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延命医療について
「命」の尊さはわかりますが、植物人間状態や崩壊した精神状態の患者さんを医療するのも、ご家族そして、主治医やナースさんへの影響もたいへんだと苦痛に思います。どうしたらいいのでしょうか?
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植物人間の定義や崩壊した精神状態の患者さんについては疑問が残ります。 医師が脳死判定を下したようなケースであれば 主治医やナースさんは業務としてやっているので気にする必要は無く、必要の有無の判断はご家族の方々の総意によってのみ決められるべきであり、その決められたことに対して他人は何も言ってはならないと考えます。
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- tomban
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本来、自身の生命の継続は、自身が決定するべきことだと思います。 ですので、自身が「コントロールできない状態」に陥ったとき、その継続の鍵を握っているのは通常家族や医師でありますから、法的に問題が無いならば、その継続は「他者に任せる」ことにならざるを得ません。 「脳死が死なのかどうか」ということを、政府が法定化しようとしていますが、現在の「植物人間状態」というのは医療が発展してきた結果です。 なおも医療が発展し、本来救えなかった患者が救えるようになったとき、在来の「判断」というものは全て「覆る」可能性を持っています。 ですので、これからもし「脳死が死である」ということで、死亡判定が出され、身体が焼かれて消えるなり、臓器の移植が可能になるなりしても、未来的に「治癒できる可能性」が残されている以上は、やはり「植物状態の継続」という選択肢も「消すべきではない」と私は思っています。
お礼
命ある限り 大切な人を愛して敬う心が大切なのでしょうか。 ありがとうございます
私も延命治療に付いては父親が入院して医者から脳死の可能性を宣告されてさんざん悩んだことがあります。 結局は父親が元気な頃に良く話をしていたのでそのことを元に延命治療(人工呼吸器など)はしませんでした、もうすでに10数年前のことですがそれ以来ぼけの問題と脳死などのことはいつも頭に有ります。 もちろん今でも何が正解だったのか解りません、従ってドクターなどの事よりも私は自分の家族のことを一番に考えました(毎日病院に詰めていました、もちろん交代ですが)当然夜も昼も関係有りません。 何時病状が変わるか全く解らないので待合室に設置している機械との睨めっこです(ドクターは二人でしたまたナースもそんなに負担に成っているとは思いませんでした)その代わりに家族が毎日交代で詰めていたのです(ドクターの指示で)早朝に容態が急変したときにはドクターがパジャマ姿で飛んで来ましたが・・・ 何よりも一番大変なのは家族ですよ、私の場合は少なくともそうでした。
お礼
大切な方とお別れするのは、とても辛く・・少しでもいいから僕の側にいて生きていてほしいと願う叫びでした。 ありがとうございます。
お礼
「患者さんやその家族等に同情してはいけない。」と言う観念は理解できます。