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繋留流産後の体調について
チャレンジ3周期目、10月の頭に初めての妊娠がわかり、初診の4週5日で胎芽確認、その後検診のたびに順調に成長していました。 時々出血があったものの、ちゃんと診察してもらい、その都度「よくある子宮内の古い血液が出ているだけの出血だよ。赤ちゃんは元気そのもの。」と言われていました。 安定期までハラハラだなと思いつつも、11月には母子手帳も受け取ることが出来、この通り概ね順調だったのです。 が、先週金曜、朝起きたら茶色い出血・・・夫と喧嘩したからかな?と思ったり、少量だったしいつも先生に心配ないと言われていたため、なんとなく気になりながらも出社しました。 しかしなぜか胸騒ぎがし仕事している場合ではない気がして1時間ほどで帰宅、その後すぐ受診しました。 このときはまだ「またなんともないよって言われるよね」と思っていました。 甘かったです。 13週半ばのはずの胎児は11週の大きさで亡くなっていました。 「赤ちゃん死んじゃったみたいだね・・・」という先生の声を聞いた瞬間から震えが止まらず、先生や看護師さんに「お腹ふくらんできたのに!なんで!?まだつわりもあるのに!」と泣き叫んでしまいました。 病院の待機室のようなところで落ち着くまでいるよう言われ、部屋で一人ただ泣いていました。 夫には申し訳なく、くだらないことで喧嘩を始めた自分が情けなく、合わせる顔もないと思っていましたが、駆けつけてくれた夫はただ「お前が無事ならそれでいい。2人で乗り越えるぞ。」と抱きしめてくれました。 胎児が大きいため、自然流産を待つと私に危険があるということで、翌日子宮を綺麗にする手術を受けました。 お腹をさする癖がついていたので、手術後も無意識にさすっている自分に気づいて、そこにはもう命がないのだと思うと、感じたことのない喪失感でめまいがしました。 3日後の今、これは人の痛みを知るため、自分の甘さを知るため、そして夫婦の絆を強くするため、あらかじめ用意されていた試練だったのだと感じています。 妊娠してから仕事とのジレンマに悩んだり、その事で夫にあたったりもしましたが、今、自分にとって大切なものは何か、はっきり見えるようになりました。 失わないとそんなことにも気付かない馬鹿な母親に勉強させてくれた、わが子に感謝しています。 前置きが長くなりましたが・・・ このような経験の際、普通は食欲がなくなり落ち込むと思うのですが、私の場合、 ・前処置が痛くなかった(ポリープ手術で同処置を経験済みだから?) ・落ち込みながらも食欲は旺盛。特に手術前夜はいくら食べても満腹にならなかった ・手術当日も夕食は普通に取れた ・今も食事後からお腹が空く時間の間隔が狭い ・とにかく運動したくてたまらない ・まだ腹痛・出血があるのに夫と早く抱き合いたくて仕方ない など、周りから見たらどう考えても元気です。 (手術前の点滴でルートがなかなか取れず何度も刺されたこと、麻酔が効きやすく抜けにくい体質でしばらくふらふらしたことはつらかったですが) 私はおかしくなったのでしょうか? それとも人よりもともと薄情なのでしょうか。 泣くのも減りました。昨夜からは夜ベッドに入って静かな空気を感じた瞬間から涙が出て、夫にあやしてもらって寝る程度です。 自分の感情がおかしい気がします。 悲しすぎて麻痺している、という事でもなく、ただ、変に冷静な自分がいることが怖いです。 流産経験者の方、悲しい記憶を呼び覚ますようで申し訳ないのですが、もしよければご自身の流産後の体調や心の変化を教えて頂けませんでしょうか。 人間として何か欠落していないか、とても気になっています。 また、妊娠・流産を知っている職場仲間に気を遣わせる結果になり申し訳ない気分でいっぱいで、いつもそのことばかり気になって、自分の悲しみはどこに行ったのかも気になります。 おかしな質問で申し訳ありません。 どうぞよろしくお願いします。
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- ysloo
- ベストアンサー率72% (8/11)
こんにちは。 質問を拝見して、私自身と少し似ている所があるなと思い出てきました。 私は、複数回の流産を経験しています。後期流産してからは1年半が経ちます。 質問者さんと同じように胸騒ぎがして受診したら、4ヶ月半ばの大きさで赤ちゃんの心拍が無くなっていました。 なぜかその時、とても冷静に事実を受け止めました。診察室でも全然泣きませんでした。 夫が来てくれて最後に待合室で看護師さんに話しかけられた時に、少し涙をこぼしただけです。 医師からは「なるべく早く処置した方がいいが、心の準備もあるし いつ頃に…」と聞かれた時、 「やっていただける最短の日でお願いします」と答えていました。 とにかく一日でも早く、もとの体調に戻りたいと思ったのです。 その瞬間にもう次の事を考えている自分に少し驚きました。 