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※ ChatGPTを利用し、要約された質問です(原文:新薬っていつできるのです?)

新薬の開発についての研究状況と待ち時間

このQ&Aのポイント
  • 精神障害の研究が進んでいるアメリカの大学の研究グループが新たな発見を行っており、効果的な新薬が期待されています。
  • しかし、新しい治療や新薬を受けるためにはまだ時間がかかる可能性があります。
  • 最先端の治療を受けるためには、まだ何年かの我慢が必要かもしれません。しかし、その治療が有効な場合、受けたいと思う人もいるでしょう。

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回答No.2

新薬として市場に上市されるまでには、1年や2年のような短期ということはあり得ません。 大まかな流れを言いますと、 ★研究開発の結果として、薬効があり、毒性が少ないものだけを選び出すスクリーニングテストがあり、その結果をもとに、正式な開発が決定されます。 ★その物質に対して、理化学試験(物性、品質、安定性等)、動物を用いた薬理試験、安全性試験、薬物動態試験などの「非臨床試験」が実施され、有効性及び安全性の検討が行われます。 ★その結果、有用な医薬品になり得る可能性があると判定されたものだけが、次の、人に対する「臨床試験」に移ることができるのですが、その場合も、治験の目的や病院名などを具体的に記載した「治験計画届出」を予め提出しなければなりません。 ★その後の、「臨床試験」は「第I相」「第II相」「第III相」の3段階を経なければなりません。 ★「第I相」は、まず少数の健康な人で主に安全性について確認します。 ★安全性に問題がないと判断された場合に、実際の患者を対象とした「第II相」の試験に進むことができます。 少数の患者に投与して有効性を検討し、安全性に問題がないかを調査するとともに、対象疾患とおおよその用量範囲を探索します。 ★次いで、「第II相」の後半では、患者の数を増やして、有効用量とその場合の安全性のチェックを行い至摘用量を求めます。また、必要に応じて人での薬理作用を検討するために、臨床薬理試験が行われます。 ★「第III相」の段階になると、厳密な治験計画の下に、広く数百人の患者で、治験薬の治療効果と副作用のデータを集めます。 一般的には、「第III相」の試験では、客観的・科学的に有効性や安全性を確認するための「二重盲検比較試験」や、長期間投与した場合の有効性・安全性を確認する「長期投与試験」、市販後の臨床使用に即した方法で広く有効性・安全性を検討する「一般臨床試験」あるいは特殊な患者(高齢者など)を対象とした試験が行われます。 ★これらの膨大なデータをもとに、製品化ができると判断されて、漸く厚生労働省に「医薬品製造販売承認申請書」を提出することになります。 ★これで国としての審査が始まるのですが、必要なデータは全て揃っているのか、その内容は適切なのかなどの細かい審査が行われます。 ★最終的に、承認されてから、やっと実際の製造が出来るようになります。 ★しかし、市場に出すには、「薬価基準」に収載されてからになります。 この流れをみてもお分かりのように、それぞれの段階で評価できないとして、途中で製品化が中止されるものも、数多くあります。時間も10年以上かかるものは珍しくありません。最後までにたどり着けるのは、ほんの数%なのです。 ですから、「効果的な新薬が期待できる」というのは、あくまで期待値であって、将来本当にそうなるかは未知数と言えるでしょう。

infonagi
質問者

お礼

新薬が出来あがるまで、めちゃくちゃめんどそうですね その間に何人の人間が犠牲になるのか・・・ でも、副作用での犠牲になるのも怖いですよね わかっているけど、もっとなんとかならないものか思ってしまう。 今苦しんでる人は今治療を欲しているのに、何十年後の未来でしか受けられないなんて 本当にバカバカしいです。 回答ありがとうございました。

その他の回答 (2)

