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神棚のお札「大国主、事代主、大年の神」
私の実家は江戸時代から続く宮城県の古い農家で、神棚に「大国主、事代主、大年の神」の肖像というかお札が貼ってありました。ほかの地方でも農家の神棚にはこのお札がありますか?ちなみに東北歴史博物館の「今野家住宅」にははってありました。
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そんなことはないと思います。 我が家は新潟ですが、天照大御神、出雲大社、諏訪大社、地元神社(2社)のお札を祀っています(出雲大社は珍しいらしいです)。 大国主は、天照大神系に国譲りした神様。 事代主は大国主の子供ですよね。天照大御神系に国を譲り渡すことに賛成した神様。三島市の三嶋大社が祀っていると知っていますが、担当はなんだったでしょう?海系? 諏訪神社の祭神は、やっぱり大国主の子供で、国譲りに反対した神様。力自慢の戦神で、武田信玄が深く敬ったのは有名ですが、元来は農事神(雨風も)ですので、農家が祀るとしたら、こっちが適切でありましょうね。 大年神という神様はうかつにも知りませんでした。辞典で引いてみたら「穀物の神様」とありますので、農家が祀るのは適切でしょうが、このあたりではご活躍ではない模様です。 ちなみに、「貼る」というのは判りません。千社札みたいに貼ってあるのですか?こちらでは、神棚になにかを貼る習慣はありませんね。 我が家は江戸末期の分家ですが、本家は戦国期・上杉謙信絡みです。
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ありがとうございます。今の家は昭和50年代に建てたのですが、神棚は座敷と居間にあります。昔の家では分かれていなかったと思います。というより、家のあちこち、井戸やら納屋やらいろんな場所にしめ縄をしていましたのでいっぱい神様がいたのでしょうか。今の家の座敷の神棚には天照大御神や参拝にいった神社のお札がはいっています。居間の神棚には真っ黒になった木彫りの像がはいっていますが、昔の家の神棚に入っていたものです。お社も自家製です。肖像お札は座敷の神棚の下の鴨居にも張りますが、主に居間の神棚の下の鴨居に貼っています。昔はご飯粒をつぶしてのりを作ってはっていました。お正月前には新しい肖像お札を近くの神社から買ってきて取り替えるようです。お寺の文献と墓石で調べるとご先祖様は元禄期に今の場所に来たようです。大年神は物部氏の先祖の「にぎはやはやひ」だろうと思います。