ニューヨークから失礼します。こと服に関しては日本の一般消費者のレベルでは、生地に光沢があったりする場合や、裏地の取り付けや縫い目がきれいに揃っている、といった場合に評価のポイントが高いようです。 但しそんなことは、スーツの本質的な良し悪しの判断とは関係なく、残念ながらスーツとして、本質的なレベルの高いものかどうかを判断出来る眼を持った人は日本では極く限られた方しかおられないと思います。つまり北朝鮮製であろうがなかろうが、表面的な部分でしか消費者は判断出来ないということです。その証拠は、世界の要人で日本製の服を着ておられる方が極めて少ないことです。車や電化製品とはここが大きく違うところなのです。
世界で高く評価されるスーツを創るためには、実は日本人のメンタリティは向いていません。本当に良いスーツとは、極めて立体化のされたオブジェなのであって、全てが強い曲線で構成されています。そのためには、きれいに縫うことよりも、アイロンがけで平面の生地を立体化する作業の方が、”縫製”という言葉の真の意味、本質であるのです。
言葉を換えると、縫うという作業は、スーツにおいては、実は主ではなく、あくまで従なのです。
平面と直線には敏感に反応出来る日本人ですが、こと立体と曲線で構成されるスーツは文化的に本来相容れない、別世界の代物であって、我々には大変理解しがたいものなのです。
また、日本のように誰もがスーツを着れる国は他に世界にはありません。 スーツを着るということが日常の、当たり前の日本と違って、欧米ではスーツを着ることそれ自体が社会の上流にいることを示すことになるので。 よって日本のスーツを車に例えると、一部の極少数の例外は除いて、郊外店、量販店レベルの商品は、サニーやカローラのレベルなのであって、メルセデスやベントレーのようなものは日本では作れないシステムになっているのです。 つまり本当にいいスーツは、手工芸品なのですが、日本のものは、工場生産の量産品でしかありません。但し、その範疇において、品質は世界でもっとも安定しているとは言えるでしょう。
北朝鮮製のスーツですが、ここ何年かについては、わかりかねますが、随分と以前、何十年も前から日本の縫製メーカー(名前はあえて出しませんが大手)が人を派遣して指導にあたってきました。拉致問題が発生するまでは、相当数が日本へも輸入されていました。特に冬場のカシミアコートの人気は高いものであったと記憶しています。カシミアは、現在モンゴル自治区、つまり中国の管理下にて生産されるので、北朝鮮からすれば、中級レベルのカシミア素材は比較的入手しやすいのです。 人件費がもちろん安いということもあったと思いますが、私の聞いていた範囲では、労働者みな手先が器用で、研究熱心で、日本で売るために必死にもの作りをしているということでした。 出来上がった製品にも、その意気込みが現われていたように記憶しています。 但し、日本人の指導によるわけですから、結局は日本市場もしくはアジアの市場でしか売れない製品ではありましたが...(とにかく日本の、またアジアのスーツは、平面ガエルのピョン吉的で、ハンガーにかかっている時に最もよく見え、着てみるとまったくさえないのです。それが日本人にはまったく理解出来ない、見えないところが問題なのです。もっとも欧米では極限られた上流階級の人間しか理解出来ない話なので、日本人一般がこれを理解出来るようになればこれは凄いことで、日本が世界一のスーツ大国と可能性は一気に大となります。)
拉致問題発生以降はどの程度の数量が輸入されているのかどうか、海外で暮らしているものでまったくわかりませんが、もしかしたら昔輸入されたものをまださばいているということもありえるのかもしれませんが、この眼で今その製品を見ているわけではないので、断言は出来ませんが、北朝鮮製のスーツ、昔私が見たとおりであって、一万円以下であれば、かなりのお買い得品かもしれませんよ。
最後に、スーツの見映えを決めるポイントのひとつがボタンの品質なのですが、日本人はボタンに何が使われていようと、プラスチックだろうがなんだろうが、しっかりついていればまったく気にもしないようですが、ここに水牛のボタンなどが使われているかどうか、お店の人(そんな御店の人は商品知識もないかもしれませんが)に尋ねてみられてもよいでしょう。 ひとつの判断基準にはなります。