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宗教の違い(キリストのカトリック、プロテスタント)
カトリックとプロテスタントではどのような違いがありますでしょう? 教えて頂ければと思います。よろしくお願いします。
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>司祭は結婚したらいけない? そもそも「司祭」と言う用語事態がカトリック固有のものですね。なので結婚の是非はともかく、司祭の話であればイコール、それはカトリックの事になります。通常は「神父」と言う呼称を使い、司祭は神事を執り行う際の役職の事ですね。トリビア的には「プロテスタントは牧師と言う」みたいな話がなされますが、やはりこれも漠然とした傾向に過ぎず。正式名称は各宗派団体で異なります。無論、カトリックは「神父/司祭」で統一です。 あ、カトリックの神父は独身で無くてはならないので、答え的には「Yes」なんですが…。これには例外もあって、元々結婚していた妻帯者がその後に入信し、司祭職などに就いた場合はそのまま妻帯を許されます。強制的に離婚させられる様な事はありません。またこの神父独身主義も元々のカトリック教義では無く、後年になって追加された新しい決まり事です(と言っても11世紀頃なんで1000年近い歴史がありますが)。 >輸血はだめ? それは "エホバの証人" ですね。日本では「ものみの塔(ものみの塔聖書冊子協会)」とも言います。カトリックも他の多くのプロテスタント諸派も、基本的に「エホバの証人」はキリスト教では無いとの立場で一致しています。いわゆる "異端" と言うヤツです。 ですので輸血禁止はカトリック、プロテスタント共に関係無く容認している~が答えでしょうか?ただし繰り返し述べます通り、プロテスタントは教義にそれぞれ細かい差異がありますので、中には輸血行為を容認していない宗派もあります。またカトリック信者の中にはバチカンが明確にコメントしていない(できない)せいで、輸血禁止派の人も居ます。 これは元々、聖書の中に「血を飲んではならない」と言う記述があるため。エホバの証人の信徒たちはそれを厳格に守っている訳ですね。この記述を根拠に熱心なカトリック信者やプロテスタントの中にも「輸血は神の意志に反する」と考える人も一定数居ます。 >みんな平等、信じたら天国に行ける? まあこれはカトリック、プロテスタントに限らず、仏教やイスラム教など、全ての宗教が言ってる事ですね(笑)。あ、ただしプロテスタントの一派であるイギリス国教会は「国王が第一位の主権者」と定めた、極めて政治色の強い宗派なのでちょっと異なります(まあ21世紀の今ではかなりリベラルな解釈になって事実上無視されてますが)。 特にプロテスタント派の教会では、その成立の歴史的な経緯から信者に上下は無く、神事を執り行う牧師なども全て神の前には等しく平等であると言う考え方が強いです。一方、カトリックの場合は明確に「神父や法王は一般信徒よりも偉い」とは言えませんが、何となく雰囲気でそこは察しろ~的な部分はあります(笑)。実際、カトリックの信者の多くは、神父や法王は自分たちよりもより深く神の教えに近付いた立派な人であり、特にローマ法王は神の化身だと考える人も少なからず居ます。 >罪を認めたらチャラになる? チャラとは何の事を指すのか分かりませんが…少なくともキリスト教では罪を赦す事が出来るのは神だけです。従って例え敬虔な信者であっても、信者自身が自ら「自分は赦された!」と考える事自体が神に対する冒涜であり傲慢です。カトリック、プロテスタントは元よりエホバの証人を始めとするバプテスト派やグノーシス派などの異端とされる諸派でも、これは厳に慎むべき行為としています。 で す の で~、もしかしたら歴史の授業などでご存知かもしれませんが、世に言う「免罪符(贖宥状)」はルターの宗教改革で真っ先に批判されたのです。 しかしながら、カトリックはバチカンを頂点とする完全縦社会であり、その頂点に君臨するローマ法王は「この世での神の代理人」と定められているため。カトリック信者であれば、ローマ法王が「貴方の罪を赦します」と言えば、まあほぼ全てのカトリック信者は涙を流して自分は赦されたと感謝感激する事は疑い様の無い事実です。 P.S. プロテスタントとカトリックの違いで重大な事を忘れてました!どちらも同じ新約聖書を聖典として使いますが。プロテスタント派の教会は聖書を原文ママ読み上げ使いますが、カトリックは聖書にバチカンから支持された注釈が付いているのが特徴です。
