anshuのプロフィール
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- 登録日2007/03/12
- 貞観政要、及び漢文
こんにちは。 今高校二年生で、週一時間漢文をやっているのですが自分でも勉強したくなりました。 特に「創業と守成」の話で知った貞観政要に興味をもっているのですが 学校や近くの図書館には古くてごっつい本しかありませんでした… (今確認できないのですが、新釈漢文大系というやつかと思います。 確か紺のような表紙裏表紙で、他にも唐代の詩集などが同シリーズでありました。) 他になければこれを読もうかと思うのですがいかんせん重いので持って帰る気力が萎えます。また、自分で購入するとなると高そうです。 一応自分でも調べてはみたのですがどうも帝王学だとかそんなリーダーマニュアルのようなのしか出てきません…。 なるべく多くの話が現代語訳、返り点付きがそろって読める貞観政要の本はないでしょうか? また、漢文のワークや参考書、教科書のようにいろいろな話が混在している本や、他にも読みやすい漢文の本があったら教えてください。 項羽と劉邦の話にも興味を持ってます。
- 文学入門
あなたが本を読む頻度を教えてください。 例)年間100冊、週に5冊 あと、日本文学を語る上で、外せない人を教えてください。 (三島由紀夫、中上健次、谷崎潤一郎、大江健三郎、川端康成などは 読みました) 例えば、ダブル村上は読んでおくべきですか???
- 締切済み
- 文学・古典
- tenten1006
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- 人間って何故・・・?
初めましてこれが初投稿となりますが、これからも何卒よろしくお願いします。 では本題に入らせていただきます。 何故人間には『飽きる』という 事(?) 物(?) 感情(?) があるのでしょうか? 自分はお茶漬けが大好きで、毎朝の朝食が楽しみなわけなのですが、朝食がお茶漬けとして出てきて一ヶ月したころから「初めて食べたときの感動やうまさがないな~」と思い始めました。 そしてある朝も大した感動もなくお茶漬けを啜っていたのですが、ふと飼い犬を見ると、毎日同じメニューなのに飽きもせず美味しそうにがっついていて「飽きるという感情がないのだろうか?」と、疑問が生まれました。 少しインターネットで情報収集しましたところ、人間以外の動物には飽きるという感情みたいなものが存在しないという記述を見つけました。 自分なりに色々と考えてみて「人間以外の動物はその時の食べないと次はいつ食べれるかわからないので、飽きるとか云々を言うまえに生きるために食べ、毎日の食事に飽きて食べれないということがないように飽きるという感情が退化してしまったのでは?」という考えに行き着きました。 それに対して人間は「長い歴史の中色々な味を知ってしまい、新たな刺激というものに依存(?)しそれが人類が生き、進化していく過程で「飽きる」という感情になってしまい今に至る」という考えが思い浮かびました。 誤字脱字が多く長い文章になってしまったかもしれませんが、皆様の『飽きる』という感情についての貴重なご意見等等をお聞かせ頂ければ幸いです。 では、よろしくお願いします。
- 締切済み
- 哲学・倫理・宗教学
- aadfnhaadf
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- 女性は侘びより雅?
古今東西女性は光り物が好きだとよく言われ、何にでもスワロフスキーを貼り付けるように女性が趣向を凝らすとどうにも(地味な人も余裕か関心がないだけで好みとしては)雅・派手・秀吉好み(洗練されるとシンプルながら鮮やかな織部好みといったところに落ち着く)になるような気がします。 近頃はオーガニックブームで素朴な物への関心も高まっているようですが、侘び・渋・利休好みな女性は私の主観では常に少数派です。 好みに良し悪しなどございませんが、女性全体の美意識において侘びが雅に勝ることはないのでしょうか。 もしくは私の思い過ごしなのでしょうか。あるいは性別ではなく年代の問題なのでしょうか。