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真珠湾攻撃後の講和
真珠湾攻撃でアメリカ太平洋艦隊、主力部隊は 壊滅しました。マレー沖海戦では英東洋艦隊 主力艦撃沈と、好戦果を挙げた日本ですが、 開戦早々にアメリカから講和の申し出があったと いうのは本当ですか。 まあ戦争は続いたので講和はなってないのですが、 日本はミッドウェー攻略の後、講和しようと考えていたのでしょうか。 それが大誤算になって、講和のきっかけを失った日本は 5分5分で講和できるタイミングのみを考えて戦い続けたのでしょうか。 講和の絶好のタイミングとなるといつ頃ですか。
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ミッドウェーが落ちれば、ハワイがミッドウェー基地からぎりぎり航空攻撃の範囲に入ります。 潜水艦の拠点にもするでしょう。 ここで目標になるのは、ハワイを直接たたくことではありません。 というかそれはさすがに難しいでしょう。 ハワイに入る輸送船・タンカーを航空攻撃で叩いてハワイに入港できなくなれば、ハワイはいずれ干上がり住民はほっとけば餓死します。ハワイの住民を人質に取る形で講和を望んでいたと思います。 綱渡りに勝ち続けてミッドウェーを落とし講和、それが当時の日本が生き残る唯一の道だったと考えたのだと思います。 (あるいわハワイを犠牲にしてでも米国は戦う可能性が高いですし、ハワイの白人脱出作戦とかも考えられるので、事実上道なんかなかったと思いますが・・・) その後の日本の講話は、ソ連を通じて講和しようというものです。見事に裏切られますが。
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- Yelm
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>開戦早々にアメリカから講和の申し出があったと >いうのは本当ですか。 あり得ません。 開戦早々の1942年1月1日に連合国共同宣言が行われ米国含め連合国の主要国が「単独講和しない」事を世界に向けて宣言しています。 >日本はミッドウェー攻略の後、講和しようと考えていたのでしょうか。 これもありません。 そもそも講和するのであれば「いかなる条件で米国と講和するのか」という話しになりますが、米側が応じる可能性のある条件「中国大陸からの撤兵」「東南アジアの占領地の放棄」を日本側が受け入れられない以上、そんな講和はありません。 日本が太平洋戦争に突入した原因は言ってみれば「日中戦争が泥沼化し辞めるに辞められない状況になってしまった」事で米英との関係が悪化したからです。 「日中戦争を終わらせる事が出来ない当時の日本」が「日米戦争を終わらせる」のは不可能です。 このような事態を招いてしまった最大の原因ですが、もともと大日本帝国憲法では明治維新体制の権力基盤が弱体であった事から軍や政府の権限を細分化し、それを国家元首である天皇(実質的には山県有朋や伊藤博文などの元老)が束ねる事を前提としていました。 このような軍と政府を分割した体制は当然ながら対外戦争には不向きですが、日清日露戦争では元老達が言って見れば「超法規的」に軍と政府の意思統一を図ったので問題は表面化しませんでした。 しかし明治維新の成功により日本が世界屈指の大国となった結果、皮肉にも本来ならば「過渡期の体制」であったはずの明治維新体制がそのまま続いてしまいます。 (これは戦後日本の「銀行の護送船団方式」「土地本位制」などが戦後の混乱期に設けられた過渡期の体制であったにも関わらず、その後の高度成長によりそのまま維持されてしまったのと似たようなものです) 当然ですが「維新の功臣」である元老に頼った体勢がいつまでも続けられる筈が無い事は自明の理であり、昭和初期には日本でも一応は他国同様に「軍は政府の統制下にある」という認識が一般化していました。 しかし1930年のロンドン軍縮会議において軍縮条約を調印した当時の浜口内閣を野党政友会の犬養毅や鳩山一郎らが「政府が勝手に軍縮条約を結んだのは統帥権干犯であり憲法違反」だと攻撃して軍の権限を一気に拡大解釈してしまい、これ以降、議会で軍の行動を統制しようとすると「統帥権干犯だ」と揚げ足を取られることになってしまい、議会は自ら軍に対する統制機能を放棄してしまうのです。 これは議会における目前の党利党略の為に国益を大きく損なった例と言えます。 またその後「統帥権」の拡大解釈を盾に取った関東軍の暴走である満州事変が国民の喝采を受けた事に引きずられる形で認めた事により、日本軍内部でも「戦果を挙げて国民から支持されれば、政府や軍上層部の意向など関係無く認められる」という認識を広めてしまいます。 日中戦争が泥沼化するのはこのように 「時代遅れとなった体制がその成功故に維持されてしまった」 「本来なら体制の欠陥を補って運用すべき政府や議会が足の引っ張り合いにより欠陥をかえって拡大解釈する羽目となった」 「国民が政府や議会の無策に失望する中で、軍が『華々しい戦果』を挙げた事に喝采し、政府を無視して軍事行動を行う行為を支持してしまった」 といった原因があるわけです。 そしてそこから太平洋戦争を見て「日中戦争より遥かに至難の状況である日米戦争を講和出来る可能性があるのか」と考えるととても不可能です。 結局のところ「米国と講和出来るなら、そもそも日中戦争も早期に終結していて日米戦争に突入する必然性そのものがなくなる」という結論になる、つまり「日米戦争を始めた時点で日本の敗北は決定的だった」としか言いようがありません。
