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限界を感じてしまいました・・・
私は現在美術系大学デザイン科の4回生です。 絵を描くのが子どもの頃から好きで、将来は絶対イラストレーターになりたいと思っていました。 前はイラストのアイデアもぽんぽんと浮かんできて、本当に楽しく描いていました。 しかし、2年前くらいから突然調子が悪くなり、今は本当に何もかけません。長すぎるスランプに苦しみを感じます。 描けないというか、描きたいモチーフやテーマが何もありません。 何も考えず、気楽に描こうとしても、いつも同じものしか描けません。 そうこうしているうちに、周りの友達や知人は賞をもらい、だんだん先へと進んでいくのに、自分は気持ちだけがあせるばかりです。 また、卒業制作にも影響が出て、いいアイデアやイメージが浮かんできません。 自分の絵に個性も感じません。どこにでもある、見たことのある絵としか思えません。自分に自信がないのです。 最近は、「所詮自分は世の中に出てこない、どこにでもいる絵描きのうちの1人なんだ。これが自分の限界なんだ。」 と考えるようになってしまいました。 のびのびと、何も悩むことなくまた楽しく描けるようになりたいです。本当に。 勝手な質問かもしれませんが、どうか、何かアドバイスや意見などありましたら、教えてください。
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駆出しですが、現代美術系のアーティストです。 学生のうちは、課題だとか、就職だとか、手っ取り早く社会で認められる賞だとか、いろんな他人の評価が気になって、どんどん自分自身の表現って見失ってしまいがちだと思います。学校にいるからこそいろんな知識や考え方、同級生の表現に触れて葛藤が深まっていくし、自由な身なだけに上をみればキリがないし、下をみてもキリがないし。ぜんぶ自分の作品にかかってるのが何よりプレッシャーですよね。 それはそれで大切な経験なんだって思います。例え絵を描かず、どんな人生を歩んでも人間は悩みます。好きなものだけで生きることは誰だってできないです。もしできていると思うなら、それは狭い世界に生きているからです。いろんなものを吸収したり、今までの自分が想像もしなかったものを吐き出してみなければ成長しないです。鵜呑みにするだけではもちろんだめだし、独りよがりもだめです。と、なんだか悲観的ですが、曖昧なものがすっきりして、自分が本当に表現したいものがみえたら、絶対に「のびのびと、何も悩むことなく楽しく描ける」はずです。それは「所詮自分は世の中に出てこない、どこにでもいる絵描きのうちの1人」とあなたが思わなくなったときだと思います。 美術関係ではない、親しいひとに自分の絵の感想を求めてはいかがでしょう? あと同級生の絵に感動して尊敬と嫉妬を抱いたり、逆に怒りすら覚えるほどあきれたり、そのことを臆面もなく告げたり、議論してみてください。楽しいですよ。失礼かなぁと思ったのですが、そんなノリで回答してしまいました。o○ >いつも同じものしか描けません 私はそんな絵が大好きです。描くのが好きなら、何十枚と同じものを描けばいいと思います。ウォーホルのキャンベル缶とか、そんな感じじゃないでしょうか。好きなものを好きなように描くのが正しいですよ。
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絵を描いたり教えたりする仕事をしています。 大変失礼だと思いますが、美大へ行った、勉強してるといってもたかが4年ですよね?私は絵を描き始めて14年になり、仕事にして10年になりますが、最近やっと一人前になったかなぁと思います。これは早い方ではないでしょうか。それでも周りの長年続けている先輩たちをみると、まだまだだと思ったり一生続けても完璧に満足する作品なんて作れるのだろうか?と思うこともあります。1年前に「いい出来だ」と思った作品も今見ると「ここをもう少しこうしていれば・・・」というものも多々あります。ましてやあなたと同じ4年目に描いたものなんて、良く恥ずかしげもなく周りに見せられたなぁと思いますよ。 