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大学2年生です。再受験しようか迷っています。
某旧帝大の理学部で数学を勉強しています。 教員養成系の大学に再受験しようか迷っています。 もし受けるなら東京学芸大を考えています。 現在も教職をとっているのですが、 出席してちょっとした課題などをこなせば単位はもらえます。 ただ、ほとんど教員になるための勉強にはなっていません。 もともと高校の数学の先生になるつもりで大学を受験しました。 進学校に通っていたこともあり、なるべく偏差値の高い大学へ 行くことを優先して考えていたため、 旧帝大には教員養成の教育学部がないので理学部を選びました。 しかし、教師になりたくて大学へ進んだのに 教員になるための勉強がほとんどできないので悩んでいます。 教員養成の大学であれば、教科によって教育法や 授業の実践などが学べるのでそっちの方を勉強したいと 思うようになりました。 また、東京学芸大の数学科はシラバスなどをみて 専門的な数学の授業も行っているので 高校の先生になったらその知識も活かせると思います。 ただ気になっているのは 旧帝大を中退して教員養成の大学に行こうと考えるのは おかしいのでしょうか? 学歴だけを見れば旧帝大の方がもちろん良いのですが 社会に出て、自分の場合は教師になったときに 周りからどう思われるのか気になります。 もう一点気になるのは来年受かったとしても 実質二浪した人と同じ学年になります。 教員採用のときなど不利になることはあるのでしょうか。 学費などは塾のアルバイトをして貯金しながら 受験勉強しようかと思っています。 みなさんはどう思われるのか意見が聞きたいです。 よろしくお願いいたします。 P.S. 東京学芸大の授業の内容や雰囲気など 知っている方がいれば教えて下さい。
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- koriusu3288
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結論から言うと、高校の数学の先生なら、今の大学を卒業し、院に進んで採用試験を受けるのがベストかと思います。 その理由はいくつかあります。 もし、あなたが高3の受験生なら、学芸大で充分!と言いますが、もう立派に旧帝大にまで進まれてしかも2年生なんですよね?そこをやめてまでの理由がないです。 おかしくはないけれど無駄な2年のロスで、それより今は塾や家庭教師のバイトでもして(授業経験を積むという点では、個人の家庭教師より塾の集団のクラス授業が高校の授業と同じで、いい経験になると思います)いろんな生徒に出会って教員としての感性にみがきをかけ、2年を院で勉強したほうがよほど教員として使える人材になるかと思います。 小中学校の教員なら、まだ理由も見つかろうかと思いますが、高校の教員なら、むしろ、教育学部より、旧帝を出て、院に進み採用試験を受けた方が、公立、私立(私立上位高校なら特に)その方がよいと思います。 弟は40代後半、公立の高校の理科(専門は化学)ですが、もう数年前に「今の先生はほとんど院卒」と言っていました。 弟の時代は院卒の方が珍しかったようですが、今はほとんど院卒なので肩身が狭い…と言ってました。 弟は教育学部出ではなく、国立大工学出です。 子供たち二人、それぞれ私立中高一貫校校に通っていましたが、両校ともかなりの進学校でしたが、在学当時の上の子供の学校便りの記憶です。 毎年新卒の先生の紹介があって、写真、経歴が出るのですが、たまたま見たか記憶にある年の記事ですが、2~3人の文系(1人は間違いなく英語科だった)の先生方、大学、院は私立国立いろいろあったと記憶しますが、全員院卒でしたよ。 理系は教員も院卒の時代、とは思ってましたが、文系もそうなのか…と思った記憶があるのです、もう数年前の話です。 おそらく数学も同じなのでは? 下の子供の在学していた学校、奇行?蛮行?風体?経歴でかなり周りとずれたような先生が多かったようですが、それでも、その教科に関しての実力があれば、そのユニークさにあきれながらも、子供たちは一目置いていたようです。 