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ジャズについて・・・

最近、ディキシーランドジャズやニューオーリンズジャズといった初期のジャズが聞きたいんです!! でも、誰のどんなのを聞いて良いのか分からないので、オススメなのを教えてください。 また、上記の種類だけでなくてもオススメなナンバーがあれば教えてください。

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  • altosax
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回答No.4

こんにちわ ジャズはすてきですね♪ わたしも#3のかたと同じく、油井先生にジャズの基本を学びました。 ディキシーランドジャズやニューオーリンズジャズといった初期のジャズには、 つい混同しがちな落とし穴的なキーワードがありますので、これを押さえてお けばCDを買ってしまった後で「え?そんなはずじゃなかったつもりだのに…」 とがっかりしたり、謎にはまって混乱することが少なくできるはずです。 ディキシーランドジャズは「南部のジャズ」という意味なので、当然ニューオ リンズジャズはデキシーランドジャズの一部なのですが、これはあくまで一部 というところがミソです。 実はふつうに「ディキシーランドジャズ」とひっくるめて呼ばれているジャズ には、演奏のタイプや年代によって、次のように分かれているんです。 ●1: 1910年代までニューオーリンズで演奏された黒人ジャズ =ニューオーリンズジャズ レコードに残っている代表選手:なし^^; 歴史上最初にレコーディングされたジャズは1917年の白人バンド「オリジナル デキシーランドジャズバンド(略してODJB)」なのですが、これは世界最初 のジャズレコードなのですが、黒人のねちっこいニューオリンズジャズとは違 って、今でもディズニーランドで聞ける「白人ディキシー」の演奏になってい ます。これは後で書きます「4」のスタイルに継承されています。 実は、1917年にジャズには大事件が起きるんです。 ニューオーリンズでジャズが栄えた大きな理由は、ここにアメリカ海軍の基地 があって、若い兵隊さんがわずかのお楽しみとして夜の遊びをする場所(スト ーリーヴィル=直訳するとおとぎ村)があったのですが、風紀が乱れて兵隊さ んのためにも良くない、と売春防止法が制定されました。 ラジオもテレビもなかったこの時代、実はストーリーヴィルに沢山あったお店 の「待合室のBGM」としてジャズが生演奏されていて、ジャズメンの主な収入 もこの出演料だったのでした…。 ストーリーヴィルが閉鎖されてしまい働き場所が奪われたジャズメンは、仕方 なくニューオリンズを捨てて北部を目指すようになります。 (このため本当の当時の黒人ニューオーリンズジャズのレコードは録音されず に終わってしまったのでした) ●2: 1920年代にシカゴで演奏された白人ジャズ =シカゴジャズ ストーリーヴィルを追われたジャズメンが新たな就職先としてみつけたのが、 自由の国北部のシカゴに栄えたギャングが経営する密造酒場(スピークイージ ー)でした。 禁酒法の時代にこっそり密造酒を作って飲ませていた酒場に入るためには、 戸口の小窓から「パスワード?」と聞かれて合言葉を言わないと中に入れ ませんでした。なんだか今のパソコンみたいですね^^ 密造のお酒はブーツの中に隠したので、密造酒のことをブートレッグ(ちょう ど酒瓶がブーツをはいた脚だった^^;)と呼ばれ、転じてジャズなどポピュラー 音楽での海賊盤レコードも同じ名前で呼ばれるようになりました。 ここでチップをはずんでくれるお客や金回りの良いギャング経営者に可愛が られたのが白人のジャズメンたちでした。 代表選手: ワイルドビルデビソン(コルネット) マグシー・スパニア(コルネット) レッド・ニコルス(コルネット) ビックス・バイダーベック(コルネット) ジャック・ティーガーデン(トロンボーンと歌) ピー・ウイー・ラッセル(クラリネット) メズ・メズロー(クラリネット) バッド・フリーマン(テナーサックス) エディ・コンドン(ギター) 大体このあたりが有名でCDも探しやすいアーチストです。 ところでニューオリンズからシカゴへ逃れて来たのは黒人のはずなのに、どう して白人ばかりなのか気になります! 実は、黒人のルイアームストロングももちろんシカゴに来てレコードも多く吹 き込んでいるのですが、「きたならしい黒人」はなかなか雇ってもらえなかっ たのでした。 そのためルイと一緒にシカゴへ来ていた先生格のキング・オリバーやフレディ ケパード(共にコルネット)、ジェリー・ロール・モートン(ピアノ)といっ たニューオリンズの大偉人は、シカゴで初録音をすることになりましたが、仕 事にはあまり恵まれず没落していってしまいました…。 …しかし、そんな生の黒人の本物のジャズを聞いて感動したのがシカゴの若者 たちでした。 特にオースチン高校の生徒たちがジャズに夢中となってプロに巣立っていきま した。上に挙げた代表アーチストはほとんどがオースチン高校の出身者です。 (かれらのことを「オースチンギャング」と呼んでいます) なかでもクラリネットのメズメズローは自分は白い肌だけど心の中は完全に黒 人なのだ!と宣言して、「特別志願黒人」と名乗ったことが有名です。 この時代の「シカゴジャズ」は、ギャングの酒場の音楽だったせいでしょうか 楽しく明るいはずのディキシーでありながら、なぜか暗く陰気な曲が多いのが 特徴です。 このグループの「下級生グループ」にベニー・グッドマン(クラリネット)と ジーン・クルーパ(ドラム)がいて、のちの1930年代以後の明るく健康的で華麗 なスイング時代を築き上げることになります! 実は、このシカゴのディキシーランドジャズのことを、スイートな当時のポッ プス的ジャズ音楽と区別する意味で特に「ホットジャズ」という別名でも呼ば れました。 ●3: 1940年代に突如復活した「ニューオリンズリバイバル」 1917年の売春防止法(ストーリーヴィル閉鎖)で事実上跡絶えになってしまっ たニューオーリンズジャズですが、これを見直して原点のすばらしさを見直そ う!という運動がどういうわけか西海岸のサンフランシスコで発生します。 これは「フリスコジャズ」というジャンルで呼ばれています。 白人のボブ・スコービー(トランペット)、ルー・ワッターズ(トランペット)、 ターク・マーフィー(トロンボーン)といった人々が素朴でねちっこい黒人サウ ンドを少しでも忠実に再現しようと努力しました。 (この「フリスコジャズ(サンフランシスコスタイル)」は一応3-1としておき ます) これらのサンフランシスコスタイルのディキシーランドジャズは99%が 「グッドタイムジャズ」という一つのレーベルに吹き込まれていて今でも輸入 CDショップで比較的買いやすい状態に維持されていますのでぜひ聞いてみて下 さい。 上記の代表選手のほかに、人気バンドとして「消防五人組」というおちゃめな バンドも重要です。 フリスコジャズに感動した人々が、すっかり引退してしまった本当のニューオ ーリンズの黒人ジャズメンを探して復帰させよう!というとても感動的なドラ マがジャズの歴史によみがえりました。 これが本当の「ニューオーリンズリバイバル」です。3-2としておきます。 ルイアームストロングが神様とあこがれたバンクジョンソン(トランペットま たはコルネット)は死んだと思われていたのが、実は農民として働いていたの を発見されました。また、クラリネットのジョージルイスはニューオリンズ港 で船の荷物の積みおろし人夫をしていたところを発見されました。 本当の黒人による「ニューオーリンズ・リバイバル」は、1960年代に日本にも 演奏にやって来て全国を感動されてくれました。 私も初めて聞いた時、レコードの前で涙が止まらなくなってしまった思い出が あります(うるうる…) 日本でも感動の波を与えた正調ニューオリンズのリバイバル作品として特に有名 なのが、ジョージルイスの「Jass At Ohio Union」(JAZZではなくJASSなのが注目!) という二枚組の感動的なライブです。 ●4: ジャズがすっかりモダンジャズの時代になってしまってた1950年代以後、あえ て明るく愉快なディキシーランドジャズをやっていこう!と決意した人々(こ れが21世紀の現在まで続く)は、モダンディキシーなどと呼ばれることもあ りますが、明確な名前は特にないようです。 こういう新しいディキシーの代表バンドは「デュークス・オブ・ディキシーラ ンド」と「ワールド・グレイテスト・ジャズバンド」が特に有名でCDも探し やすいです♪ 【今、ふつうに「ディキシー」というと、99%この「4」のグループに属する 演奏をさしていることになります】 日本では、 「園田憲一とディキシーキングス」 「有馬 靖彦とデキシージャイブ」 「中川喜弘とディキシーディックス」 「外山喜雄とデキシーセインツ」といった方々が素敵にしあわせなディキシー のサウンドを継承して、今なお聞く人々をハッピーにしてくれています! ライブもみつけたら、ぜひ行って応援してあげてくださいね♪ ●5: さてそれでは、世界のアイドルだったルイ・アームストロングは、一体何の ジャンルに属するディキシーだったのでしょう???という不思議な疑問に 自然とぶつかります。 どの時代のディキシーにもあてはまらないけれど、ディキシーの代表とされ ていることに気付くことになります。 これはひとことでいうと、「ルイはいつでも時代の最先端の前衛を求めてい た」ということになりそうです。 十代のころはニューオリンズで過ごし、20代をシカゴで過ごし、30代に は大オーケストラを率いてスイングビッグバンドをやっていました。 40代以降になると、「4」のスタイルで「その時代に合ったディキシー 風バンド」で人々に愛と希望と感動を与えていきました。 では、ぜひすてきなディキシーをハッピーな人生の糧にしてくださいね^^!! 個別にもっとくわしいことは、文中の各ミュージシャン名やバンド名を ネット検索してみてください。

