- ベストアンサー
ミスター鈴井貴之について
もしもミスター鈴井貴之さんが上京していたら、 大泉洋・安田顕並みに著名になっていたでしょうか。 よろしくお願いいたします。 https://www.htb.co.jp/suidou/
- みんなの回答 (2)
- 専門家の回答
質問者が選んだベストアンサー
ウィキペディアによると、大泉洋さんが全国区になるきっかけとなった「パパパパパフィー」は、元々大泉さんと鈴井さんの二人にオファーがあったとか。それを鈴井さんが断って、大泉さんの単独出演になり、ブレイクに繋がったことを考えると、鈴井さんはブレイクするのをあえて拒否したと考えたほうが自然じゃないかなと思います。 経歴と「水曜どうでしょう」でブレイク後の活動を見ると、作品の駒としての俳優として人気になるより、自らキャスティングボードを握れる作り手であるほうを選んだという感じですね。 そしてその作り手のほうも、規模が大きいけれど様々な制約が入る大きな作品ではなく、自分が好きなように作れる小さな作品のほうを選んでいるということなのではないかなと思います。 彼は自ら望んで今の地位にいるんじゃないかなと思いますよ。たぶん、芸術家としてすっごく気難しい人なんだと思います。 ラーメンズの小林賢太郎さんと同じタイプなんじゃないでしょうか。
その他の回答 (1)
- DAMSAREX
- ベストアンサー率20% (107/522)
彼は(地元ではないところで)人に利用される表方の仕事はあまり好きではないと思います。上京して活動し、知名度が上がっても立場としては不利になります(地元ではない関係者が増え、彼らは「彼は田舎者で余所者だから」とごくごく無意識に様々なマウントをし、彼を利用しようとする)。 地元に支点を置いて、後ろの方で裏方やっている方が、スポンサーに都合よく使い捨てにされる表方よりも長くメシは食えるでしょうし、事務所の所属俳優を使って間接的に大勢の人をコントロールする方が自己効力感も高い状態を維持できるのではないでしょうか。 よって、上京して一時的に有名になっても(プロデューサーや他のタレントや有名人にペコペコするのに疲れ果てて)消されていた可能性が高いと考えた方が良さそうです。
お礼
ご回答を頂いた皆様 今回は貴重なお時間を割いてたくさんのアドバイスをいただきまして、 本当にありがとうございました。 特にご回答を頂いた皆様からのアドバイスは、 凝り固まっていた自分の発想の転換になり、 アイディアが湧いてくるようになりました。 皆様がいなかったら、投げ出していたかもしれません。 ご相談させいただけて助かりました。 私の成長を期待していてください。 これからも、ご指導の程、よろしくお願いいたします。 今回は貴重なご回答ありがとうございました 。