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- eroero4649
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キリスト教の教派は大きく分けると、カトリック、正教(ロシア正教)、プロテスタントの三派に分かれます。 ここは歴史のカテゴリですから歴史的に回答すると、西暦325年に今のトルコのイズニクというところで(記録に残る中では)世界最初のキリスト教公会議が開かれ、ここでなんというかまあ、今に通じる「キリスト教」というものが成立したということにされています。この時点で教祖イエス様がお亡くなりになられて300年くらい経っているわけですから、その間にあちこちで様々な教えが広まっていたわけですが、議論の末に「この解釈を統一解釈としよう」と決まったのです。このときアリウス派が異端とされた、なんて話があるのですがこれはキリスト教徒以外にはピンとこない話です。 そして393年のヒッポの公会議とカルタゴ公会議と呼ばれる集まりで、四大福音書と呼ばれる新約聖書の根幹となる経典が正式決定されました。四大福音書はその100年前にはほぼ今の形になっていたそうですから、「改めて公式に決定した」ということでしょうね。 そうしてキリスト教が成立しますと、当時のヨーロッパの二大都市であったローマとコンスタンティノープル(現在のイスタンブール)が当然のことながら二大総本山として発展していくことになります。ローマは西ローマ帝国の首都、コンスタンティノープルは東ローマ帝国の首都です。しかしこれだけ遠く離れた場所でやってるもんだから、当然儀式や組織や解釈が変わっていきます。国も別々ですしね。西ローマ帝国はほどなく滅びましたが、後にカトリックになるローマのキリスト教団はローマ内に国のような形で存続します。これが今のバチカンになっているのです。 1054年、そのローマとコンスタンティノープルのズレがのっぴきならないものになり、とうとう「コノヤローメ、お前のキリスト教って全然違う!オメーは破門だあ!」「バカヤローメ、テメーのほうこそ破門だあ!」とお互いに破門宣言を出して西はカトリック、東は正教会となりました。 1453年、ヨーロッパを揺るがす大事件が起きます。オスマントルコ帝国の侵攻を受け、コンスタンティノープルは陥落、東ローマ帝国は滅亡しました。オスマントルコは、イスラム教の国家です。正教会の総本山が異教徒に占領されてしまったのです。総本山を失った正教会はロシアに逃れ、これが今のロシア正教となっていきます。正教会の総本山として使われていた建物はイスラム教の教会であるモスクに改装され、これが今のイスタンブールの代表的な観光地、アヤソフィア(ソフィア大聖堂)になりました。 時間的にはそれよりちょっと遡る1415年、ある男がカトリック教会によって火あぶりの刑に処されました。その男の名前は、ヤン・フス。フスはカトリックのお坊さんだったのですが、「今のカトリックは腐ってる!改革が必要だ!」と訴えてカトリックの逆鱗に触れ、処刑されたのです。このフスさんの「改革が必要だ!」をきっかけにしてプロテスタントが成立していくことになります。 カトリック教会というところは、権威主義の上意下達の組織です。その頂点に立つ教皇は「神の代理人」と呼ばれ、カトリック教徒にとっては「教皇がいうことは神様がいうことと同じ」と解釈されます。つまり教皇が「太陽は地球の周りを回っている」といったら、それは神様がそういっているのと同じなのです。まあこのへんは日本の天皇制も似てるからそこの部分は批判できません。天皇が逆賊といったらそいつは逆賊なんですからね。 しかしそうなると何百年もやってりゃそりゃ組織も色々腐ってくるしその頃は教皇というのは純粋に宗教的に選ばれるのではなくて「どこの王様が後ろ盾についてるか」なんていう政治的な駆け引きで決まるようになっていました。「もう一度聖書の原点に立ち返るべきだ!」という声が出てきて当然です。 その人たちの流れが「プロテスタント」を生みました。プロテストとは、「抵抗する」という意味です。つまり、カトリックの権威主義に抵抗する人たちという意味なのです。権威主義に抵抗するわけですから、自ずと権威を否定する方向になります。有名なのがあのマルティン・ルターです。 プロテスタントのきっかけとなったフスはスイス辺りで活動し、ルターはドイツ人だったものですから、カトリック派はドイツを中心とした中央ヨーロッパで広まっていきます。