でも昔の作品を見てそう思ったり、人の作品と自分のものを比べられるというのはそれなりに見る目が育っているのだと思います。4年やそこらで限界を感じたり自信がないなんて言わないで下さい。まだまだたくさんのものを見たり、知ったりしていないものがあるはずです。表現をするということは、他の分野の知識や経験も必要なことです。「絵に関係ないから興味ない」なんて思っていませんか?芸術はすべて繋がっています。ダビンチが解剖や設計をやったように、今絵を描くことができないなら、他の分野に触れるいいチャンスだと思いますよ。 あきらめずがんばってください。評価は自分でするものです。
お礼
回答ありがとうございます。返事が遅くなってすいません・・・。 そうですね、たった4年で全てわかるはずもないのに、私はとても狭い範囲で物事を考えていたのかもしれません。確かに絵に関係ないものや、自分の興味外のことには目をむけてなかったと思います。 もっと広い視野で見れるようになるよう、他の事にも触れてみようと思います。 そうすればまた自分の考えも広がっていくのでしょうね。 やはり絵は好きなので、あきらめないでマイペースで行きたいと思います。 ありがとうございました。
子供は知識も経験も少なくあれこれ考えない分、即座にいろんな事象を受容し透過するフィルターのようになって、目の前の「世界」を表現することができるのではないでしょうか。またこの時期は訓練すればするほど技術が上達するのが目に見えてわかるので、単純に伸びていく自分を感じるのが楽しいと思います。 知識も経験も積んで自分の「世界」を作った大人は、まず自分以外の「世界」を受容するところから難しくなります。また技術も飛躍的に伸びるということはなく、少しの工夫でとか、ちょっとした新発見でささやかに前に成長する楽しみを見出さなければなりません。 もし大人になっても透過フィルターを使い続けたいと望むのは、おそらく偉大なもの超越的なものをそのまま表現したいと望むからです。その場合、一度は通る道として、透過フィルターがいままでのチャンネルでは使えないため、チャンネル合わせをしなくてはなりません。つまり、俗に言う「降りてくる」または「憑く」といったほ忘我状態を作るため、自分なりスイッチや儀式や環境作りのコツを掴むのです。 さもなければ、自分という変換フィルターに様々な事象を受容し濾過させて表現することになります。その場合、一度は通る道として、子供から大人へとフィルターを切り替えたはいいけれど、濾過の仕組みがたいがい未整備のままであるため、整備しなくてはなりません。 これまでに得た知識や押し寄せた感情がフィルターの粒子となるのですが、入り口の粒子が細かすぎると刺激が受け入れられない。ある部分の粒子が詰まりすぎていて、濾過できずに一滴も表現として搾り出されない。粒子間には隙間があって思ったようにムラのある表現しかできない。結局、粒子はあるだけでは不十分で、整理も必要だということです。 どちらのケースにしても、今丁度そういう時期ではないかしら。結局、表現するものは一生、チャンネル合わせ、もしくは内省が必要になりますから。それがある時壁のように立ちはだかるか、日常で徐々にシフトできるかその違いだけです。あなたがそれを望むならいつかトンネルは抜けますよ。
お礼
回答ありがとうございます。 今は確かにそういう時期なのかもしれませんね。 私は不器用で単純な性格なので、粒子の整理=今までの知識や感情の整理ができていないのだと思います。 そのくせ、技術や気持ちだけは焦っていました。 でも、自分を信じて粒子を整理することができれば、フィルターをすり抜けて表現することができるようになれそうな気がします。 時間はかかるかもしれませんが、絶対に諦めたくはないです。頑張ってみたいと思います。 アドバイスありがとうございました。
- hideking35
