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芸能人は、やっぱり「商品」なのか
先日、友人のビデオで、3年くらい前かな、の○○優○さんのトークを見せてもらいました。ファンでもない私も、大変な衝撃を受けました。やっぱりな、という気持ちもありましたが、衝撃のほうが大きかったです。後期の熱狂的なファンはさぞかし無念だろうと思います(笑) 芸能人であるからには、当然自分のキャラクター性(一種の人間性ですね)を磨かなければならないし、TVの前で見せる自分とプライベートの自分との間には、一定の乖離があることも認めざるを得ないと思います。 しかし、一部の芸能人(特に「天然ボケ」呼ばれる女優さんたち)は、明らかに「つくっている」ようです。「つくる」と「磨く」とでは、「芸能」のとらえ方において、まったく別の問題が出てくると思いませんか。 百歩譲って、「それも芸能界だ」としましょう。それでも、みなさんは、その露骨な人格操作を知り、ショックを受けたことはありませんか。ショックを受けるとすれば、それは、その芸能人の人柄を信じて評価なり、支持なりしてきたからだと思います。それは、相手が「商品」ではなく「人間」だからです。だとすれば、それはファンを欺き、場合によっては裏切ったことになりはしませんか。 しかし、それでも「それも芸能界だ」となれば、新商品を開発し、CMを通じてそれが「売れるか」を世に問うているが、売れ行きによっては、大幅な「品質改良」もあり得ますよ、ということと同列ではないだろうか? それでも、それでも、「それも芸能界だ」と割り切る人は、芸能人を「モノ」としてしか見ていないことを憚ることなく公言できる狂者だと思うのですが、いかがでしょうか。それとも、「それはいっちゃいかんよ、きみ」ですか?(笑)
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noname#5549
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お礼
お付き合いくださりましてありがとうございました。
補足
なるほど、よくわかりました。 SPLINTERさんのおっしゃっていることは、ごくごく単純なことだとは思いますが、含蓄がある大人の意見だと思います。実を言えば、私自身も、SPLINTERさんの境地に憧れるものがって、しかしそれができぬゆえに芸能人(私は男ですから特に女優)に対して懐疑的な立場なんです。たしかに商品でありそれが現実なんだろうけれども、商品と割り切れない自分がいて、ひどい場合には大衆に群がってジクジクと井戸端会議ならぬジクジク陰口を叩く有様になったこともありました。これは、やはり私にジメジメとした妄想癖とか空想壁があると思われても仕方がないんですよね。よくよく考えて見てれば、ブラウン管の人間は明らかに別世界の人間ですから、少なくともその人間と自分とを「人間」というもっともらしい規準で同列に見ようとすれば、たしかにその延長線上には「恋」なんていうとんでもないものが待ち構えていることになります。これはもっとも悲惨な顛末ですね。だから、結局は、私の懐疑も、ジメジメとした嫉妬とか空想的独占欲ということと表裏なのかもしれません(私自身はそういうのを意識したことはないのですが)。 おっしゃるとおり、その人の言わば「芸能人生」における武器なのだから、堂々と使えばいいわけで、ファンとしてそれを認めてやればいいだけの話です。しかし、それができないとなれば、とても悲惨なことになる。じっさい、彼女の変身で悲惨な想いをした人はたくさんいると思います。だからこそ、まるで私が白々しい代弁者のごとくこういう質問をしたわけですが、悲惨な想いをしたということは、現実認識の甘さ→ありもしない彼女の人間像を思い描く→それに期待する→「裏切られた」という気持ち、ということでしょうか。SPLINTERさんの境地においては、むなしい遠吠えのような気がしてきた(笑) ただ、お話しを聞いてきて、もう一つだけ私が感じたことは(これはお答えいただかなくても結構ですが)、参考URLの#3の方へのお礼で、「現実を見据えた方が私は気が楽です。」という部分についてです。この言葉の裏に、何かSPLINTERさんの精神の遍歴を感じざるを得ないんですよね(笑)。つまり、「気が楽」ということを知るには、一度は苦しんだ体験があるはずです。苦しんだというのがオーバーにしても、SPLINTERさんもかつては純白の(笑)ファンに徹していた時期があったのではないか、と。だからこその含蓄だと思うのですが、これも邪推というものでしょうか。 それと最後に、「純粋なファン」という言葉をお使いになりましたが、むしろSPLINTERさんのような人が純粋なファンだと思いますよ。いわゆる私のような中間層の人間は、「ゆがんだ愛着」を持つ危うさがあると思います。だからさっき「純白」という言葉を使ったのですが、それはいいとして、結局、「早く大人になれよ」ということなんでしょうかね。現実を直視し、現実の生活の方に気を配れよ、ということかもしれませんね。とはいえ、まだ私の気持ちは「しかし…」がくすぶっていますが。