スペインから独立戦争をして独立したオランダも、スペインがカトリックの国だったせいもあってプロテスタントが広まります。これが三十年戦争を生むことになるのですが、それを書くと際限なく長くなるので割愛。 やがてイギリスの王様が「今の妃と離婚して、別の女と再婚したいけどカトリックは離婚が禁止だしなー。どうしよっかなー。あ、じゃあウチの国をプロテスタントにしちゃえばいいんだ」となって初めての「国の公式のプロテスタント教会」である英国国教会が生まれました。 つまり自民党をカトリック、おおさか維新の会をプロテスタントと思えばいいと思います。おおさか維新の会の代表である松井一郎氏は元々自民党の人で、大阪の自民党の人たちからは不倶戴天の裏切者と大変に憎まれています。ですからカトリックとプロテスタントもつい数十年前というレベルまで何百年もお互いに憎しみ合ってきました。 これを劇的に変えたのがあのヨハネ・パウロ2世で、東方(ロシア)正教会とも会合し、英国国教会とも和解をしました。これはもうキリスト教的には「アメリカとISが和解した」くらいの大事件なのですが、そのためヨハネ・パウロ2世を裏切者と見るカトリック教徒も多く、何度も暗殺未遂事件が起きて殺されかけました。 前述したように、カトリックは上意下達の権威主義なので、教皇を頂点として偉い人の順番が決まっています。最終的には教皇が「そうしなさい」といったらカトリック教徒は全員従わなければならないのです。ま、そこはいい面と悪い面があります。 一方のプロテスタントはそのカトリックの否定から入ったので、基本的に「神様の元には全員平等」と考えます。離婚や中絶に寛容なのもプロテスタントです。もちろんアメリカの福音派のようにプロテスタントでありながら中絶絶対反対という人たちもいます。純粋なプロテスタントは、聖書だけを文言通りに解釈し教皇みたいな人の軌道修正を受け入れませんから逆に始末に負えなくなることもあります。「進化論を絶対否定する」とか「輸血は絶対受け入れない」ってのも系統としてはプロテスタント系から出てきている人たちです。 日本人は結婚式はキリスト教式でやりたがりますが、本来は洗礼を受けていない人がキリスト教式の結婚式を行うのはキリスト教の解釈としてもNGです。だから、ああいう「なんちゃってキリスト教式結婚式」の場合はほとんどが牧師さん、即ちプロテスタントです。カトリックの神父さんは非信者にそういうことは(権威にも関わるので)やりません。だから友人知人の結婚式に神父さんが出てきたら新郎新婦のどちらかがカトリックの洗礼を受けていると思って間違いないですね。場合によっては牧師さんでもなくて、単なる外国人の場合もあります。日本人なら仏式のお葬式の流れを知っているように、キリスト教の国で生まれ育った人なら結婚式の流れを知っていますからね。
お礼
ありがとうございました。そんな事があったんですね。
- gunsin
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宣教師の呼び方がちがいます。 カソリックは神父、プロテスタントは牧師と呼ばれてます。
- takuranke
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大雑把な説明ですが、 神と聖書と教会と信者の関係の考え方についてです。 カトリックは 神>教会>聖書>信者 のように、教会そのものを神に次ぐものとしています。 プロテスタントの場合は 神>聖書>教会・信者 となります。 協会が聖書夜得であるというカトリックの考え方は、 聖書を正典としたこと(組織として)で聖書よりも権威がある(組織)という考え方です。 プロテスタントは、 聖書は神の言葉を記したものなので、神の次に権威があり、教会も信者も従わなければいけないという考え方です。 あと、教会名を見ずに、教会に入って見分ける場合は十字架です。 カトリックはイエスの磔刑を模していますが、プロテスタントは十字架のみです。 教会そのものでも見分けつきますけどね。 カトリックはきらびやかな装飾が多いです。 プロテスタントはシンプルで、デコられていません(単独のところでは金ぴかというところもあるようですが) 後こまかいところでは、 教会bに属する聖職者の呼び方。 カトリックは神父 プロテスタントは牧師。 ミサなどで歌う歌のことは、 カトリックは聖歌 プロテスタントは賛美歌 その他違うところがまだまだあります。
お礼
ありがとうございました。勉強になりました。