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初めまして。 いっそ、暫く描く事を止めて、本を読んでみるとか、旅行をしてみるとか、今までと全然違った生活をしてみては?そのうち、また無性に何か描きたいって思い始めてくるかも知れませんよ。 それと、周りの事(○○が賞をとったとか、XXも賞を・・・)は、あまり気にしないほうが。 僕も絵画じゃないですが、趣味でイラストなんかを描くんですが、煮詰まってきたりしてきたときはよく別のことして気分転換しますよ。こうやってペンをおいていると、「あ、あれは描いてみたら、こんな感じかな。」とか思い始めて、止まらなくなります。
お礼
こんにちは、回答ありがとうございます。 そうですね、いつも私は描けない時でも無理に自分に描かそうとしていくところがありました。 それは周りの事からくる焦りがそうさせていたんだと思います。 昔から同じ道を目指していた友達が、いつの間にか自分よりも先へ行って、もう世に出て行こうとしている。 そんな話をしょっちゅう聞かされると、ついつい悲観的になってしまいます。私の悪い癖です、本当に。肩の力を抜いて、息抜きに違ったことをしたほうがいいですね。 イラストの世界から離れてみたら、そのうち戻りたくなるかもしれないし、離れたとこから見ると、また何か見えてくるものもあるかもしれませんね。 ありがとうございます。無理せず休憩もしてみようと思います。
- SNAIL
- ベストアンサー率37% (283/751)
こんにちは プロでも、学生でも、どんな職業でも、誰にだってスランプの時期というのはありますよ。 だから、そういう時は無理しないことです。 同じ絵しか描けない、なら同じ絵を描けばいいと思います。 同じ絵でも描きたい、描こう、という気持ちを持てているならば。 ただ、描きたい気持ちになれないときは、描かない方が良いでしょう。 自分を余計に追い込んでしまいます。 好きなイラストレーターの画集を眺めてみるとか どこか旅行に出かけてみるとか… 人との出会いや、非日常的な環境から、新しいアイデアが生まれるかもしれません。 どこに何が転がっているかわかりませんから、画材を前にうつうつしているよりも、外に出て気分転換しましょう。 卒業制作も気になりますが、まずは制作に取り組む心の環境を作ることに専念してみてはどうですか。
お礼
こんにちは。回答ありがとうございます。 >同じ絵しか描けない、なら同じ絵を描けばいいと思います。 >同じ絵でも描きたい、描こう、という気持ちを持てているならば。 こう言われて思いました。 私は描くことは好きです。しかし、描きたい気持ちもあると思っていましたが、それはもしかしたら単に焦りからきていただけなのかもしれません。 周りの話を聞いて、自分も早く認められたい!という焦りから、描け描けと自分を焦らせていたように思います。 卒業制作は本当に時間的に焦りがあるんですが、焦っていても仕方ありませんよね。 絵のことを忘れるくらいの気分転換をして、 自然と描きたい気持ちが出るようになれればいいなと思います。 アドバイスありがとうございました。
- ginga3104
- ベストアンサー率23% (510/2208)
#2再度。 最初に書こうと思うたんだけど、あまりも安直だったのでためらわれたんだけど、 「魔女の宅急便」を観たらヒントがあるのでは? と、昔お絵かきが好きだった、今は板前のおじさんは思うのです。
お礼
「魔女の宅急便」は小さい時に見ましたが、その深い意味まではあまり気にせずに見てました。 でも今の自分には何かきっかけを与えてくれるかもしれませんね。 今度借りてきて、久しぶりに見てみたいと思います。
- ginga3104
- ベストアンサー率23% (510/2208)
全くの素人です。ただ、知人の例を紹介します。 彼は漫画を書くのが好きな少年でした。でも、勉強はいまいち。高校ではちょいと問題を起こして、転校。そこで、演劇と出会いました。演じるのが楽しくてしょうがなかったそうです。 映画製作をしたくて、専門学校に入るも、時代はバブル絶頂期、ビデオゲームも好きだったので、ゲーム会社に入社。簡単なゲームを作っていたそうですが、バブルがはじけて会社が傾いたそうです。 そんな折、実家から「ぶらぶらしてるなら家業を手伝えと」言われ、しぶしぶ帰ってきて、結婚。子どもも出来て、やっぱり男は仕事と家業に目を向けるも、映画製作の夢忘れられず。だめもとで、周りにいる奴らに「自主映画作るから出ない?」