もし「大変な仕事で、その割に賃金は低いし、昇給が無かったりパートだったり、汚いし…」ということで敬遠されているという質問であるならば「やらないでください」と回答します。
やって欲しくないから。
私は介護する側も知ってるし、介護される側も知ってます。
両者にとって重要なことはただひとつで「質の高いケアをしたい(されたい)」という一点につきます。
サービスの提供者側は「安全で質の高いサービスをどうすべきか?」と考えるのが普通だし(もちろん、そうではない事業者が無いとは言いませんが)サービスを受ける側としては「どこの事業者でも均一に、良いサービスが得られればいい」と考えます。
しかし実情としてはそうではない場合も多々あります。
ですが、その大半の原因となっているのは「給料の安さ」でもなく「仕事の苛烈さ」でもないのですよ。
一番の「困り種」というのは「サービスに直接関わる人の質の低さ」です。
「人を人として見てない人」が、あまりにも多い。
介護はね「介護される状態だから」必要なんです。
当たり前のことでしょう?…しかし、文句をたらたら言う人は決まって「同じ人間なのに」という誤った認識がある。
介護が必要な状態の人間を介護するのだから、それは様々なトラブルが起きたって当たり前のことです。
それを承知の上での「サービス事業」なのですよ?。
現在の介護システムが生まれた背景には「核家族化」があります。
大家族の中では起きなかったことが
(家族総出で家人の介護に当たったからね)
…核家族の中では起きるんです。
みんなが会社に行き、学校に行きするなか、取り残される存在が高齢者であり、障害者なのです。
必然的に介護が出来なくなった…それを埋めるための苦肉の策が「介護事業」というものなのです。
みなさんが(この回答を読んでいる方全てですよ?)嫁舅の諍いも少なくて、自分の部屋が一つちゃんと持てるような「快適な」生活を選ぼうとしたとき「核家族」という選択があるわけです。
その代償として「働きに働かないと」家一軒建てられなかったりする。
共働きだ、子供にはいい学校だ…と、頑張らなきゃならん…その「しわよせ」が来るのはいつだって「立場が弱いもの」なんですね。
現在の日本の家族形態が生んだ「事業」…これが「介護事業」です!。
本来なら必要が無かったものなんです。
高齢者や障害者と同居するとき(これは当たり前のことですが)その介護は家族が行うことになります。
実の家族に対して「反抗的だ」とか「汚い!」とか言っても埒があきません。
しかし「他人なら出来る」んですよ!。
…だから「これは便利だわい」ということで「胡坐をかいてる」わけです。
便利なシステムだ、と…そもそも核家族って「そこから」始まってる。
人と人との空間を空けることで、係わり合いを無くしていって、面倒なことから逃げてしまおう!というのが、核家族化の大きな理由でしたからね。
…もっともっと「自分たちが何をやってきて、それでどうなったんだろう?」と考えなきゃいけません。
「介護職って?」という疑問を「表面だけ」見て判断しないでください。
物事には必ず「裏事情」があります。
そこに目を向けないと…目の前のことだけ見て戸惑っていたら、きっと疑問は解決しないはずです。