現代文 ミロのヴィーナス
私は大学4年生、高校の国語教員を目指しています。教育実習で、『ミロのヴィーナス』(清岡卓行著)を教えさせていただくことになりました。
形式段落1~5までは、上手く授業ができたつもりです。
しかし、形式段落6,7の筆者の意見は、よく理解できません。
「手というものの、人間存在における象徴的な意味・・・」
「それは、世界との、他人との、あるいは自己との、千変万化する交渉の手段である」
と言うところが、よく理解できません。
清岡卓行さんの、『手の変幻』も読んでみましたが、やはりわかりません。『手の変幻』では、絵画などに描かれた手に、様々な意味を筆者が見出しているのですが、僕にはかなり無理やりな主張に思えてしかたがありません。絵画などの印象を、手という一部分に集約することは、非常に無理があると思うのです。
現代文の教材『ミロのヴィーナス』に関して、何か意見をいただけないでしょうか。
お礼
早速有り難う御座いました。 仲々良さそうです。 直接大きな本屋さんを探して行って見ます。