- mm058114
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一番分かりやすいのは、 結婚式で、 カトリックでは神父さん。 プロテスタントでは牧師さん。
- misa-on28
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こんにちは。 いくつか補足で質問がおありのようなので、わかる限り。 >司祭は結婚したらいけない? カトリックの聖職者を一般に神父と言いますが、これが司祭さまです。(カトリックは聖職者に階級があり教皇を頂点に司教、司祭となります。) カトリックでは司祭様は結婚してはいけないことになっています。 東方正教会の聖職者は聖職に就く前に結婚していれば聖職者になっても結婚状態を維持できます。というか東方教会の司祭で結婚している人は離婚ができません。 プロテスタントの聖職者は一般に牧師といい、こちらは一般的に結婚しても問題ありません。 ちなみにカトリックでは女性司祭はありませんが、プロテスタントでは教派により女性牧師もあり得ます。 >輸血はだめ? というのはカトリック、プロテスタント、正教会のいずれでもなく、キリスト教系新興宗教の「エホバの証人」(ものみの塔)のかたがたの事でしょう。 聖書の「血を避けなさい」という文言(例として使徒行伝15章29 「偶像に供えたものと、血と、絞め殺したものと、不品行とを、避けるということである。」)を文字通り解釈して輸血も拒否しているものです。 >みんな平等 原則的にプロテスタント、カトリックとも全ての人は神の前では平等です。人間同士では偉いの屑のと差別がありますが神の前ではそんなものは大同小異。ただの人間に過ぎません。 ただしカトリックの方は聖職者にローマ教皇を頂点としてヒエラルキーが存在します。 >信じたら天国に行ける? というのは難しいですね。 いわゆる予定説を文字通り解釈すれば救われるか否かは神の恩寵によるのみで、個人の信仰の善し悪しとは一線を画すものです。予定説を突き詰めたのはプロテスタントのカルバン派ですので、プロテスタント教派の正統的な聖書解釈では自分で「神を信じている」と自己認定していても必ずしも救われるとは決定されていないと考えると言えるでしょう。 >罪を認めたらチャラになる? ってのは恐らく「ゆるしの秘跡」(以前の告解の秘跡)の事だと思います。これはカトリックのサクラメントですのでカトリックの方ですね。 ただ「罪を認めたらチャラになる」というのはやや単純化し過ぎともおもいますが。 以上 参考まで。
お礼
誠にありがとうございました。かなり勉強になりました。 特に日本では宗教野郎はおかしなのしかいなので気をつけたいです。
- ithi
- ベストアンサー率20% (1972/9601)
kotaegahosii さん、こんばんは。 カトリックは労働を必要最低限の生活のために必要とし、日曜日を安息日として教会へ出かけ、一週間の懺悔をする。 プロテスタントは合理的で、労働は是であり、儲かればもうかるほどよい。
- 4017B
- ベストアンサー率73% (1336/1814)
カソリックは1つの教義組織としてまとまっており、その総本山はバチカンです。一方、プロテスタントは数多くの宗派の総称であり、それぞれに微妙に異なる教義を信仰してます。北斗神拳と南斗百八派みたいな感じですかね? 教会に行った時に素人目に分かり易い違いは… ・カソリック : 十字架にキリストが架けられている. ・プロテスタント : シンプルな十字架のみ(キリスト無し). ~ですかね。他にも全体的にカソリックの方が豪奢な雰囲気です。 P.S. 教義上の違いは本当に細かいので一言には語れません。前述の通りプロテスタントは数多くの宗派が有るため、それぞれに細かい違いがあります。一般に聖母マリア信仰を持つのがカソリックとされますが、必ずしも全てのプロテスタント派が該当する訳では無いので素人解釈は危険です。非キリスト教徒ならば意図的に漠然と「昔ながらのカソリックと、それ以外の宗派(プロテスタント含む)」くらいの認識の方が間違いが無いと思います。
お礼
早速の回答ありがございます。少し聞きたいのですが、何か司祭は結婚したらいけない?輸血はだめ?みんな平等、信じたら天国に行ける?罪を認めたらチャラになる?ってのはどちらですか?? もし、お手間では無ければ教えて頂ければと思います。よろしくお願いします。
お礼
細かくありがとうございました。勉強できました。