と声をかけたら、意外なほど人が集まり映画が出来ちゃった。 それをとある雑誌に出したら、入賞。それで勢いついた彼は、知り合いの会社のCMを作る事を思いついた。声を掛けたらこれまたOK。本当にTVに流れちゃった。 で、家業は元々斜陽な業界で先は無い。どうする?ってんで、CM製作などで知り合った映像制作会社の人から誘われて、今は、製作会社勤務。もちろん、地方局のだけどね。 どんな偉い絵描きさんだろうが、芸術家だろうが、飯が食えて一人前。仕事がなければどうしようもない。 もしかしたら、彼に才能は無いかもしれない。でも、彼には自分の才能を信じて自分を売り込む情熱があったよ。 貴方は未だ若い。食べる為に書いてないよね。食べる為なら、多少自信が無くとも仕事はしなくちゃいけない。(勿論、自分のオリジナリティを捨て去る必要は無い) 社会に出たら、凄い芸術家だって、みんな営業マンだよ。自分の独自性を社会のどこに当てはめたら価値が出るか?がポイントだと思う。 卒業制作は、今後、自分が「誰を」対象に、「どんな」アプローチをするのか?を最初に公に問う場ではないかな?それに、のびのびと、何も悩むことなく、楽しくなんてありえない。 とは言うものの、一度初心に帰って、子どもの頃、何を書いていたのか?誰に見せたかったのか?を思い出すのも手だと思うよ。
お礼
回答ありがとうございます。 卒業制作のことは、まさに的を得ていると思いました。 今後自分は社会に出て、それがどういった職業であっても、対象がいることを忘れてはいけませんよね。 また、創作することは、産みの苦しみがあるのだなとも思いました。良いアドバイスをありがとうございました。 子どもの頃の事を思い出しながら、もう一度描いてみたいと思います。
美大に4年も通えば、誰だってぶつかりえる壁でございます。 私も、『講評会の為の絵』を描くようになり、潰れました。 仕方ないよ。 デザイン科だと、カリキュラムの作品提出も、他の科よりも多いだろうし。 なかなか自分自身の創作活動に集中出来ないのが普通です。 自分の中から出た絵なのに、デリカシーの無い教授陣に、 「これは、××から得たインスピレーション?」 なんてこと講評会で言われちゃったりしませんか? 現代人であれば、十人十色と言ったって、同じような経験・知識を持つのだから、 似たようなインスピレーションを得て当たり前。 人の評価を気にせず、自分の為に作品を描くようにしないと、絵を好きだと言う気持ちも失います。 大学を卒業して10年。 様々な職種を経由して、なぜか、今年からイラストレーターの仕事が入るようになりました。 人が1日で得るものを、1年かかったとしても、それを比べて焦る必要はありません。 あなたはあなたですよ^^。 頑張れ!
お礼
回答ありがとうございます。 そうですね、やはりクラスのみんなや教授の前で発表があると思うと、何も言われないようにとか、 褒めてもらうようにとか、どうしても他の人の意見や批評を気にしてしまいがちです。 また、人と自分を比べて、卑下することばっかりしてました。 でも、おかげで心が楽になりました。 焦っていたってしょうがない。私には私のペースや、良いところがある。そう信じて、頑張りたいと思います。 本当にありがとうございました。
お礼
回答ありがとうございます。 確かに、自由というのが一番難しい、辛いなと、最近思います。 続けなければダメになると考えてしまうし、やればやるほど、今度はその意味なんか求めてしまったり。 色々考えすぎて、泥沼にはまって抜け出せなくなったりもするんですが、確かにどれも大切な経験ですよね。 どれも全くムダじゃないと思えたら本当に素晴らしいと思います。そして自分に自信を持つことが、今の私にとって大事なことですね。 >描くのが好きなら、何十枚と同じものを描けばいいと思います。 本当にそうです! いつからか私は、そのことを全く考えていなかったように思います。 誰かに認められるものを描こう、かっこ良いものを描こうと、自分の描きたいものもどこかで押し殺していたように思います。 描くのは本当に好きです。どんな絵であっても、自分で愛せるようになるよう、頑張りたいと思います。 アドバイス、本当にありがとうございました。