• 締切済み

幼い頃に爪に白い斑点が現れると、お金等の利得が入ると母に聞いたことがあります。事実、子供の頃は頻繁に斑点が出ていて、その度に誰かにお金をもらってました。 大人になるにつれて斑点の出る頻度が少なくなってきていますが、今でも小指にかなり大きい斑点が現れています。実は近いうちにお金が入りそうなんです。やっぱり母から聞いたことは正しいのでしょうか?。斑点が現れない人も多いんですよね。私と同じタイプの人はいるのかなあ。 ちなみにこれも経験なのですが、斑点の大きいほど、数が多いほど得られる利得も大きいです。わかりやすいですよね(笑)。 注意しなければいけないのですが、とある女性手相診断士の本で斑点が現れてから消えるまでに恋人が出現するなどと書いてありましたが、それは真赤な嘘です。 第一印象で好かれたことは何回かありましたが、私がコアなアニヲタであることをカミングアウトすると決まって……これ以上は書きたくないッピーー。

みんなの回答

回答No.5

ええと、newtypeさんは、はるかなる世界に旅立ちました。newtypeさんは、このページを閉じることなく去ってしまったので、代わりに私がお礼をいいます。ちなみに、私ははるかなる世界にいるnewtypeさんと唯一コンタクトを出来る、なぞの教えてgoo回答者です。よろしく。 megami50さんの黒い斑点というのは、初耳だと、newtypeさんはおっしゃっています。しかし、同じ性向の人がいるのはうれしいと言っています。しかし、下記の意見は、認めがたいと言っています。「人それぞれ」というのを認めたら、普遍的な意味をなさないではないかと。現実に、megami50さんと私、もといnewtypeさんは同意見なので、やはり、爪に白い斑点現れる⇒お金が貰えるという図式はありうる話だと言うことでまとめさせてもらいます。 >爪も斑点が出る人々其々の出方や形そして、彼氏彼女ができたりできなかったりと、人其々のその人にあった物が>あると思います。ですから、お二人の意見もどちらも正しいのだと思いますよ。偉そうなことを言ってすみません。

  • megami50
  • ベストアンサー率0% (0/1)
回答No.4

実は、私も爪に白い斑点がよくでます。その都度やはり斑点の大小に関係なくお金を貰ったり、拾ったりしました。 でも、それだけではなくて、私の爪は時折黒い斑点もでます。 この黒い斑点が出ると必ずと言っていいぐらいに、嫌な出来事があります。 黒い斑点が無くなるまで色んな出来事があります。 だから、私はそれを取り除こうと思い深爪をしてしまうのですが、やはり自然に伸び切るまでは、嫌な出来事が続きます。最近は諦めていますが、白い斑点が出た時は、「ラッキー」と思ってつい期待してしまいます。 不思議な出来事です。神棚が欲しくて、先祖供養をしたくて購入した所、腕にあった脂肪の固まりが無くなっていた事に驚いていますし、病気で午前中は起きれなかったのですが、AMK3時過ぎまで起きていても、必ずAMの8時30分には目がさめるようになっていました。これにも驚きです。毎日お経を読んでいた事が良かったのかと思います。神様、ご先祖様は見ていらっしゃるんですね。爪も斑点が出る人々其々の出方や形そして、彼氏彼女ができたりできなかったりと、人其々のその人にあった物があると思います。ですから、お二人の意見もどちらも正しいのだと思いますよ。偉そうなことを言ってすみません。