その他の回答 (3)

noname#17702
noname#17702
回答No.3

昔は油井正一さんや青木ひらくさんらの本格的なジャズ放送番組がFM放送であったんですが最近はそういうのないですね。 私がデキシーで印象に残っているのは 『マスクラットランブル(ジャコウネズミの散歩)』 『聖者の行進』とか……… あとアーリーでは、あの格調高いクラシックの殿堂カーネギーホールで初めてジャズを演奏して聴衆を沸かせたベニー・グッドマンの「スウィングスウィングスウィング」あとは、グレン・ミラー楽団の「茶色の小瓶」「ムーンライトセレナーデ」とかルイ・アームストロングとか……… http://www.geocities.jp/dixie_queens/DixieStory7I.htm 「ジャズ デキシーランド 歴史」などのキーで検索かけてみて下さい。

noname#50560
noname#50560
回答No.2

Amazon.comにアーリージャズ、ニューオーリンズジャズ、スイングジャズというジャンルがあり、中には試聴できるCDもありますから、聞いてみてはいかがですか。音楽はお好み次第ですが、No.1の方と同様、私もLouis Armstrongはお奨めします。

参考URL:
http://www.amazon.com.co.jp
  • fitzandnao
  • ベストアンサー率18% (393/2177)
回答No.1

そりゃ、ルイ・アームストロングでしょ!イエ~!

0520kk
質問者

補足

そのアーティストは、レンタルショップやCDショップにおいてあるんでしょうか??

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