授業から脱線し、受験に関係ないような話でも、とても専門的で知的好奇心を煽り立てられるような話は面白かったようです。 やはり先がそれなりの高度な学問や、研究をしてきた経験があると教科書以外の引き出しが沢山あるのだと思います。 高校ともなれば、教科書以外のむしろそういう部分に興味をひかれたり、あこがれたりするのでは? 特に大学受験に関しては、実際の経験からの話も、そのレベルの大学を目指す生徒、そのレベルでなくても大変参考になりますし、正直学芸大が今どれくらいのレベルか知らないのですが、やはり教育学部以外を目指すなら、どちらかと言えば現役で旧帝国大学理学部出身の先生の体験談、勉強方法や、大学生活が参考になる、と思うのではないでしょうか。 私は過去教員の経験があるのですが、義務教育は、教科というより、生活指導、生徒指導にとても多くの時間、労力、教員の力量が問われると思います。 例えば、小学校、低学年に至っては親のような本当に身の回りの世話みたいなことから始まり、ささいなことの喧嘩の仲裁やら、親のへ対応等、行事は多いし、もう先生方はてんてこまい…。 言葉も年齢に応じた説明をしないと生徒は理解できません。 教科を教える以前のところで、すでに教師の力量が問われます。 私は教育学部出身ではないですが、そういう生徒の扱い方みたいな点は、もしかしたら教育学部の方が手厚く?授業があるのかな?なんて思いましたが、今思うのは、日頃子供にあまり接したことがないような人は、どこの大学の何学部出身であろうと、最初は皆ほとんど同じだと思います。 要は子供の心理等をを含め、実際の生徒というのは、ほんとうに個々様々、とても教科書や理屈どうりにいくものではなく、やはり先生と言えども新任のうちは現場で、子供のもまれながら経験を積んでいくしかないと思います。 現場の先生方も、やはり年齢が上になればなるほど、また子供を持っていればそれだけ生徒の扱い方が上手いと思いました、経験の違いだと思います。 特に小学校では、その先生が学問に優秀だったかというより、子供が好きで、世話好きで、どちらかというなら元気で明るく、人間的におおらかな懐の広いような人が適しているかなと思います。 中学は小学校と高校の中間という感じ、教員側にそれなりの教科の専門性プラス、やはり今の時代、生徒指導が大変だと思います。 昔に比べ人間関係も複雑で、いじめや不登校も多いですし、教科研究で自分の実力云々というより、実際は生徒の生活指導、進学指導にかなりの時間を取られてしまっているのでは?と思います。 その点、高校は、あくまで個人的な意見ですけど、高校の教員経験がない私が言うのもおこがましい限りですが、教員側にとっては一番純粋にその教科の学問としての面白さ、専門性を、伝えることが出来ると思うのですが。 確かに底辺校ともなると、生徒指導も重要な日常の仕事のようですが、基本的には学びたいものだけが来ているはず?で、教師がどれだけその教科においての実力があるのか、を生徒側も学校側も、親も求めていると思います。 生徒はある程度大人と同じ扱い、ほぼ対等の付き合いをし、適度な距離感を保ちつつ(そんなに生徒の生活に踏み込まず、心配しなくてもいい)小学校中学校で必要とされるのとはまた違った力、その先生がもっている、その学問へのこれまでの取り組みや専門性、レベルの高さが要求される、のが高校の教員という感じがします。 高校の教員なら、底辺校以外は、その教科の専門性からして、旧帝国大学卒の方がむしろいいのではと思うのです。 私は20代の時、それから長いブランクを経て40代で再び学校の教員を経験しましたが、質問者さんの気にしている教育法や授業の仕方、ですが、教育学部がどんなかカリキュラムかは知りませんが(私は教育学部出身ではないです)どんなにすばらしい教授の授業を受け、聞いて、試験のために勉強しても、本を読んだとしても、やはり実際の教壇に立って経験を積むのに勝るものはありません。 学歴が周りからどう思われるかも気にしておられますけど、話題には出るかもしれませんが、あまり関係なし、現場第一、実力の世界、年齢もあまり関係なし。 若くても優秀だなと思う人もいればそうでない場合もあり。 新卒の先生や教育実習の学生も見ましたが、教育学部かそうでないかなんて違いはおろか気にしている人なんていなかったと思います。 