  • shibako74
  • ベストアンサー率18% (163/876)
回答No.3

その爪、うらやましいです!残念なことに私にはそういう経験もありませんし、聞いたこともありませんが、だからといって 「高飛車な態度で質問者そっちのけ、質問の意図をまったく無視し」ようとは思いません。 「代々newtype家では、爪に斑点ができるとお金が入るのよー」という家系のものかもしれませんし。 しかしコアでアニヲタってなんですか?あ、わかったー。(ちょっとこの答えが出るまでに時間を要しました。最初大仁田厚ファンかと思った)うーん、同じ趣味の女性を探すってのはどうでしょう?って話がそれました…

newtype
質問者

お礼

「コアなアニヲタ」とは、 まず「アニヲタ」とはアニメヲタクの略です。「ヲタク」の言葉の由来は東大でオタク文化論の講師も経験された岡田斗司夫氏のページや著書を参考されたい。 「コア」という言葉は「核」という意味ですがようするに中心部のことですね。 コアなアニヲタとはつまり、「アニメヲタクの中のアニメヲタク。いわばキングオブアニヲタと言えるでしょう。自分で言ってますが斗司夫氏にはまだまだかないません。さらに修行をつみ、コアの中深くに入っていきたいと思います。 またなぜ「コア」という言葉を使うのか。 それは「こち亀」のある巻で両さんが通販でオタク相手に「ある商品」を売る話で、商品の中で「特殊」なものはコアなファンだけに売ると言っているシーンがあるんですが、このことに刺激されたからです。「ただのオタクではない人」=「コアなファン」と表現する両さんの言語センスは、直訳家である王様、女王様を彷彿させます。女王様はむかし「キング」という単語を「横綱」と訳しましたがそれに迫るものだと思います。

newtype
質問者

補足

お礼が遅れました。実は家でこち亀の本を探していたのですが目的の本が見つからなかったのです。紹介しようと思ったんですが…。まあいいでしょう。 あと「キング」じゃなくて「チャンピオン」だね。 最期に、queschanさんを責めないで下さい。彼はまだ子どもなので広範な情報から欲する情報を取り出すことに慣れてないのです。「このサイト嫌~」でしぼられて少し落ち込んでいるでしょうからやさしい言葉をかけてやってください。

  • queschan
  • ベストアンサー率20% (3/15)
回答No.2

>今でも小指にかなり大きい斑点が現れています。 >実は近いうちにお金が入りそうなんです。やっぱり母から聞いたことは正しいのでしょうか?。 この様なご質問でしたので、そんなことは無いのでは? と思い回答させていただきました。 参考URLについてもこのような理由から出来ている爪の斑点と お金等の利得は関係ないのでは、という意味で載せておきました。 私は「占いの見地」で語ることは出来ません、失礼いたしました。 占いの見地からではありませんが、以下のことが参考になれば幸いです。 私を含め10人ほどの意見を聞いてみますと(年齢性別は様々です) 爪の斑点とお金等の利得に相関関係があると感じた人はいませんでした。 もしかして多くの人に当てはまらない出来事であるなら 占いの世界でも議論の対象になってないかもしれません。 恐縮ですが、過去の newtype さんの回答により 質問者が気分を害されていたようなときが何回か見られ、 そのときの newtype さんのお書きになった文章を読んで 宗教にはまっている人と会話をしているときと同じような印象を持ったので、 No.1 ではそのあたりについても客観的にアドバイスをしたつもりです。 詳細なお礼をありがとうございます。 これ以降はお礼の内容に対する個人的な見解ですので回答とは関係ありません。 まず、経験論、合理論や学問の発展については理解しているつもりです。 ただ、 >これら不可思議なことを自分の普遍的真理にないとして否定するなら、 >まずやはり長年調べてもらってから否定して欲しいね。 このあたりについてですが、調べてから否定するという立場を取るとするなら >とある女性手相診断士の本で斑点が現れてから消えるまでに >恋人が出現するなどと書いてありましたが、それは真赤な嘘です。 ということも否定することが難しいのではないかと思ったわけです。 >しかしそれらをろくに調べないで一方的に非難するのは科学的な態度とはいえません。 >私は幼いころから予知夢を見たり、金縛りに遭ったりしてとても怖い思いをしてきました。 >信じられないかも知れませんがUFOだって見たことあるんです。 調べないで否定するのは仰るとおり科学的な態度ではないとおもいます。 ただ、newtype さんの経験論と同様、私はこのような体験とは無縁だという経験があります。 また、否定派の人達が自分も体験したいと望んでも体験できないというあたり、 それから、独立な現象であるはずの予知夢、金縛り、UFOなどについて 体験できない人はどれ一つとして体験できない 体験出来る人はその中のいくつかを体験しがちというあたりが、 普遍的真理ではないように感じさせているのです。 体験できない人が圧倒的に少ないなら、かなり特殊な例ということになるかもしれません。 でも、そんなに少なくはないですよね。 >絶対あるものをないというのは非常に苦労すると思いますよ。 newtype さんは大丈夫かもしれませんが これは、心霊現象などの肯定派の否定派に対する意見として 常套手段になっているように思います。 存在しないことを証明できないとすると あるかないか言うことが出来ないだけにもかかわらず、 証明できなければ絶対に存在するかのように言う あやしい人もいるので注意が必要なところだと思います。

