ニューヨークから失礼します。アメリカ人の上流階級と日本企業の駐在員の方などに仕立て服の販売、及び帽子から靴にいたるまで、服飾全般のコンサルティングをもいたしております。仕事柄世界中の既製、仕立て服を見ております。
ヴェストの背中、及びその裏地については、かつては、そして現在でもミラノのA.カラチェー二などでは、一貫して上質なシルク地が使われております。またアンゴラが使われていたこともありますが、現在 既製、仕立てを問わず多くの高級品においては、ほぼキュプラ(旭化成の商標では”ベンベルグ”)が使われていると言ってよいでしょう。 これはシルクの素材としての強度上の問題もありますが、テイラーリングの際、スチームアイロンを使ってウール地の”くせとり”(平面の生地をプレスによって曲げたり、伸ばしたりして立体化する、もっとも時間のかかる作業)をするのにはよいのですが、シルク地は、熱と水を加えると逆にサイズが縮んでしまうので、ウール地の裏地としての扱いがなかなか難しいのです。
その点”ベンベルグ”は、水にも熱にもサイズの変化がほとんどないため作業が楽ですし、またすべりもシルクと同等以上のものがあるため、ベストの背中に裏地とも兼ねて二重にして使われることがもっとも
多いです。 従って、この仕様でしたら、上着を脱いで人前でヴェスト姿となってもまったく失礼も、また問題もありません。
ただ、世界は広いというか、所詮日本の仕立て服なんぞ世界の要人で誰も着ている人がいない、ということでも理解いただけるかと思いますが、日本人の知らない仕様は実際まだまだたくさんあるのです。例えばイタリアのテイラーの中には、ヴェストの背部裏側にあえてコットンを使うテイラーもいますし、その方が、ヴェストが身体にしっかりホールドされるとのこと。 ちなみに私の服はシングル、ダブルを問わず全てヴェスト付きですが、背中はスーツと同じ、つまり表地を用いています。 ヴェストの背部の裏側は、上着の裏地と同じ色、素材ですが、別に他の色や他の素材でも、すべりが悪くなったり、着心地を損ねない限り別にこれでないといけないといった決まりはないのです。一般の日本人は、洋服の歴史や、その本質をまったく知らないので、制服のように与えられたもの、即ち既製服をそのまま受け入れることしか知らないので、今見ているもの以外を想像するだに難しいのでしょうが、実を言えば、かつては、20世紀のはじめまでは、ヴェストが今の上着の機能をしていたのです。私がヴェストの背中を表地にしているのは、そうした過去のスタイルのひとつを今に蘇らせてみたいという、個人的な気持ちのあらわれなのかも知れません。