手術はそれまでに経験していた麻酔下の掻爬手術とは違い誘発分娩でしたが前処置がとにかく痛く、 処置が全て終わるまでは痛みとショックで何も喉を通りませんでした。 しかし処置が終わり痛みから解放されると途端に空腹を覚え、術後一時間して出された 夕食を完食。しかもとても美味しいと思って食べました。 翌日には退院しましたが、それ以降食欲が落ちることもなし。数日はやや涙がちに過ごしましたが、 泣き暮らすようなことはありませんでした。すぐに外出もできるようになりました。 無くなった子は、水子供養のお寺に合葬の形で納骨してもらい、お寺には一度お礼に行ったきり一度も行っていません。 再びお寺を訪れても、私にとっては前に進もうとする自分の気持ちや心に良い影響があるとは思えないからです。 自宅でも特に供養のようなことはしていません。けれど心の中では毎日思い出さない日はありません。 ただ、それだけです。 流産後心細いときはいつも夫に抱きしめてもらって眠っていました。 体が回復したらすぐ、スポーツジムに入会しました。 夫婦生活も、医師の許可が下りたら抵抗はありませんでした。 「自分は薄情なのではないか」と心配になる気持ち、とてもよく分かります。 けれど、No.1さんがおっしゃっているとおり事実の受け止め方は 人それぞれだと思います。 事実を受け入れられずもがく人や鬱になってしまう人もいれば、 全く逆の人だっているのです。 何よりお子さんに感謝の気持ちを感じている、その事だけで質問者さんは 全く薄情でなどないと私は思いますよ。 最後に、これは単なる憶測ですが質問者さんはもしかして 『悲しいことがあったときに思い切り泣いて発散しておかないと、 半年とか1年経ったときに突然溜まっていた悲しみが噴出して 心身のバランスを崩すことがある』 こんな風にいわれる現象も少し心配なさっているのかな?と思いました。 違っていたらごめんなさい。 でも、私自身は今もってそのようなことはありません。 そしてまた以前と同じく不妊・不育治療を受けながら子どもを待っています。 長くなりましたがお互い、頑張りましょう☆
- ollicomes
- ベストアンサー率29% (241/822)
流産(5週・手術なし)、流産(10週・手術あり)、出産、流産(8週・手術あり)と繰り返し、現在も臨月の者です。 流産後の心理・・・まぁ心の問題は人それぞれですからね、なんとも言えないですよ。生理的な作用も同じです。 流産に限らず、例えば何か同じ衝撃を受けても、頭に血が上る人もいれば血の気が引く人もいます。 わたし自身のことを申し上げれば、最初の流産のときは、妊娠自体が予想外でしたし、あっという間の流産で手術もなく、何の実感もありませんでした。 二度目の流産は本当につらくて、胎児死亡の診断のあとは、待合室で夫にしがみついて号泣しました。 三度目の流産は、一人目を普通に出産した後の流産だったので、「まさか!?」とは思いましたが、同時に「またか」という気もして、あまりショックは受けませんでした。 いずれのときも、麻酔が醒めきるまではフラフラして気分が悪くもありましたが、その後は食欲も普通にあったし、涙に暮れて日も夜も明けぬ、なんてことにはなりませんでした。ふとした瞬間に落ち込んだり、夫と二人でいると泣けてくることもありましたが、雑多な日常の中ではショックも麻痺していたように思います。 抱き合いたいというか、孤独を感じ、自信をなくして、夫に抱きしめていてもらいたい、触れ合っていたいとは思いましたし、それは自然な感情だったと思います。 ちなみに、二度目の流産のあとで、わたしの体については詳しい検査をしました。結果、どこにも異常はなく、「単純に流産しやすい体質です」とのこと。誰でも一般的に、全体の妊娠件数の15%程度は流産になるそうですが、「あなたの場合はそれが例えば50%を超えるのでしょう。出産を望むなら数をこなすしかありませんね」と。 そんな身も蓋もない・・・とも思いましたが、それが事実なので仕方ありませんよね。 流産。明るい話題ではないので、積極的に公表する人は多くないでしょうが、全然珍しいことではないです。妊娠した女性にとっては、妊娠した瞬間から、胎児が「赤ちゃん」のイメージを持ちますが、流産したということは、それは赤ちゃんではなく、一つの命として育つ物体ではなかったということです。 自分への戒め、夫婦の絆のためなど、とらえ方は多様です。自分が受け入れやすい方向で考えたらいいと思います。 ただ、流産は流産。それ以上でもそれ以下でもありません。 自分の意思に関わらず巡ってくる月日を消化しながら、未来のためにできることを一つずつやっていくしかありません。
お礼