newtype
質問者

お礼

ご回答ありがとうございます。さて一つずつお応えしましょう。 >占いの見地からではありませんが、以下のことが参考になれば幸いです。私を含め10人ほどの意見を聞いてみますと(年齢性別は様々です)爪の斑点とお金等の利得に相関関係があると感じた人はいませんでした。 もしかして多くの人に当てはまらない出来事であるなら占いの世界でも議論の対象になってないかもしれません。 たった10人の意見だけで決めることは出来ないでしょう。統計をとるなら100人、1000人とやらないとね。以上。 >恐縮ですが、過去の newtype さんの回答により質問者が気分を害されていたようなときが何回か見られ、そのときの newtype さんのお書きになった文章を読んで宗教にはまっている人と会話をしているときと同じような印象を持ったので、NO.1 ではそのあたりについても客観的にアドバイスをしたつもりです。 今までに何回か管理人さんに消されましたが、私は全然悪いと思ってません。むしろ誰かが言わねばならぬことを言ってるので感謝してもらいたいぐらいです。 また、私は自分の口が悪いということは認めていますが、心は純粋なつもりです。 なので相手を悪し様に悪く言ってるように見えるかもしれませんがそれは本意ではありません。「つい口が出ちまった」という類です。人間が出来てないというなら甘んじて受けましょう。 >とある女性手相診断士の本で斑点が現れてから消えるまでに >恋人が出現するなどと書いてありましたが、それは真赤な嘘です。 ということも否定することが難しいのではないかと思ったわけです。 じゃあ否定はしないことにしましょう。私がもてないのは性格のせいでもありますし。 では次をお応えしましょう。 >newtypeさんの経験論と同様、私はこのような体験とは無縁だという経験があります なるほどそういう論理もある。しかし本当に無縁なんですか?一つぐらいはあるでしょう。私なんかまだありますよ。夜中テレビ朝日系のトゥナイトを見てたとき隣の和室の部屋から奇妙な声がしてきた。ううーーうおおうーー。変だなあ、和室には母しかいないのに…と思ったがあまりに現実感のある異形の声に背筋が寒くなって怖くてふすまを開けられなかった。翌朝母に聞いてみると誰かが寝ている自分の周りを歩いてたとのこと。こんなことってあるんだなあと思ったね。 経験出来ない人のことは後で書きますが、感受性の違いだと思います。 >それから、独立な現象であるはずの予知夢、金縛り、UFOなどについて 体験できない人はどれ一つとして体験できない。体験出来る人はその中のいくつかを体験しがちというあたりが、普遍的真理ではないように感じさせているのです。 果たしてそうかな。現に私は体験しています。UFOはたまたま空を見上げていたら見えました。そのとき一回だけです。手術の後は幸いにありませんでした。 しかし私は以下のように書いてはいません。 >体験出来る人はその中のいくつかを体験しがちというあたりが、普遍的真理ではないように感じさせているのです。 私が体験したとは書きましたが他の人のことは知りません。私は幼い頃から体験してるので普遍的審理になっています。昔から日本人は八百万の神神の信仰や仏様の信仰があるのでそれらの信仰が普遍的審理を得るための準備段階であるとは思います。試しに近所の産土様にお参りに言ってみたらどうでしょうか。邪心がなければ願い事は良い結果となって現れるはずです。悪いことをしたやつは必ず罰が当たる。私は最近学徒の道にはずれた恥ずべき人間を目撃しましたが、それを非難したりはしませんでした。業を積み重ねた人間がどういう末路をたどるかは私自身よくわかっていますし、少々意地が悪いながら「どん底に落ちる様を見させていただきます」といった心境です。 さて話が脱線してしまいました。 >絶対あるものをないというのは非常に苦労すると思いますよ。newtype さんは大丈夫かもしれませんが これは、心霊現象などの肯定派の否定派に対する意見として常套手段になっているように思います。存在しないことを証明できないとすると、 あるかないか言うことが出来ないだけにもかかわらず、証明できなければ絶対に存在するかのように言うあやしい人もいるので注意が必要なところだと思います。 これは織田無道氏のことですね。確かに無道氏は霊能力がないにもかかわらず霊はいるということを強調するトンデモ男ですが、あの男の存在だけで霊はやっぱりいないと言われるのは心外です。私は守護霊という存在を信じていますが、まだ見たことはありません。しかし悪霊は何回か体験したことがあります。つい最近の話です。夜寝床に入ってしばらくすると、急に全身の力が封じられて(私はこのように感じる)身動きできなくなり金縛りに遭いました。このとき、自分の周囲で老若男女の笑い声が聞こえてきたとき、自分の周りにいるのが悪霊であることを確信しました。さらに誰かに胸を押さえつけられた苦しさで息が出来なくなりましたが、なんとか心の中で呪文を唱えて退散させることに成功した。私は今までの人生で人を殺したことはないので、(しかしひどい目にあわせたことはある。反省)悪霊といっても弱いやつらだけなのですぐ払えるがさすがにこのときは参ったね。死ぬかと思ったよ。queschanさんにこういうことまで否定されたらどう説明したらいいのだろうか。ちなみに見える、見えないは感受性の違いだと思います。queschanさんも森に囲まれた空気のよい神社でお参りし、近くを散策してみて感受性を養ってみたらどうか。きっと良いことだと思うよ。 さて長くなってしまいましたが私の見解が伝わりましたでしょうか。いろいろな人間の生き方を認めるのが人と人とのコミュニケーションの第一歩です。私は信じる人とも信じない人とも対等に付き合えます。けっして信仰を強制したりはしません。否定派の人はどうなんでしょうか。

