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バブルな話
バブルがはじける直前の平成生まれ、ゆとり世代ですw バブルと言われた好景気の時代、今思えばまさにバブルだった思い出あったら教えてください!! 毎週のように海外旅行行ってたワ! 関越道の渋滞が酷かったゼ… 夜遊び万歳\(^o^)/ 超ビックプロジェクトがありました!! から 大して変んなかったッス まで、なんでも構いません。 当時の経済の話(株価)とかも大歓迎。 なんでもいいです! 今とは対照的なバブルの時代を懐かしみながらお書きいただければと思います!! でもちょっと異常だったかな?
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今でもそうなのかもしれませんが、タクシーの乗車拒否が甚だしかったですね。よく、乗車拒否に遭ってタクシーとケンカする大人げない有名人がいますが、気持ちだけは非常によくわかります。 私は当時、20代の女性会社員だったのですが、勤め先は霞が関。バブルは景気も良かった分、仕事が多く、残業は当たり前。21時過ぎに駅に向かって歩道を歩いていると、私の歩調に合わせて、タクシーが一台、また一台と逃げていくのです。要するに、官庁から出てくる客を狙ったタクシーが、私を乗せたくないがために、逃げるわけですよ。もちろん私は、はなから乗る気などないのですが「ゴキブリみたい!」と叫んでやっても相手は動じません。 なぜ私を乗せたくないか。“親切”な運転手さんが教えてくれたことがありました。それは若い女性は近距離と相場が決まっているからだそうです。ちなみに私は当時、タクシーで1時間ほどの郊外で暮らしていましたが、おいしいのは30代男性だそうで、千葉の遠くに家族と戸建てを買った人が多いのだそうです。チップも弾むのでしょう。とかくハードだと言われるタクシー稼業としては、割の良いそちらを選びますよね。 それで、終電過ぎまで残業した時には、30代男性社員にタクシーを止めてもらって、私だけが乗って帰宅したりもしたのですが、帰り道はずっと運転手に「あの男の人はどこまで帰るんだったの?」などと嫌味を言われっぱなし。一流ホテルまで独り歩いていって、ベルボーイにタクシーをつかまえてもらったことも何度かありますが、私の姿を見た途端に、別の出口から逃げる運転手。困り果てるベルボーイ。「タクシーチケットを見せると止まるよ」と教えてくれた運転手さんもいましたが、一介の現場社員に会社や取引先がチケットなどくれるはずもありません。 では、本物の羽振りの良い30代男性はどうしていたか。深夜のテレビに出始めた友人に誘われて行ったパーティで知り合った男。青山のど真ん中に、自宅兼事務所を構えていました。数年が経ってバブルもピークを迎え、不動産関係を狙った、都心の派手な国際展示会で私がちょっとした仕事をした時、巨大なスペースを借りて展示をしている彼に偶然再会しました。 さらに何年かして、バブルがはじけ、その国際展示会も規模を10分の1以下に縮小し、私がとうに辞めていた会社も潰れた頃、友人がくだんの男にばったり出くわしたそうです。ほぼ開口一番「5000円貸してくれない?」と男は言ったのだとか。これを貸せば二度とこの人に遭わずに済むのだろうと思った友人は、新渡戸稲造を差し出しました。結局、その男にも、そのお札にも、二度とお目にかかっていないようです。どこかで元気にしていてくれればいいとは思いますが。 ちなみに、当時買ったマンション、最近、3分の1の値で売りました。
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- w-icp
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当時は、六本木のオフィスに通っていました。 平社員なのにタクシーチケット使い放題でした。 平社員なのに海外出張はビジネスクラスでした。 毎週のように海外からの来客があると会社持ちでパーティがありました。 忘年会、新年会も会社持ちで、ビンゴの景品は高級腕時計など豪華でした。 当時はめずらしかった携帯電話が料金は会社持ちでもたされました。 昼食は六本木周辺で中華飯店とかステーキ店とか毎日1000円以上が当たり前、おかげですっかりメタボになりました。 社内旅行は全額を会社持ちでいつも豪華なリゾートホテルでした。 社内でも、社員の席は当時はめずらしい一人ずつのパーテイションに囲まれていて、当時は高かったPCも完備でした。 ああ、今思い出してもすごいバブルでしたね、その分土曜も日曜もなく年中働かされましたけど。
お礼
