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戦後、アメリカの日本に対する無償技術教育援助的な事
共産主義への防波堤として、戦後日本に対して米国が無料で技術支援を行っていたらしいのですがそういう流れだったのは昭和何年まででしょうか。 冷戦終結の時期、日本の経済発展が止まり停滞する時期と時間的にどのくらい離れてるのか、教えてください。 また、いまも冷戦が終わってなければ、CPUやインターネットの分野で、現在の日本はアメリカにちょっと劣る程度の最先端レベルの位置にいた、GoogleやApple並の企業が日本にできてた可能性は高いですか。
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それは、一般の科学技術のことではなく、戦後直後の食料不足に対する脱脂粉乳やパンの支援や、朝鮮戦争での前線として日本列島のそこらじゅうに作られた米軍基地・設備のことでしょう。 その後、所得倍増計画などを経て、1964年東京オリンピック、1970年大阪万博、1972年沖縄日本返還、と復興していくうちに、ソニーのトランジスタラジオなど、made in Japan が 今の made in China のようにアメリカの市場を脅かすようになっていきます。 半導体戦争というアメリカと日本の経済摩擦が始まり、このときには、すでに半導体でアメリカを超えた最先端にいたのです。 アメリカこれに対応するために、通貨レートを制御する意味でも、それまでは紙幣=金(ゴールド)との交換券(兌換券)だった金本位制を廃止し、1985年にはプラザ合意で一気にドルを安くしました。戦後1ドル=360円だったのは、今となっては100円前後ですよね。 そして、平成時代が始まり、冷戦終結の象徴、ベルリンの壁の崩壊が 1989年11月10日、そして日本の株の値上がりの指数、日経平均株価は 1989年12月29日 最高値38,957.44円をたたき出してから、今では15000円くらいまでがやっと、という状況です。 つまり、冷戦が終わる前から、もうアメリカは日本に負けるのは困る、ということで、アメリカに有利なように金融政策をし、特許裁判も有利に進められるような運用をし、と国として経済を守る静かなる戦争をしているのです。当時の商売敵は日本、今は中国やロシアなのです。
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