私の場合、長いブランクの間、それなりに、幅広く興味を持っていろいろやっていた?ので、20代のころよりむしろ40代の時の方が、その教科に付随しての引き出しが沢山あり、即日対応、何でもOKという感じでした。 どなたかも書かれていますが、大学卒業、そこで完璧に仕上がるのではなく、むしろ、大学での知識を持ちながら、あとは実際の現場に出てもまれながら身につけていくというのが実際のところだと思います。 数年前、中学卒業の同級会に、初めて当時の担任を招いた時のことです。 もう40年近くも前の当時、担任の男性教師は国立教育学部卒、2年他校で副担任を経験し、私たちが初めての担任、当時24歳の英語の先生でした。 今は校長になったその先生は「あの当時は教え方が下手で、力不足で大変申し訳なかった。あの後自分は院に行って勉強した」と言っていました。 今更言われても…どうりで発音悪かった…いつもテープばかり聞かされていた…英語出来なかったのはそのせいだ…なんてその後みんなで話したんですけど…そんなもんでしょう。 今、学芸大学がとてもよく見えるかもしれないけれど、在学生や卒業生に話を聞いてみるとか、オープンキャンパスに行くとかして、中退してまで行く必要があるかどうかよーく違いを見つけてから行動に移してほしいと思います。 確かに今の大学にはない、学芸大ならではの物も間違いなくあるとは思いますが、大卒後、または院卒後でも現場で充分取得できることも、また補うこともできると思います。 カリキュラムを見て思うより実際はさほどでもないんじゃないか、いざ入学してみたら、期待ほどでもなかったな、自分でも勉強できたかな、と思うんじゃないかなとも思うんですけれど…。 それから、昔から義務教育は教育学部出の先生が大多数だと思うんですけど、高校って逆に教育学部以外の先生の方が多くないですか? 当時もいちいち聞いたことないですし、子供達の在学中の先生方、もちろんすべて知ってるわけではないですが、逆に教育学部出身なんて聞いたことないです、知っている先生方、皆それ以外の学部でした。 たった今、弟にメールで聞いてみたら、高校の先生方は教育学部出はほとんどいないとのことです。 また高校は採用人数が少ないので受からず院に行くということや、特に理系はほとんどが今院に行く時代なのでそういう理由もあるとのことです。 また、親の学歴が上がっていてやはり院や博士くらいでないと、と採用側も考えているフシもあり、また就職氷河期で院卒、博士レベルの人材が教員に流れている状況もあるようです。 あとは先の話ですが、私立は退職の先生が出ないと採用がなく、その点厳しくタイミングもあります。 学校便りの新任の先生のあいさつ文では「去年1年は講師としていましたが、本年度から正規採用として…」というのもよく目にしました。 最後に、余計なことですが、万万が一、進路変更することになった時、それもやはり今の大学の方が選択肢が多く、よろしいかと思われます。
- kuni-chan
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私はそのまま卒業して採用試験を受ければ良いと思います。 最初から上手くできる先生はいません。試行錯誤や経験で磨かれる部分があると思います。学問では解決できない事もあるでしょう。いろんな事を学んで良い先生になりたい気持ちはわかりますが、再受験になれば確実に2年間は失われます。 それだけの事を失って得る価値があるかどうか考えて下さい。 あと、どこの学校の先生になるつもりかわかりませんが、採用数が少ないと狭き門になります。一般の会社へ就職して毎年受ける人や臨時で頑張って受ける人もいます。先生にしかならないという固い決意ならともかく、場合によっては他の道も考慮するなら失われる2年間は取り返しがつかなくなる可能性があります。
- おに ぎり(@onigiri2011)