まさにバブル!!なご回答ありがとうございますw その分バブル崩壊後の反動がすさまじかったんじゃないかなと思いますが。 ヨーロッパのように有給がちゃんと取れる制度や雰囲気になったらいいなと思います。現実を見ないガキでごめんなさい
- k-josui
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バブル、バブルと言われましたが、その恩恵はなかったというか弊害だけでしたね。 だって土地の評価額は上がっても売るわけじゃないからどうしようもない。はぁ、ここが坪単価ウン十万円になった!固定資産税はいくらに上がるんだろうか? 売り払ってもっと広い安い土地に買い換えようか?でも簡単に引越しが出来るわけじゃない、結局高い固定資産税を払ってそのまま住み続けましたよ。 それに対して給料はそれほど上がった記憶がありません。仕事だけはやたら忙しく残業時間は長くて、その面では収入は上がりましたけど忙しかったという記憶の方が強いです。 私にとってはバブルの時代は、ディスコで若い女性が踊っている所をテレビで見ていた、入社式に派手な演出をする会社があったそんな程度です。 普通のサラリーマンにとっては、若い方が想像するほど派手なものではなかったですよ。 むしろ高度経済成長の時代(かなり古いですが)の方が期間も長く、毎年給料も上がり、経済がどんどんよくなるといういい時代でしたね。 確かに今に較べればはるかに貧乏で不便な時代でしたが、一生懸命働けば明日は今日より確実によくなるという夢がありました。
お礼
高度経済成長を経験されているのならけっこうなお歳の方でしょうか。団塊世代のあたりでしょうか? はずれてたらごめんなさい。 東京オリンピックとか石油危機…まさに激動ですね。 あの頃とバブルの時代となると日本の力も違うでしょうし、世界経済の流れも変わってるんでしょうが、バブルより高度経済成長期のイメージが強いというのはなんとなくわかる気がします。 教科書でさばかれる量はそっちの方が多いですからね。 ALWAYSも大ヒットしたし、みんな一生懸命!!って感じがしました。 一億総中流…でしたっけ? バブルの地価高騰は家を買う人にとっては迷惑ですよね。
こんにちは。 バブル時代・・・それはまさに私の青春とかぶさっている。 みんな同じかっこしてましたねー。 今じゃスーツで授業なんて考えられないだろうけど、 男女ともにスーツとか着てたような。。 (ちなみに私はおしゃれでもなくびんぼうだったので、せいぜい紺ブレにジーンズ、パールピアスくらいのものでした。 ドラマの再放送なんかみると、本当にその時代そのまんまなんで 笑えます^^; バブリシャス就活組は、ある食品メーカーの面接で「マヨネーズ一気飲み(吸い?)したら内定とれた」とか都市伝説が流れました。 そしてワタシのときにはじけてしまったので、「先輩の就活体験談」が まったく意味をなさなくなってしまったので、自己開拓。 そんな年代が「婚活」にはしっているのだね。 わたしはしてないけど(笑)
お礼
>「マヨネーズ一気飲み(吸い?)したら内定とれた」 なんぞそれw ノリ次第ですね~ なんかあったかくなりますねw 大学でスーツきめてたら浮きますよね今は。 あなたのように好景気と不景気を経験してないから、バブルってイマイチぴんとこないんですよね。 女性は長髪黒髪、男性はモヒカンってイメージです笑
- gsbaka1150
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>バブルと言われた好景気の時代、今思えばまさにバブルだった思い出 ・・・仕事は幾らでも有ったので人手不足は日常化、就職は『超』売り手市場でしたので『何でこんな使えないヤツが!?』という様な者まで就職出来ましたし、資格持ちなどは就職活動中に何社もオファーがありました。今思えば夢の様ですね。
お礼
ほんとに夢のようですね。 少し前まで売り手市場の再来とか言われてたけど… 今年から就活が始まったり既に内定してる友達がいるけど、俺が就職するころはもっと厳しそうです。 だいたい就職って能力もそうですけど、その時の運ですよね。 景気が良ければそれだけ有利ですから。
- 0621p
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不動産屋です。 2000万で買った土地がすぐに1億で売れた。 なんて事はよくありました。
お礼
当時は地上げ屋とかいて大変だったみたいですね。 最近はまた東京の地価が上昇傾向見たいですが 今年は下がりそうですね…。
お礼
近距離のの客は乗せたくないんですねw いまじゃ考えられない!! その男性の転落人生(失礼)はなんか切なくなりますね。バブルがはじけて仕事もバジケた方はいっぱいいただろうに。 元気にしていればいいですね。 タクシーは引っ張りだこだったんだろーな。