うらみつらみ、不幸不運、考えすぎだとは思うのですが
タイトルの通り、うらみつらみ、不幸不運の気持ちが、いつもあります。
とにかく親。長男であった私に対し鉄の手で支配をおよぼし、それこそ中高のクラブ活動から志望大学まで口をはさんでコントロールし、十代はメチャメチャにされました。
大学のころ、文章を書けるようになり商業雑誌の連載記事をもったりして、創作グループから誘いをうけたのですが(そこはいま、大ブレイクしてウハウハな存在になりました)、まかりならぬ、自分(父)の家業を継ぐべくサラリーマンになれ、といわれて就職。
まあ一応その覚悟だったので真面目に働いたのですが、突然2年ほどでうつ病とパニック障害をわずらうという。しかし「なまけ病」「シャキッとしろッ」で片づけられ、48キロまで体重が落ちて倒れるまで、医者にかからせてくれませんでした。2回、公募小説の最終選考に残ったのですが、両方とも冷静に見て「ヘンなつかえない編集者」にあたってしまい(これは前述した創作サークルの人の、公正な意見です)コケるというみっともない経験もしました。
あげく、父は叔父に失脚させられ、会社を継ぐもなにも雲散霧消の空手形。私は今、うつ病患者の派遣社員という体たらくです。家は裁判の繰り返しで、私はもう隠遁し引きこもりたいのですが、それすら簡単には行かない世の中のようです。
弟はイワンのばか、だったのか、素直にテニスやり、素直に家庭教師のおかげで大学入りし、私が代筆した論文テストのおかげで大学一のゼミに裏口入ゼミして、そこにいた女の子と結婚して子供ができ、幸せにやっています。
友人たちから忘れられたい、と思うほど自分がみじめです。世の中の自分以外の人が、みなすごく見えて、劣等感とひがみの塊になってしまっていて、よく自殺しなかったと感心しています。
神経科の先生がよい方だったのが唯一の救いなのですが、それでも2時間待って10分治療。親に心の内をグチッたら最後、夫婦連合軍で爆撃されます。徹底的に私のことを世間から隠蔽しています。
おだやかな、相談できる大人が、身の回りにいません。
なんか、どんずまりです。自分だけが正義とは言えないと思うのですが、節目節目に親と不運しかいなかったような人生です。
どうしたらいいのでしょう。
お礼
大友康平さんに色々不運があったのですね!調べてみて初めて知りました!ありがとうございます。