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登山をする方へ質問です。
昨年、遭難救助にあたっていたヘリが墜落した事故がありました。先日、職場でその話題になったとき、登山が趣味の人が「助けに来て事故を起こすとはなとらん。」と言ったため、唖然として抗議したのですが、聞きたいことがあります。 (1)登山者とは概ね同様の意見なのか? (2)遭難して他人(救出者)を危険にさらす可能性が高い行為(登山)そのものに、人に迷惑が掛かる恐れがある事をしているという罪悪感はないのか? (3)登山をする著名人を冒険家と賞賛する向きもあるが、おかしくないか? 以上よろしくお願いいたします。
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登山歴は35年ほどになります。 まず本質問の問題の発言が、どのような登山歴を持つ人がどのような文脈で言ったものなのか判らないので一般論になりますが。 まず、あるレベル以上の登山者にとって(レベルは単に技術レベルのことを意味していて、登山の質そのものを意味する意図はありません)、「救助者と被救助者」には本質的に違うものではなく、単にその場の立場の違いに過ぎない、という意識があるでしょう。 救助隊は多くの場合警察官で、しかも「山岳救助隊」が組織されている場合の構成員は志願して救助隊に入り、厳しい訓練を繰り返しながら救助活動に備えています。彼らもまた「登山者」ですし、プライベートで登った山で「被救助者」に回ってしまったりすることも、さすがに登山者としてのレベルがけた違いなので多くはありませんが実例はあります。訓練中の事故もありましたが。 私達一般登山者も、事故現場に居合わせれば救助活動に加わります。 私も被救助側は1回、救助側はちょっとすぐには数えられないくらいの経験がありますが、根本的に「明日は自分が救助される側に回っても何の不思議もない」という意識はあります。 ですから、救助側で活動しているときも、一方的に「迷惑をかけられている」と思ったことはありません。 あ~、私達の忠告を聞かずに突っ込んでいって救助する羽目になったときは腹は立ちましたが、それも出るときの話で、救助活動に入ってからは腹をたてる余裕もなかったですね。 もちろん、救助される側に回ったときは「申し訳ない」という気持ちで一杯ですよ。 相手が救助を生業とする「プロ」であってもそうなのに、たまたま近くに居合わせた見も知らない人までもが、こんなところに2回来たら1回は死ぬ、と思うくらいヤバい場所に来てくれるのですから、なおさらです。 でも、自分も立場が変われば見も知らない人を助けるために、場合によっては死体を収容しに「あそこにもう1回行ったら今度は生きて帰る自信はない」というような場所にも行きますし、その時は別に迷惑とか思ってる訳じゃないです。 登山は自己責任だから自分が事故を起こしても来なくて良い、というのは一種の「甘え」です。まあ自分が立場が変わって救助を必要とする人がいても無視する、というのでしたらそれはそれで一貫性がありますが、その場に居合わせれば無視なんてそうそうできるものじゃないですよ。 なので、「事故を起こせばどんなに危険でも(そりゃ限界はあるが)助けに来る」ということを大前提に、「そういう事態を招かないように最大限の努力をする」というのが登山者としてのあり方でしょう。 なので、「救助する側の視点」で見た場合、「助けに行って事故を起こすとはなってない」というのは100%正しいですし、私もそう思います。自分がそうならないという保証はどこにもないので、口に出すのは勇気がいりますが。 救助活動は、その同じルートを単に登るだけより何倍も困難で危険です。 そこで二重遭難を起こせば、さらにその何倍も状況を困難で危険にします。ですから二重遭難だけは起こしてはなりません。 とはいっても人間がすることですから、起きるときには起きてしまうんですが・・・ 件の人がどんな経験を積んできて、どういうつもりで例の発言をしたのかは判りませんが、救助側の視点で見ればそういう意見もあり得る、ということです。 ある程度の登山経験があれば、救助側の経験も多数持つのが普通なので(一般ルートしか歩かない一般登山者はそういうわけにはいかないと思いますが)、山岳遭難報道を救助側の視点で見ていることはよくあることなので、本事例もそうだったのかもしれませんね。 (2)については、別回答のドライブの例えに全面的に同意します。 自らの行為が孕む「危険」について、認識がなければ罪悪感がなくても問題ないというわけではないでしょうし、生活に必要だということが免罪符になるわけでもないでしょう。 結果として他人を危険に陥れた、あるいは危害を与えた、たいう「結果」に対しては罪悪感を持つのが人として当然だと思いますが、危険に陥れるかもしれない行為そのものに罪悪感を持つべき、というのはおかしいですね。それなら車の運転にも罪悪感を持つべき、でしょう。 「想定される危険を現実にしないために細心の注意を払う」でいいのでは? (3)については、「冒険心は人類に必要な資質」だと思います。 危険を楽しむ資質、もう少し正確さを期せば危険をコントロールしてクリアすることを楽しむ資質、というのは人類だけでなくこの世の動物にとって普遍的に必要な資質だと思います。 危険に怯えて逃げ回るだけでは生き残れない場面は現代社会ですらまだありますよね。 ですから人類だけではなく普遍的に「危険に立ち向かうことに喜びを見いだす性質」はあるのではないでしょうか。飼い犬に間合いをギリギリまで詰めてちょっかいをかけるネコもよくいますし。 その資質がたまたま濃縮されてしまった人も出てくるのは必然でしょう。