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そこまで詳しくないけれど、幼小が強いし、女子が多く朗らかなイメージみたいですね。 (2人ぐらいしか知らないです・・・) あなたのような人もたくさんいますよ。 と言うか京大や東大の数学博士や修士まで行って、結局30歳前後で 数学や物理の教師になる人も多いし、遠回りに見えて近道では?と思います。 ちなみにうちの中学教師は全員が京大卒でした。 そこそこの進学校なら帝大レベルなんて別に珍しくないと思いますよ。 数学や英語のような専門科目では必ずしも教育大が有利になるわけではないようですよ。 その上で教育の専門性を極めたいと言うなら、 学部は今のまま、大学院で数学教育などを専攻すればいいと思う。 ロスが少ないし+が多いでしょう。 今すぐに移りたいなら中退も手だとは思うよ。 ただ、小中が学芸、中高が筑波のイメージはあるかなあ。
No.2の補足。 >そのレベルを受ける生徒を教える 東京学芸大学出身の先生には旧帝大の入試問題レベルが教えられない,という意味じゃないですからね。あくまでも教育行為が成立する基盤にある「信用」(先生はぼくの志望校の出身だから信じよう)の問題です。また,「東北大学の理学部,工学部,農学部でこれこれが学べるでしょうか?」という進路相談も受けるでしょう。そういう大学の理系出身なら,的確な指導ができるということもあると思います。 なお,修士課程までいって専修免許,中高一貫校もふえているので中学免許もあるほうがベターです。
- kei74
- ベストアンサー率19% (166/848)
>教員採用のときなど不利になることはあるのでしょうか。 まったくない。 >みなさんはどう思われるのか意見が聞きたい 確かに学芸の方が教員になれる確率は上がるだろうがタカが知れてる。 ガッコで習た事がそのまま現場で活かせるとは何ともめでたい話で、生モン相手の商売だけに実際は場数を踏んで覚える事になるだろう。 モチロン教育学部で学ぶ事は大いに有効だが、学生が遊び半分で覚えるより現場で生活かけて体で向き合う方が覚えが早いのはわかるだろ? 要は教育学部と他とで差は少ないという事だよ。 今で資格が取れないというならともかく、2年の歳月とカネが無駄だな。 君の人生だから浪費するもしないも君次第だが「アホちゃう」というのが正直な感想。 教員するのに資格さえありゃガッコなんぞどこでもいい。 君が高3でも強く教員と思ってるなら学芸の方を推すが、そうでもないなら教員になれなかった時を考えて帝大を勧めるだろうな。 そりゃそうと地元で教員したいなら東京以外は学芸といえその他諸々のガッコに成り下がるので地元の国立教育学部の方が有利だよ。 >社会に出て、自分の場合は教師になったときに周りからどう思われるのか気になります。 教員としてのスキル実績による。出身校なんぞ関係ない。 マヌケな教員を帝大卒だからといって誰も誉めてくれないし、学芸出だからというだけで誰も一目置いちゃくれないよ。
ぼくは東京学芸大学でも教えましたが,いわば地方国立大学の教育学部のノリを全学でやっている感じですから,旧帝大理学部(ぼくもそのひとり)からみると体制的な違和感があるでしょう。ただし,学力は高く,逆に旧帝大大学院に進学して専門分野をきわめる人もいますから,その点は誤解しないように。いちど平日に武蔵小金井のいい場所にあるキャンパスを訪問してみてはどうですか。あなたにとっては,その違和感が好感かもしれませんし。 ぼくは理科の教員免許をとりましたが,たしかに教員になるために十分なトレーニングを受けたとはいえません。大学教員ならなんとか勤まっていますけども 笑。それでも,数十年の経験で向上した部分もあります。あなたは,現場で経験を積むというファクタを見落とし,大卒で完成品になろうとしている感じもします。 なお,高校数学の教員になるなら,数学の専門家にたいする信用という点で,旧帝大理学部のほうがいいと思います。とくに私立進学校なら,こちらを採用するでしょう。そのレベルを受ける生徒を教えるわけですからね。
- simotani
- ベストアンサー率37% (1893/5080)
2浪相当を覚悟ならば、今の大学を卒業してから学士入学する方が望ましいです。 学士入学の試験は面接と論文が中心。センター試験とかは無縁です。 また教員養成系は必ず学士入学を受け入れます(旧教職免許法の免許昇格規定がある為、3年編入や科目聴講が可能)。 帝大系だとすれば、教職に就く人自体稀でほとんどが官公庁や上場企業に就職先を求め、落ちた人が「教員にでもなるか」で受験します(これでも名簿登載上位に入る)。 教員が第一志望ならやはり聴講や学士入学をお勧めします。