庶民感覚を知らない人は、代々、経済的にかなりゆとりがある資産家家庭出身、という意味にもなりますかね。
つまり世のお金の流れとか、外交、保守維持に関してのなんらかの知識はあるお方なのではないでしょうか?
それゆえ、庶民感覚が理解出来ないからと政財界の繋がりもあるのでしょうから、権力者や立場ある人間のポジションを外すわけにもいかない社会になっている、
だから、見た目それなりのポジションにおさめておかなければならない場合、もある様な、、、そんな気がしました。
国政を司る立場には、庶民感覚や痛みを知らない無神経さとか、悪いことばかりしてお金を集めてしまうという人間は相応しくないけれど、長年豊かな個人的経済環境を保守されて来た、という側面を考えると、庶民感覚をきちんと自身の生活から把握していること、は大切ながら、それだけではダメということもわかってきますね。
弱者にとってのリーダーには、痛みや庶民生活を知っている、理解ある人なのですが、国政単位を動かさなければならない、という大規模な所のリーダーとなり得る権力者、立場ある人間には、どちらの理解力も必須ですね。
国交の例で考えてみると・・・
日本は不況でしかも大震災で、多くの国民の命を落としました。
たくさんの国から寄付を希望している最中です。
そんな時、他の国との外交では、例えば、同じ時期にこんなことが重なったとしたら。
アフリカ難民の子供たちが餓死しそうで寄付を、
同時期にニュージーで大震災、寄付を、、、
ギリシャで借金苦、ユーロ圏問題で寄付を、、、
と先進国日本だから、と頼られてしまった時。
時には弱者の味方心優しい日本も、心を鬼にして今は日本が大変な時なので無理です、、、と断れないと、国の代表として子供たち(国民全員)を守れなくなるなる、ことも考えられます。
取捨選択に迫られる事情の時には決断できるドライな部分も持ち合わせていないと責務を負えないということもあるかもしれませんね。
お礼
ご回答ありがとうございました。