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- D-Gabacho
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>(1)登山者とは概ね同様の意見なのか? 登山者と一口に言っても、登山しない人たちと同じように、千差万別いろいろです。質問にあるような不謹慎な発言を平気でする、無神経な人もいるでしょうし、そうでない人もいるでしょう。その人の性格とか想像力の問題で、登山者かどうかとは関係ないと思います。 山に登らない人から見ると「あんなことする人たちはみんな考え方が自分と違う変な人たちに違いない」と思われるのかもしれませんが、それは納豆が好きか嫌いかで人間性を測るようなもので、偏見です。まあ、そういう自分も、アイドルにきゃあきゃあ言ってる人たちを見ると「こういう連中は○○○なんだろ」などと、つい思ったりしてしまいますが……。偏見ですよね。 >(2)遭難して他人(救出者)を危険にさらす可能性が高い行為(登山)そのものに、人に迷惑が掛かる恐れがある事をしているという罪悪感はないのか? 実際に遭難して救助される事態になったら、そのときは罪悪感で「ほんと申し訳ありません」という気持ちになると思いますが、可能性の段階で罪悪感を感じるというのは、ちょっとあり得ないように思います。たとえば、クルマを運転していれば誰でも、事故で人を死なせる恐れがあるわけですが、そういう可能性があるからといって、罪悪感を抱きながら運転している人はいないと思います。 >(3)登山をする著名人を冒険家と賞賛する向きもあるが、おかしくないか? これまでの質問の趣旨からみて、テレビ番組などで有名タレントが登山するのとかだけじゃなく、自ら好んで危険に身をさらす冒険家というをものを賞賛すること自体おかしいのではないか?ということだと思います。わたしなどは単純に、精神力とかすごいなあと思ったりするわけですが、「わざわざ死にに行くようなもんでしょ。馬鹿じゃねえの?」とか「救助隊や家族の迷惑考えろ!」という意見も、それぞれにもっともだと思います。他人に迷惑をかけない生き方に重きをおくか、恐怖心や孤独に打ち克つ超人的な精神力や高い技術に重きをおくか、という価値観の違いですので、人それぞれではないでしょうか。
お礼
こんにちは。 >>登山者と一口に言っても、登山しない人たちと同じように、千差万別いろいろです。 実際そうでしょうね。私の周りの登山者がたまたま程度が悪いのが複数いたと言うことでしょう。 (2)この例え方をすると多くの人は反論しにくいですね。生活必需行為との比較が適当かどうかに議論の余地はあるかもしれません。 (3)確かに価値観の違いですから議論しても解決する問題ではなさそうです。 いずれにしても、ご丁寧な回答に感謝いたします。
- satoumasaru
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はじめまして、高校の時から山にはまって40数年のオヤジ(じいさんかも?)です。 おおむね#1さんと同じですが私もひとこと言わせて頂きます。 >(1)登山者とは概ね同様の意見なのか? そんなことはないですよ。むしろせっかく助けにきていただいたのに、事故を起こされたのはたいへんお気の毒だと思います。登山を趣味とする人でもほとんどそうでしょう。 >(2)遭難して他人(救出者)を危険にさらす可能性が高い行為(登山)そのものに、人に迷惑が掛かる恐れがある事をしているという罪悪感はないのか? それはありませんね。それを言い出したら、全てのアウトドアの趣味は大なり小なりそのような危険を含んでいますよ。ドライブだって事故救助にかけつけた救急隊員が他の事故にまきこまれた例って数多くあります。海水浴だって救助には危険が伴います。 さらにいえば私も#1さんと同じように、自らの力量を把握して登山をしているつもりですし、もし事故がおき、それが死につながっても、すべては自己責任だと思っています。第三者を死の危険にさらしてまで自分が助かりたいとは思いません。すくなくとも登山を趣味にして長年登っておられる大多数がそうじゃないですか? >(3)登山をする著名人を冒険家と賞賛する向きもあるが、おかしくないか? 登山をする著名人を冒険家と賞賛する人っているんですか? たしかに冒険的な登山をする人、植村さんや野口さんなどは、すごいなあとは思いますが、いわゆる著名人という範疇ではないですし、賞賛なんかしないですよ。 むしろテレビなどが視聴率をあげるために冒険もののスポンサーとなって、大々的にとりあげ感動番組にしたてあげるのはどうかと思いますね。まあ、それだけ金がかかるからスポンサーが必要だという事情もあるのでしょうが。 前にスマップのメンバー(誰だったか忘れましたが)が槍ガ岳登山をするのを感動的にやっていましが、あんな簡単なコースをなぜあんなに仰々しく大げさに放映するのか、げんなりしました。
