなたのお名前なんてーの?」と言う人でしたっけ?
お礼
堺駿二さんも、今やまちゃあきのお父さんという位置付け・・・というか、それも話題に上らないくらいでしょうか。 時代劇での岡っ引き役が、最高でしたね~ 柳家金語楼さん、本業よりもバラエティで活躍して、今風の落語家だったかもしれませんね。発明が好きだったというのも、変わっていましたし・・・ エノケンさんと言えば、私は渡辺のジュースの素のCMが浮かんできます。 アダチ龍光さんが、遠縁にあたるんですか! あの方は、いかにも性格がよさそうなおじさんでしたよね。私の友人も、子どもの頃に高座から頭をなでられたそうです。 トニー谷さんは、そろばんを楽器にして「あなたのお名前なんてーの?」と歌っていた芸人さんですね。 ありがとうございました!
てなもんや三度笠やスチャラカ社員、道頓堀アワー、吉本新喜劇など関西系お笑い番組を見ていたので・・・ スキなのは平三平さんや原哲男さん、白木みのるさん、藤田まことさん、中田大丸ラケットさん、ゼンジー北京さん、じょうさんずさん、暁伸・ミスハワイさん、岡八郎さん、船場太郎さんなど 関東系は 東京ボン太さんやトニー谷さん谷幹一さん関敬六さん・・・ たくさん見えるので書ききれません。
お礼
私は中部地区で育ったので、関西系のお笑いに接したのは「てなもんや三度笠」からだったような気がします。 中田大丸ラケットさんなどは、それ以前にも見聞きしていましたが、藤田まことさんと白木みのるさんの劇には、違った面白さがあって、はまりましたね。 平三平さんも、すごいインパクトでした。 逆に、トニー谷さんなどは、典型的な関東系のお笑いというイメージで、こちらは子どもの頃から好きでしたね~ ありがとうございました!
お礼
志ん生師匠に対抗して八代目桂文楽師匠とは、なかなかの強敵です(笑)。 昔の落語家には、桁違いの人物が多くて、楽しかったですよね~ それでも、やっぱり志ん生師匠に敵う人はいませんでしょう? あ~ 「志ん生知らない子供たち」に、一度でいいから実物を見せてあげたかった・・・ ありがとうございました!