東村山市議の謀殺事件について
創価学会・公明党を追求していた女性市議の謀殺事件が東村山市で発生しましたが、警察、検事などは自殺として処理。
警察、裁判官、検事が創価学会員だったことから、創価学会による関与が示唆され、政界、宗教界、マスコミ、遺族等を巻き込んだ一大騒動に発展しました。
限りなくクロ(謀殺)に近いグレーなこの事件をどう思われますか。
(補足)
創価公明と暴力団の繋がりを映画化しようと動いていた伊丹十三氏は、同団体と思われる者から嫌がらせをされ、1997年、年の瀬も迫ったある日、突然の不審死をしました。
伊丹十三氏の死因、事件の背景ともに、事件東村山女性市議と全く同じ。まるで事件をそのまま再現したかのようです。
https://xtreeem.com/I0002006
朝木明代市議転落死事件
Wikipediaから抜粋。
朝木明代市議転落死事件(あさきあきよしぎてんらくしじけん)とは1995年(平成7年)9月1日22時頃、東村山市議会議員の朝木明代が西武鉄道東村山駅の駅前のロックケープビル(以下、「本件ビル」という。)から転落死した事件。
警察(東村山警察署)は自殺と断定、事件性はないとされたが、朝木が創価学会の脱会者の救済活動をしていたこと、議会において創価学会・公明党を追及していたことから創価学会による関与を示唆する動きがあり、政界、宗教界、マスコミ、遺族等を巻き込んだ一大騒動に発展した。
また、後にマスコミなどが「転落死事件の担当検事、その上司にあたる支部長検事が創価学会員だったことが判明した」と述べている。
自殺説
事件の捜査に当たった東村山署では下記理由より自殺と断定している
・朝木の身長(160cm)なら自力で手すりを越えられたこと。
・転落現場の手すりには外側からつかまったとみられる手の跡がついており、突き落とされた形跡はない。他人が突き落としたとすれば放物線を描いておちたはずで、ビルの真下に落ちることはないこと。
他
他殺説
・朝木明代は1992年から創価学会および公明党の批判を展開していた。また、矢野らによると、創価学会からの脱会者の救済もしていた。
・9月3日には高知の創価学会関係のシンポジウムで講演する予定であった
・事務所・自宅に遺書はなく、事務所は照明・エアコンがついたままで、やりかけの仕事が中断した状態だった。財布等の入ったバッグも置いたままだった。警察や第三者の調査が行われなかったため、事件前後の事務所・自宅の状況は、矢野・朝木直子らの証言のみが根拠である(裏付けとなる写真等も公表されていない)。
・矢野らによると、事件の2年ほど前から朝木明代や周辺の人物に対する嫌がらせや脅迫(いたずら電話、放火、ポケベルに入った不吉なメッセージと読むことができる数字列、など)があり、一部については創価学会員によることが判明しているという
他
自民党・共産党などの主張
新進党に加わっていた旧公明党勢力と背後の創価学会に対し警戒と攻撃を強めていた自民党[8]も、この事件に着目し、1995年11月の衆議院・参議院の「宗教法人に関する特別委員会」においては、穂積良行ら自民党所属の議員が、乙骨正生が『文藝春秋』(11月号)に執筆した「東村山市議怪死のミステリー」や初動捜査を行った東村山署が十分な捜査を行わず自殺の結論を出したことを主な根拠として転落死事件の捜査手法に疑問を投げかける質問をした[10]。質問は、
・朝木明代が創価学会をきびしく批判追及していて創価学会からの嫌がらせを受けていた
・転落死を自殺とするには疑問な点がある
・上記にもかかわらず東村山署は副署長を先頭に自殺と決めつけて捜査している
など矢野・朝木直子らの主張をほぼそのまま紹介していた。
参考文献
宇留嶋瑞郎著『民主主義汚染』
矢野穂積・朝木直子著『東村山の闇』
乙骨正生著『怪死』
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%9D%E6%9C%A8%E6%98%8E%E4%BB%A3%E5%B8%82%E8%AD%B0%E8%BB%A2%E8%90%BD%E6%AD%BB%E4%BA%8B%E4%BB%B6
他紙でも本件をこのように紹介しています。
東村山市で創価学会を批判していた女性議員が、ビルから転落して死亡しましたが、女性議員の「履いていた靴」が見つかっておらず、他にも不自然な点が多いのに「自殺」として処理しました。
そしてこの事件に関わった警察(警部)と裁判官が現役の創価学会員であることが明るみに出ています。