  • queschan
  • ベストアンサー率20% (3/15)
回答No.1

newtypeさんは、よく理系カテゴリでお見かけするのですがあまりにも非論理的過ぎませんか? 爪に白い斑点が現れると、お金等の利得が入ると言うのは まったく根拠のない話だとは思いませんか? >注意しなければいけないのですが、とある女性手相診断士の本で斑点が現れてから消えるまでに 恋人が出現するなどと書いてありましたが、それは真赤な嘘です。 あなたの金等の利得が入ると言う話しも同程度に真赤な嘘です。 注意されたほうがいいですよ。

参考URL:
http://www.ktv.co.jp/ARUARU/search/arunail/nail1.htm
newtype
質問者

お礼

ご回答ありがとうございます。さて、論理展開というものは公理や定義、またそれらから導き出される定理から究極の真理へとつながる一連の過程です。科学というのものはこの論理展開なくして語れないことは論理的なqueschanさんにはおわかりでしょう。ところで真理に到達する方法として2つの大河があります。ベーコンの経験論とデカルトの合理論、この2つを真に理解してもらうことでお礼とさせていただきます。 合理論とは真の認識の起源を理性の働きに求める立場です。感覚的経験を真理の獲得にとって不必要とみなして軽視する傾向を有するので、後で述べるベーコンの経験論とは対立する。例えばここに誰もが疑いようもない超普遍的な真理があったとします。デカルトの方法的懐疑をもクリアーした真理です。デカルトの合理論とは、この普遍的な真理を前提として、そこから「経験によらず」、ただ論理的に個々の結果を導き出す方法です。演繹法ともいいます。 昔、地球はゾウの上に乗っていてゾウは亀に乗っているという「モデル?」があったみたいですが、たしかに経験的ではなく思索(啓示?)による論理の展開なので一見演繹法のようです。しかしその普遍的真理はどういうものかというと、やれ「神の力」とか「奇跡」とか「私は見たことがあります。夢で。」というようなまるで某たま出版の編集長が言うようなことだらけで真理とは無縁です。じゃあ普遍的真理って何なのか。ご明察なqueschanさんなら私が言わんとしていることがわかるでしょうが、ここでいったん経験論の話に移りましょう。 経験論とは知識の源泉を感覚的経験に求める立場です。個々の経験的事実からそれらに共通する一般法則を求めるを求める方法です。帰納法ともいいます。イドラを排除して個々の経験的事実を組織的な知識にまとめなければならないとかいろいろうるさいのですが、論旨はわかると思います。 さて経験論で挙げるとすればケプラーが有名。彼は惑星を観測し、膨大な量のデータの中から有名なケプラーの法則を導き出した、いや発見したと言ったほうがよい。私は、ベーコンはこの偉業を見て経験論を完成させたのではないかと(誕生年も近いし)思っている。この手の話はどの科学でもあり、例えば数学者ガウスの素数予想(1949年に肯定的に解決した。