回答No.3

(特に不安障害)と言うものは本人が頭の中で作り出している場合が大部分です。もし薬で一時しのぎが上手く云ったように見えたとしても、何かのきっかけで又もとの木阿弥になる可能性を秘めています。 そこで不安障害の原因と、その治るという事を書いてみますので参考になれば喜ばしいと思います。 不安障害の場合、心や身体の検査をした場合「何処にも異常が見つからない筈です」何も悪くないのに「本人のみが異常を訴えています」その訴えている事が、症状名になっています。 その原因は「意識する処」に在ります。人間が生活してゆく時「意識している時間は5パーセント」「意識していない時(無意識状態)が95パーセント」と言う研究の報告が在ります。 不安障害は、不眠症などと同じく「意識する自分」の状態でいる事を意味します。メンタル面が弱い事を意味します。 ではメンタル面が強いと云う事を簡単に書いてみます。メンタル面が強いと言う意味は「自我意識たる意識する自分から無意識の自分に入りやすいと言う意味です。」言葉を換えるなら、自我意識の出番を少なくして、無意識の自分に切り替わりやすい状態という言い方が出来ます。 自我意識が引っ込みやすくなった状態を「メンタル面が強い」と言います、逆な言い方をするなら「無意識の状態に入りやすい事」を意味します。 人間の身体も心も行動も「自我意識と無意識が交替制になっていて」何時もどちらかの自分がその主導権を握っています。 無意識の自分と上手く同調出来ている場合を「健常者」と言っています。その意味は「自在にその時々において必要に応じて交替制が上手く作動している事」を意味します。 人間の「身体と行動と心」を自我意識は自在には出来ません、その勘違いをする場合、身体に付いての勘違いを「自律神経失調症」と言っています。行動に付いての勘違いを「神経症」と言っています。「神経症」の場合を昔はノイローゼと言う言い方もしていました。心に付いての勘違いが「心を病む」と言います。 では如何いう勘違いかを書いて見ます。人間の自我意識には「機能」が在ります、自分自身を見守る事です。ですが自我意識の機能は「身体も行動も心の状態も」働かせる機能が付いていない事です。 言葉を換えて云うなら「自我意識は無力」と云う事です。自分の身体も行動も心の状態も「自分ではどうする事も出来ない事」です。 例えば眠りに付くと言う場合、身体も心も「自我意識の支配から手が離れる」と言う意味になります。意識は無くなって、無意識の自分と切り替わって「無意識の自分が」体と心を支配して深い眠りに入ってゆくと云う事です。 眠れないと言う場合「自我意識が、身体と心の主導権を」無意識の自分に預けられないと言う意味になります。この場合「無意識の自分から抗議を受けます」この抗議の声は「言葉ではない無言の抗議」です。 一言で言うなら「生き難い想い」がする、事柄です。漠然とした不安と感じる人もいると思います。罪悪感と言う感じで受け取る人もいると思います、強迫感と言う感じの人もいると思いますが、兎に角、自身の内部からの抗議です。 この抗議の「無言の声」を自我意識は「気持ち悪いものとして」医師の元に云って薬を調合してもらっています。この自身からの言葉によらない声を、自我意識が受取ろうとしない事が漠然とした不安の背景には存在しています。 人間の感情は「無意識からの情報を元にして湧き上がる仕組みから成り立っています」この情報の受け取りを拒否してしまう「思考方法が」全ての疾患の原因を作り出しています。 不安障害の根本には今書いた原因が在ります、不安障害は「心の奥底からの苦しみがあります」根深い不安と言う意味です。それは人間の感情が湧き上がる根本に原因が在るからです。 人間の心は自覚出来る心「自我意識」と、自覚出来ない心「無意識の自分」から成り立っています。難しい事は「無意識の自分」の存在が分からない事です。心の奥底に沈みこんでいる事や、無意識の自分になった時には「意識がなくなっているからです」 つまり「心の矛盾」を人間は、生き難い想いいとして受け取っている事を意味します。「意識の根底ではいつも二つの意識は出会っています、いつも相談しながらどちらの出番かを決めています。 不安障害になる人の心には神経質な性格や不安になり易い性格がベースに在ります。その意味は「二つの心(意識)の存在にうすうす気が付いている」という意味です。 自分の心の存在を恐れていると言う意味があります。環境を恐れている事ではなくて「自分自身の心がストレスを作り出して、自分の心を恐れていて、自分自身の心がその情報の受け取りを拒否している。」という意味です。この事を「心の矛盾」といっています。 不安障害が治るという意味は、深い人間の心に対する「洞察力が付く事」を意味します。不安になり易い人という事に関係しています。 不安になり易い人とは「人間には意識が二つ在る事に気が付いたという意味が在るからです」意識の根底で感じている不安や「生き難い想い」が何処から湧きあがっているのかに、一番気付き易い位置にいるからです。。 自分の感情を湧かせている者に出会う事を「自分自身を知る」といっています、禅では「見性」です。詰まる悟りを開く事を意味します。 言葉を換えるなら「内在する識られざる自分自身の神と和解する」という意味になります。仏教もキリスト教も、或は他の宗教も同じですが、「心の矛盾の解消が本来の目的」となっているからです。 不安になり易い性格とは「意識性が強い」という意味があります。無意識の自分と上手く同調できない場合「無意識の自分」と仲直りする時「心の矛盾は解消する事」を意味します。 心の矛盾が解消した姿を、飽く迄も心が静まり返った状態=「涅槃」と形容しています。不安が強い人には深い安心が待っている事を意味します。

infonagi
質問者

お礼

長い回答ありがとうございます。 不安障害に関していえば、扁桃体のなんらかの異常亢進が引き起こす現象であることは研究で既に知られています。気のせいや性格のレベルではありません。 最終的に仏教の世界にいってる気がしますが、実は仏教系の禅や座禅等が脳内になんらかの変化を与えているのではないかと思うことがあります。

noname#160321
noname#160321
回答No.1

>最先端の治療を受けられるようになるには後何年我慢する必要 昨年報道されましたが、心筋を培養して薄膜にし何重にも重ねることで拡大性心筋症を治療する方法が成功しましたね。 この例では実際に患者さん(心臓移植待ちだった)が実験台になり、心臓移植は今のところ不要のようです。 この様な例もありますが、他のiPS細胞を用いた研究ではまだ人体への応用は先の先みたいです。 その方が普通です。新しいと言うことは害の方は未知数と言うことですから。 >もし最先端の治療法があった場合、受けたいと思いますか 私は突発性難聴で左耳が使えませんし耳鳴りがします。人工内耳の実験台になりたいと思います。

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