トロイの木馬 ラオコーンとトロイの市民
トロイの木馬、といってもネット関連用語ではなく、トロイ戦争の物語に出てくる元々のトロイの木馬の話です。誰でもトロイの市民たちはなぜあの木馬を城内に持ち込んだのだろうという疑問を抱きますね。少しは疑ってみればいいのに。だまされている、と誰か叫べばよかったのに、と思います。この場合トロイ戦争がほんとにあったかどうかなどと言わないでください。この話について何年か前ある評論家の方が「トロイの神官ラオコーンはその木馬が敵の謀略であることを見抜いた、しかしトロイの市民たちはその言葉に耳を貸さなかった。しかしトロイの市民たちが愚かでラオコーンが賢かったと言うわけにもいかない。なぜならラオコーンはそれまで一切戦に参加していなかったからだ。一方市民たちは戦に倦みつかれていてその戦をいっこくも早く終わらせてしまいたかったのだ」と書いてました。その評論家の何について述べた文章だったのか思い出せませんがこの部分がやたらと印象的で覚えているのです。するどい、と感心しました。結局このラオコーンは傍観者だったのです。傍観者ならいろいろ物もよく見えるのかもしれません。しかし傍観者ゆえに力や説得力はない。悲しいですね。
さて質問ですがこの神官ラオコーンとトロイの市民たちとの関係が人間の弱点をあまりによく物語っているのでなにかの近代・現代の歴史的事件に当てはまるような気がしてならないのです。。どうもそれが思い浮かばない。あるはずなんですが。もしありましたら教えて下さい。
※ラオコーンの大理石の像は美術の教科書に載ってるかもしれません。彼の二人の弟子たちといっしょに大蛇にからまれているところ。あれはラオコーンが敵の謀略と気づいてトロイの市民に警告しようとしたとき大蛇に邪魔されたんです。大蛇はギリシャの味方だったんでしょうね。
お礼
そうですねー。、「名乗り」してる間に殺されてしまいそうですが(笑)昔の戦争ってそういうときは黙って聞いてから戦いに入っていったのでしょうか・・?。ありがとうございました。