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対米英戦は、日中戦争の泥沼化もさることながら、 南部仏印進駐が決定打になったんじゃないですか。 目の前にフィリピン、マレー、シンガポールなど 米英の植民地があり、ドイツ占領下の仏ビシー政権が 抗えないのをいいことに、仏の同意の下とはいえ そんなところに日本軍が居たら、そら米英も構えますわ。 外相幣原はこれでは戦争になる、という認識があったのに 首相の近衛は、なんでそんなことで戦争になるの、程度の 認識だったそうです。 昨今の生活保護の受給問題に似て、貰えるものは貰うとけ。 不正に近い貰い方が後で問題になろうとは考えもせず、 問題になってから対策を考えても、詭弁を弄して破滅する だけ。 戦争終結のシナリオは、ドイツの勝利をもとに描かれて いるから、対米英戦開戦で即日本の敗北決定はありえんでしょう。 回答ありがとうございました。
- tanuki4u
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開戦早々にアメリカから講和の申し出があった ↓ ありえんでしょう。 理由 20世紀前半における講和の成立 A パターン やるだけやって、へとへとになる B パターン 第三者が「この辺でやめとけ」と仲介する。 通常は、Bパターンですが、日米開戦の段階で強力な第三国がなくなっています。独ソ開戦していますから、戦争していない強力な第三国がないんです。 A の段階で、ようやく強力でない第三国が出てこれます。
お礼
明治の軍人は潮時を考えて戦争を始めましたが、 昭和の軍人はダメですね。 回答ありがとうございました。
- eroero1919
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>開戦早々にアメリカから講和の申し出があったというのは本当ですか。 どこで聞いた話なのか存じませんが、うそです。アングロサクソンが一度戦争をすると心に決めたら、自国民を騙そうと捏造しようとなんでもやります。 日本がどこで講和をしようかなんてことは、まったく考えていませんでした。「迷わず行けよ。行けばわかるさ」で行ってみただけです。 講和の絶好のタイミングは、ありませんでした。アメリカにとっては、戦争が長引けば長引くほど有利です。そもそもアメリカは対日戦を積極的にするつもりはありませんでした。最重要課題は対ドイツ戦で、対日戦は防御に徹し、ドイツが片付いてからゆっくりやっつければいいと考えていたのです。 だけど、あのマッカーサーとアメリカの軍令部長だったキング提督がコンニャロー、対日戦にも資材を回せコノヤロー、と圧力をかけたので渋々応じていたのです。 だから、いくら日本が「講和しようぜ」といったところで「バカヤロー、自分からケンカふっかけておいてふざけんじゃねー」といわれるのがオチです。自分の持ち金が1000円、相手の持ち金が100円でギャンブルの勝負をしていて、お互いに10円ずつ損をしていたら、途中で相手が「引き分けにしようぜ」と言い出しても応じるわけがないでしょ。それと同じです。 もしアメリカが講和を持ち出すとしたら、対ドイツ戦が泥沼の事態になるかあるいはドイツの勝利になるかです。というわけで、「ドイツの勝利頼み」という真に他力本願な戦争でもありました。 ところで、もし太平洋戦争が途中で講和したとすると、それによって国家としての大日本帝国が破たんする懸念がありました。どういうことかというと、負傷兵などには年金を支払ってやらなければなりません。これは今のアメリカ軍や自衛隊も同じです。お国のために働けない体になったんだから、国が面倒を見てやらないとね。だけど、もし太平洋戦争を途中でやめたらその負傷兵や戦死者に対する恩給や年金がものすごい金額になり、アメリカから膨大な賠償金をせしめないことには割に合わないことになってしまいます。とてもじゃないけどアメリカがそんな賠償金を支払うわけがなく、そうするとその負担のしわ寄せが国民にかかってきてしまうという負のスパイラルに陥る懸念がありました。
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講和も戦争終結のプランもなしに戦うのは アメリカ本土を占領するつもりだったのでしょうか。 ドイツがヨーロッパ戦線を片づけた暁には ドイツと共にアメリカを挟み撃ちにしようとか、 都合のいいことばかり考えていたのでしょうか。 回答ありがとうございました。
お礼
日ソ不可侵条約を先に破ろうとした日本が その報いを受け、盗人に鍵を預けるような 愚を犯しました。 回答ありがとうございました。