質問者さん!
「自分がいやらしい」のでしょうか?との疑問。
まさしく「すっごくいやらしい」のです!
この点をしっかりと抑えておきましょう。
そうでないと混乱を来たします。
そこで、自慰もセックスの一部ですが、セックスするという意味はどう
いうことだとお思いですか?
自分の「いやらしさ」を露骨に現して恥を感じない!
この「根性」が必要なんです。
私は、未成年者のセックスに反対なのは、この「根性」が座っていない
ことから生じる精神的なトラウマを招来してしますと思うからです。
早い話が、両親のセックスを偶然見てしまった子供が、さて、どのよう
に両親を直視出来るでしょうか?
普段は、朗らかで優しい両親。
でも、あの時の両親は「いやらしさで」目を向けることも出来ないほど
の姿態を見せていた。
子供は、両親の普段の行為からは、あの「行為」を推測出来ないんで
す。なぜ、豹変してしまうのか?
この変わりようが、子供には理解できません。そのために両親を二重人
格者でもあるかのように忌み嫌います。
セックスをする!という意味は、自分が「トコトンいやらしくなる!」
ことに耐えられる精神を必要とするんです。
子供の眼か見たら「アッー、アッ-・・・」と獣みたいなうめき声をあ
げている母親が、朝になると普段のやさしい母親の顔に戻っていること
に対する違和感!これが、子供ごころに精神的なダメージを与えるので
す。
自慰行為も「自らのいやらしさ」に耐える行為です。
「いやらしさ」を徹底的に実現しなければなりません。
自分の人格が異質なのではないかと自問自答しながら「大人」へと自ら
を鍛え上げてゆくのです。
この「ふてぶてしいまで」の「鉄面皮」な豹変振りがセックスの大前提
なのですね。
この「いやらしさ」に耐え切れない子供たちには絶対にセックスをさせ
てはなりません!あなたが「大人」だと自認しながら、「いやらしさ」
をみずから表現しきれていないのなら、セックスから身を引きなさい。
そして、純朴なる青少年のように人格は永遠に表向きな性格を保持すべ
きものだという「ロマン」に生きなさい。