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昔、こんな名前のファッションがあったなあ~
・最近ハーフパンツ系のファッションが流行っていますけど、昔「マンボズボン」なんてパンツがありましたなあ~ ・最近ミリタリー調のカーゴパンツが流行っていますけど、昔はそれを「ベトナムズボン」と読んでいたなあ~ (今でも、こう呼んでいる人がいますけど・・・) ・・・そんな、今では使われなくなった、昔のファッションの名前を、教えて下さい。 勿論、衣類に限らずファッション全般で結構です。 宜しくお願いします。
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あれは昭和20年代の終わり頃だったのでしょうか、そして、たしかピエール・カルダンが発表したのがキッカケではなかったでしょうか、伊東絹子さんが日本人で初めてミスユニバースで二位だったかに入賞したあの時代。AラインとかHラインなどというスタイルのドレス。つまりシルエットに加えて大胆なアクセントラインを目立たせたイメージがAの姿だとかHの姿ということだったのでしょう。 あの頃のカジュアルでかなり流行したものといえば「サブリナパンツ」。「麗しのサブリナ」という映画の中でオードリー・ヘップバーンが履いていたパンツが目新しくて大流行。ちょっと見にはマンボズボンと同系統の短めでピチピチのものだったような気がしますが。 流行したといえば「サックドレス」も。文字通り胸元から裾までほとんど真っ直ぐの裁断で、だから筒のような感じでウエストも絞らない、わりにルーズな感じのワンピース。たしか昭和32年か33年頃の流行じゃなかったでしょうか。アメリカのポップスに「お願いだからサックドレスはやめてくれ」という歌詞の歌があったから世界的な流行だったのかも。こんなものがなぜ流行ったのか、流行というものは不思議なものですね。 そのすぐ後に来たのが、特別な名前はなかったけれど、ボーダー柄でボートネックのティシャツ風のシャツとか無地のチャコールグレーのタイトスカートが静かに大流行。 男性も同じシャツにパツパツのチャコールグレーのズボンと白のデッキシューズ。やっぱりヨットに縁のある「太陽族」裕次郎さんたちと日活の影響?、それに、まだアマンドなんかなかった時代の六本木では「六本木族」といわれた連中のいわば定番ルックでもあったみたいな記憶があります。 これも曖昧ですがたぶん昭和35~38年あたりだったでしょうか、前にもご回答がありましたが、パニエで思いっきり膨らませた落下傘スカート。なぜか白が多かったものでした。当時のクルマといえばとにかく車内が狭い日野ルノーだとかダットサンだとか小型ばかりで、しかもオートマチックなんて無い時代。シフトレバーを切り替えたいのに隣のシートまで無遠慮に張り出したスカートに隠れてレバーがどこにあるか全然分らないなんてこともありましたっけ。 あれは昭和40年の中頃だったかなあ、美空ひばりさんが「真っ赤な太陽」を歌った頃だと思います。とにもかくにもミニスカートが大流行。それもわざわざ長めのジャケット(スーツなら上着)と組み合わせるから、今当時の写真を見ると妙にアンバランス。ミニの流行は案外長かったけれど、その反動か、その後は50年代に入るとスカートも長くなって、やがてマキシだとかミモレ丈だとか。 あとは、ミリタリールックだとかVANだとかJUNだとかアイビーだとかも流行ったし、そしていろいろなトラッド系へと。
お礼
そうですね、それまでの単なるシルエットやカラーリングから脱皮して、アクセントカラーを取り入れたドレスが、画期的でしたね。 「サブリナパンツ」、これはマンボズボンのやや短めのパンツですね。ヘップバーンは、ファッションにも大きな影響を与えましたが、私はサンダルの「ヘップ」が印象的です。 「サックドレス」なんてのもありましたね。わざとシルエットを抑えたところに、かえってセクシーさが出ていました。 「ボーダー柄でボートネックのティシャツ風のシャツとか」は、完全に日活映画スタイルでしたね。まあ、男性はマドロススタイルみたいなものですよね。 「落下傘スカート」には、ポニーテールがお似合いでした。 美空ひばりさんのミニスカートは、う~ん、ショック・・・ ありがとうございました!