お礼
こんにちは。 ご回答に感謝します。 (1)に関しては複数の登山者が同様の意見だったので、呆れたのですが、良心のある方も居て安心しました。 (2)に関してはないでしょうね。そういう意識のあるひとは登山を趣味としないでしょう。愚問でした。 ドライブの例えは相当無理があるように感じますが・・・ 『』すべては自己責任だと思っています。第三者を死の危険にさらしてまで自分が助かりたいとは思いません。すくなくとも登山を趣味にして長年登っておられる大多数がそうじゃないですか?』 数年前に救助されたベテラン登山者が「この程度で助けに来なくてもよかったのに。」みたいな事を記者会見で言って呆れたのですが、ベテランで自信のある人はそういう傲慢な気持ちもあるでしょうね。回答者様は良識のある方のようで安心しました。 (3)の著名人とは植村直己などを指しています。
- sppla
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40超えて登山を始め、基本的に単独行動のものです。 (1)登山者とは概ね同様の意見なのか? 他の人はどう考えるかわかりませんが、私はそうは思いません。 助けに来てもらえなくともやむを得ないという意識はあります。 (このため自分では行動は慎重に行っているつもりです) (2)遭難して他人(救出者)を危険にさらす可能性が高い行為(登山)そのものに、人に迷惑が掛かる恐れがある事をしているという罪悪感はないのか? ありません。私は私の責任において行動しています。まぁ遭難したら助けを呼ぶこともあるかもしれませんが・・・ 個人的には救出者の危険が高い場合には救出行動をしなくて構わないという考えです。 (つまり助けに来てもらえなければ、それはそれで仕方がないということです) 登山にしろ荒れた海でのサーフインにしろ、事故に遭えばその当人の責任。ほうっておいて死んでもそれもまた当人の責任です。これは原因が(本人の行動が原因ではなく)自然に由来するような場合であってもです。それがいやなら危ない趣味はやらなければいいだけです。 (3)登山をする著名人を冒険家と賞賛する向きもあるが、おかしくないか? 興味がないしどうでもいいです。 冒険家だろうが一般の登山者だろうが、個人的には一緒です。
お礼
こんにちは。 ご回答に感謝します。 (1)に関しては複数の登山者が同様の意見だったので、呆れたのですが、良心のある方も居て安心しました。 (2)に関してはないでしょうね。そういう意識のあるひとは登山を趣味としないでしょう。愚問でした。 (3)の著名人とは植村直己などを指しています。英国女王がかつて「すばらしい冒険」と称した事(内容と人物は忘れました)がありましたが、私には意味不明です。
お礼
こんにちは。 丁寧にご回答いただきましてありがとうございます。 (2)については適切な例えですが、生活必需行為との違いという部分で一考の余地はありそうです。 (3)ですが、人間にとって冒険心は必要でしょう。もしかしたら進歩するためには必須かもしれません。 女王陛下はその「必須」部分を具現したとして賛辞を送ったのかも知れません。冒険心を現す行為はおかにもありそうですが、一応納得です。 (1)については救助者と被救助者との関係が理解できました。お互い様と言う認識が強いのは理解できます。本物の登山者さんからすればそうなのでしょう。 しかし、昨今はマナー&準備の悪いエセ登山者が増え、不必要に遭難事故が増加して救助隊員を危険にさらす機会が増えているのではないでしょうか?そういった、エセ登山者に対しては救助隊員は「山の仲間を助ける」という意識を持つことは難しいのでは? 登山届けも出さず、装備も遠めで見る限りでも明らかに不十分。しかも「早くしろ!」という態度。 これでは高い志で救助隊員に志願した人たちの失望感は相当なものでしょう。「危険を冒して救助する意味」を心の中で自身に問い直すかもしれません。 マナーが悪い人が増えたのは日本人全般であって、なにも登山者に限ったことではありませんが、救助者を危険に晒す行為と隣り合わせの行動をしているのだとの自覚を持つ人ばかりになればと思います。墜落したヘリは納税者の血税でもあります。 今回回答を頂いた方は、どうやら本物の登山者さんばかりのようですが、これを見たエセ登山者さんにはじゅうぶん注意してほしいものです。