ご回答ありがとうございました。 お礼が遅くなったことをお詫びいたします。 涙に暮れて・・・ということはいまだありませんが、No.1の方へのお礼でも書いたとおり、私は悲しくないふりをしすぎたようです。 いつも職場でも家庭でも「しっかり者」で通っていたためか、私は元気でいなきゃ、と思っていたんです。 でも、夫は私が本当は弱くてさみしがりな人間だとよく理解してくれているので、強く支えてくれます。 突然の涙も、やさしく受け止めてくれました。 今後はこれ以上夫にも迷惑をかけないよう、ゆっくりでも回復して、少しは本当の強さを身につけたいと思います。 辛いご経験を思い出させてしまったにもかかわらず、貴重な時間を割いて私へメッセージを頂き嬉しく思います。 ありがとうございました。
- jun0422
- ベストアンサー率52% (102/193)
私は流産を経験したわけではありませんが。。。看護師をしています。 今回流産したことは残念でしたね。とても辛いことだと思います。 今、質問者さんは赤ちゃんを失ったことへの寂しさや悲しみ、旦那さんや職場の方への申し訳ないという思いなど、たくさんのストレスがあると思います。 また、妊娠中の仕事での悩みだけでなく、妊娠中なので気を付けよう・流産しないか赤ちゃんが心配…など知らず知らずのうちにストレスとなっていたとも思います。 食欲が増したり、身体を動かしたいと思うのはそういった今までのストレスから解放されたことからくるのと、流産したことへのショック・ストレスを紛らわすためかもしれませんよ。 悲しい時・寂しい時に旦那さんに抱きしめてもらいたいと思うことは全然おかしなことではないじゃないですか。 体力を取り戻すためにも食欲が増しているのではないでしょうか。あなたの身体が自然に欲しているんですよ。 私はあなたのことをおかしいとか薄情だとは全く思いません。 あなたは事実を受け止めることが出来、そして、自分にとって大切なものが何なのかと気付き、赤ちゃんに感謝していると思えるようになった事はとても素晴らしいことだと思います。 こういう経験をすると事実を受け入れられなかったり、ショックから自分を失いがちです。 あなたのように周囲の方に気を遣ったりと冷静に見え過ぎているとこの質問のように自分がおかしいのではないかと思ったりするのだと思いますよ。 今回は悲しいことでしたが、前向きに考えてこれからの生活が送れるよう願っています。
お礼
アドバイスありがとうございます。 また、お礼が遅くなり申し訳ありませんでした。 検索しても出てこず質問が埋もれてしまい、あせりましたが、「稽」留流産なのに、字を間違えていました・・・。 お恥ずかしいです。 手術から1週間です。 実は、質問を書き込んでから木曜に仕事に復帰したのですが、体力が続かず早退しました。 帰りのバスの中で一人ぼーっと外を眺めていると、いつの間にか気付かず涙が出ていました。 帰宅しても止まらなかったのですが、目に入ったものを片っ端から口に入れるという、所謂、過食をしてしまいました。 その後気持ち悪く吐こうとしてもうまく吐けず(吐きづわりで慣れてしまいすぎたようです)、パニックになって夫にメールしたところ、会議が終わってすぐ帰ってきてくれました。 その頃8時くらいだったのですが、それまで泣き通しです。 夫の姿を見て、さらに激しく嗚咽するように泣きました。 結局、私は気持を平常心に保とうとして、無理をしていたのだと思います。 悲しいけど悲しくないふりをしすぎました。 悲しいです。 何をしてても、一時笑顔になれても、結局は癒されていません。 でも私には大切な夫がいて、彼が元気なのが一番の幸せですし、これから先、また授かれるように頑張っていく前向きな気持ちもあります。 だから、無理せず悲しむだけ悲しみ、思い出すだけ思い出し、一歩ずつゆっくり回復していくことにしました。 そう思えた昨日から、食欲が普通に戻りました。 人の心身って不思議ですね。 質問後すぐに書き込み頂き嬉しかったです。 やさしい言葉に肩を支えてもらっている気持ちになりました。 ありがとうございました。
お礼
アドバイスありがとうございます。 お礼が遅くなってしまったことをお詫びいたします。 普段から冷静なタイプで、だから今回の不幸も自分で客観的にとらえているのかと思っていました。 でも、違っていました。 思い出さないように考えないようにしていただけで、私はしっかり傷ついてひきずっていたようです。 自分の気持ちにすら鈍感になっていました。 前のお二人へのお礼でも書いたように、無理せず回復してゆくことにしました。 yslooさんが仰られている「突然溜まっていた悲しみが~」の言葉、本当にそうなんじゃないかと思います。 泣きたいときは泣いたほうがよさそうですね。 私はもともと人前で気持ちを素直に晒すのができない人間なんですが、それって強いわけではなく、弱さの表れだと思い知らされました。 幸い、私には夫という理解者がいます。 これほど彼の存在に感謝している日々はありません。 周りにもたくさん助けてもらいました。 この感謝を忘れず、前を向いていこうと思います。 気持ちの整理のためにも、次の祝日に供養に行ってきます。 末筆ながら、yslooさんに、赤ちゃんが再び帰ってきてくれることを心からお祈りしています。 ありがとうございました。