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「俳句」
「俳句」 ずばり、「俳句」について、どのような印象をお持ちですか? 正直に答えてくださって結構です。 回答よろしくお願いします。
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お礼ありがとうございます。 一応俳句の形になっていますか。 良かったです。 「飼い犬が・・」の方は 「少し秋の気配を感じる散歩道を、嬉しそうに尻尾を振りながら歩く愛犬を眺めていると 幸せな気持ちになる」っていう気持ちを込めたかったんですが、難しかったです。 たった17文字しか使えませんからね。 言葉をこねくり回しているうちに、気持ちからどんどん離れていく感じがしたので、 はじめに出てきた言葉をそのまま使いました。 人の胸に響く句をを作れる人は文字数に制約がある中で 気持ちを言葉に変えるのが上手なんでしょうね。 俳句を作る上の決まり事などは何も知りませんが、 そんな風に思いました。 最後にもう一つ作ってみました。 「ミニトマト朝顔を友に夏を越え」 結構楽しいものですね。 ありがとうございました。
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黛まどかさんの「B面の夏」ってベストセラーがありましたよね。 昔本屋で立ち読みして「私にも作れるんじゃない?」と思った記憶が・・。 で作ってみました! 「女子高生 手にはハリセン 夜の駅」 「飼い犬が 黒い尾を振る 秋の道」 犬の散歩中に適当に考えたんですが、 こんなのは俳句として許されないでしょうかね?
- juyjuy
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私は俳句より短歌の方が好きです。 俳句はあまりにも短すぎて、多くの約束事を知らないとわからないし、情緒的な事しか読めないからです。 その点短歌は、今なら著作権違反に近い「本歌取り」などを使えば物語を組み入れる事が出来ます。情緒だけでなく物語性があるのが好きです。 まあ主観の問題ですが・・・。(この・・・というのは俳句の技法につながる表現ですかね?)
お礼
回答ありがとうございます。 僕は短歌をやったことがないので、深いところまでは分かりませんが、確かに、短歌の物語性とか、そういうものは俳句にはありませんよね。 確かに俳句には「原則季語を一つ入れ、原則五七五の十七音」という決まりがありますが、これを制限ととるか、野球には野球の、サッカーにはサッカーのルールがあるように、それぞれを存分に楽しむためにある、ルールのようなものととるのかはその人次第です。 制限ととるなら、それを取っ払おうと考えるのも当然の流れですね。無季句や、もっと進んで自由律俳句というのもありますから。 俳句って、やっている身からすると、そんな高尚な文学のような感じもしないんですよね。 単なる一行日記だったり、単なる事実を撮っただけの写真だったり、単なるつぶやきだったり、単なる発見だったり・・・
- born1960
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17文字で、しかも季語を入れて、今までにたぶん同じ作品が沢山でてるんだろうなぁって思います。 ただ、その証明はできないわけで、「盗作」って話はしょっちゅう出てるのかな?と思います。 もちろん、俳句を楽しむ人はそれなりの句会や投稿などしてるでしょうが、それでもよほど有名でないとわかりませんよね?
お礼
回答ありがとうございます。 「この句って・・・アレだよね」とかいった会話、こんなものよく耳にします。 よく似た句、というのはやはり出てくるものなんですよ。 (100%同じ句、というのはさすがに出てきませんが) しかし、例えば、「秋」と聞いて何を思い浮かべますか? 食欲の秋、運動の秋、読書の秋、天高く馬肥ゆる、虫の声・・・ まずこれだけで十人十色。 たとえ、何人かが同じことを思い浮かべたとしても、次はそれに対してどのような感情を抱くか、それも十人十色。 その感情が似たようなものであっても、どのように表現するのか、それも十人十色。 人間って、そういうもんなんですよね。
- lions-123
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>「俳句」 ずばり、「俳句」について、どのような印象をお持ちですか? ↓ 世界一短い文学・詩では? 率直な印象は、17文字に季語を含み、5・7・5の字数の制約も含めると、著名な作品だけでなく各地の句会とか趣味の活動を合わせると膨大な作品が存在しているのに、よく同じ句が出ず、新たな創作が続くものだと驚き敬意を表しています。 鍛えた筋肉質なスリムな体型美と同じく、強靭で無駄の無い研ぎ澄まされた作品・結晶だと思います。
お礼
お褒めの言葉、ありがとうございます。「俳句」に代わってお礼申し上げます。 我々が日常使用する日本語という言葉は、普段は意識しませんが、とっても美しい言葉なんですよね。 ぼそっと隣りの誰かが何か言葉を吐いたとします。とっても短い言葉を。 そこに、ひどく共感を覚えたり、ハッとさせられたり、そんな経験、ありませんか? 俳句とは、そういう類のものなのではないでしょうか?そして、その素直な言葉は、まぎれもなくその人のオリジナルです。 「ピアノの音とは、どんな音か。短い言葉で表わしなさい」 という問題を投げかけたとします。きっと、100人いれば100通りの答えが返ってくると思いますよ。 言葉とは、そういうものなんです。
- cucumber-y
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日本が世界に誇るべき最短の文学 私のように誰かに何かを伝えようとしてダラダラと長文書いてしまう人間から見れば、俳句に才がある方は尊敬に値します。 すらすらと俳句や短歌が出てくるようになりたいです。
お礼
「日本が世界に誇るべき最短の文学」 ・・・いい言葉です。ありがとうござあいます。 ただ、短歌(特に百人一首)は、古典の授業でよく目にし、それも結構技巧的なんですよね。 勿論、今の短歌を見ると、結構素直な感じが出ていることもいますが、俳句をやっている身からかなり主観で言わせてもらうと、やはり詩的な感じです。(短歌はやったことがないのでよく分からないのが正直なところですが) そのような系列で俳句も見られがちですが、俳句は技巧的、文学的なものだってアリといえばアリなのでしょうが、やはり、飾らない、素直なものの方が好まれると思います。 「俳句の才」とおっしゃっていますが、それは言葉を操る力、というものではなく、ただ単に感性の問題だと思います。そしてその感性は、特殊なものなんかじゃなく、誰もが持っているもの・・・ たとえば、夜寝る前にテレビを消すと、一気に静かに・・・のはずですが、なんだか外から聞こえてくる虫の声って結構大きいんだ、綺麗だな、とか、 虫の音って、いざ寝るとなると嫌になるほどうるさくて、不快なものだ、 とか、こんな発見、いくらでも転がっています。 駄句ですが、一句。 音量の調節きかぬ秋の夜
お礼
ありがとうございます。 ここは句会の場でも俳句添削講座でもないので、俳句についての評価は致しませんが、十分これで俳句になっていると思います。 俳句ってやっぱりこういうものなんだな、と思います。 俳句は、「誰にでも作れる」ものなんです。別にカッコいいことを言う必要もなし、風流なことを言う必要もなし、上手いことを言う必要もなし。基本的には思ったありのままのことを言ったらいいんです。でも、これが簡単なようで一番難しい所なんじゃないですかね。 こういう世界は、他人に「いい句」と評価される句は、結構すぐに詠めるようになります。難しいのは、「自分で好きだと思える句」を詠むことです(でも決して独りよがりになってもいけない・・・)。 ただ一つ。原則、俳句は5・7・5で間をあけません(表現のためにあえて間をあける、ということは勿論ありえますが。あくまで原則ですからね)。 だから、 「女子高生手にはハリセン夜の駅」 「飼い犬が黒い尾を振る秋の道」 と書くのが普通ですね。