ガウスは素数を1000個ずつの組みにわけて100万くらいまで調べたらしい。数学者が変人とか変態とか言われるのもこのことからうなづける)とか、DNAの塩基配列を調べるなどですね。 いずれも個々の事実から一般法則を求める方法です。 ご明察なqueschanさんならもうおわかりですね。経験論と合理論は切っても切り離せない関係だということです。 観察に頼って思索をおろそかにするということは、それが本当に正しいのかわからない。また思索に頼って、観察をおろそかにすることは言うまでもない。 ところで合理論のところで普遍的真理とはなにかということを問題にしましたがこれもすぐわかるでしょう。観察によって得られた結果を思索によって極限まで分析する。そうして得られた結果を普遍的真理とする。その真理を元に演繹する。それが正しいかどうか観察する……なんてことをやっているうちに科学が発展していくのです。 以上解説終わり。これからqueschanさんのご注意に対する私の見解を書きます。 世の中には風水や数命学(姓名判断ではない)、あるいは気功や心霊現象まで幅広く不可思議なことがあります。これらのことをqueschanさんのように非論理的だと一方的に決め付けるのは簡単です。しかしそれらをろくに調べないで一方的に非難するのは科学的な態度とはいえません。私は幼いころから予知夢を見たり、金縛りに遭ったりしてとても怖い思いをしてきました。信じられないかも知れませんがUFOだって見たことあるんです。これらを非科学的だと一方的に決め付けられても私は納得しません。 爪の話に戻しますが、科学的に解説したページを紹介してもらいありがとうございます。しかしこれは残念ながら私の問いとは無関係です。何故白いのが現れるかを聞いているのではなく。爪に白いのが現れたら金銭等が入ることがあります。こういうことは「占いの見地」ではどうなんでしょうと聞いているんです。私が非論理的であるなどと言うのはここでは無意味です。もし非論理的だということを強調したいなら、私に論理的に説明してください。多少非科学的なことが混じってても良いです。 どの占いも基本は経験的に調べていったものを体系的にまとめ上げて作るのです。つまり経験論と同じですね。もちろん人のすべてを調べ上げるのは不可能なんでここに当たるも八卦当たらぬも八卦という言葉の真意があります。しかし調べ方が理想的にうまければ当たる確率は高いと私は考えます。(故に、私は若い姓名判断師を信じていません。やはり長年修行しないと。ところで野間覚玄さんの本はよく当たる。すごい漢だ。) これら不可思議なことを自分の普遍的真理にないとして否定するなら、まずやはり長年調べてもらってから否定して欲しいね。絶対あるものをないというのは非常に苦労すると思いますよ。 以上。ろくに推敲していないので下手な文章になっているかもしれません。ですが私のいわんとするところは書いたつもりです。反論があるならまた書いて下さい。なければ私の見解を認めたものと判断する。