わたしの読解力がないのか、文章が難解で、ご質問の趣旨がいまひとつ分かりません。
明治時代の男女は、今日の彼らに比べて平均寿命が短いこともあったでしょう、それだけに、
早い年頃から、男女ともに社会に参加して、一人の大人としての自覚を持ち、社会性を身に
着け、当時の慣習や常識といったものも早めに理解していたように思います、その意味で、
当時のハイティーン世代の男女は立派に大人だったと思います。
しかし、今日の同世代では、大人と言える年代に近くなった一人の人間として見れば、あま
りにも子供っぽい甘えから脱却できていないように見受けられます。その理由はというと、
まず、この国の経済が豊かだという背景があると思います。経済の豊かさは、遠回りして、
ひいては親離れ、子離れに結びつきます。明治当時のように、社会全体が貧しかった時代
では、早くから独り立ちして、仕事を持ち、汗を流しながら一人前の男一匹、あるいはし
っかりした婦人としての自覚を身に着ける必要があったのだと思います。ですが、今の若
者はも経済的に豊かだからこそ、子供のままで親の庇護のもとに生きていけるのです。
とはいうものの、今日、ふたたび環境は変わってきました。経済の進展が止まり、なにか
と厳しい世の中になっていますし、さらに厳しくなるでしょう。となれば、男女ともに、今まで
のように安易な生き方は難しくなってくるはずです。
自らが積極的に大人としての自覚を持とうとし、社会に溶け込んで自活する意欲を持つ、
そうした志さえあれば、今日の社会でも喜んで彼らを迎えることでしょう。自活によっ
て収入を得るなら、一方、性的には十分過ぎるほどの能力をすでに備えているはずですか
ら、立派に子宝に恵まれ、家族仲良く理想的な家庭を築くことも不可能ではないはずです。
つまり、すべては意識の問題だと思います。言い換えれば自覚の問題です、まだ未成年だ
も~ン・・・と、のんべんだらりと生きているかに見える今の若者たち、それがどうせそ
のまま、成人してしまう、と考えると、一方には、世の中の構造そのものからの改善が求
められますね、単なるセックスの問題だけでは片づけらないことだけは確かです。
お礼
あなたは私の書いた文字を正確によんでくださっています。 その経済と甘えの構造と肉体の時間的離反こそが今考える ことだと思うのです。基にあるのは人の存在ですが、かわいい のなら教えることは他にあると思うのですが。 難しい現状をお答えいただきありがとうございました。