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発達障害者に適職はない?
度々お世話になります。 私は発達障害者(アスペルガー症候群)で、職業の適性検査を受けてきたのですが、検査の結果に疑問が生じたのでこちらで相談させていただきます。 といいますのも、その検査の結果は「あなたは計算力と集中力がいいけど、複数の作業ができないからプログラマとかがいいんじゃないかな?(大意)」という結果だったのですが、どうもウサンクサイものを覚えました。なにを隠そう以前の職業がそのプログラマだったからです。 退職(に追い込まれた)理由が「電話応対がダメダメ」とか「将来後輩が入ってきても指導力に期待できない」とか「他の人と関わろうとしない」などといった、もろにコミュニケーション上のトラブルに由来するものでした。 このあたりは今でも猛省する次第ですが、プログラマでもシステムを作るために「顧客の話を聞いて」「話の内容から仕様をつくり」「顧客にシステムを導入する」などの折衝力が重視されています。さらに日進月歩のこの世界ではどうしても「技術の進歩>学習能力」となってしまううえ、徹夜に耐えられる体力&精神力にも限界が生じ、プログラマ一本槍ではいつか「自分の給料>自分の仕事単価」となってしまうため、将来的にはプログラマは顧客との折衝をしなければならない、といわれています(いわゆるプログラマ35才限界説というものです)。 しかしコミュニケーション能力に劣る我々発達障害者には、滑車を走れなくなったネズミのようにボロボロになった末、この問題には対処できず退職に追い込まれるのではないか?という懸念点があります。どうも「一日中机に座ってポチポチキーボードを押してればいいだろ」的な適職診断のイメージ(?)と、実際のプログラマの仕事内容との間にはすさまじい隔たりがあるような気がしてなりません。 ・・・上述のプログラマに限らず、この日本におけるあらゆる仕事には絶対に対人折衝力が欠かせない(むしろ最重要視?)ため、発達障害者には適職はないのではないか?そもそも適応することができないのではないか?今の日本で求められているのは「広く浅くのゼネラリスト」ではないか?「職人芸」に由来する職業ならば、「驚異的なコダワリに由来する能力を持った発達障害者」でも適応できるのではないか、という意見は一体どこで生まれたのか?という疑問が生じたのです。 ワークグループの参加などで「コダワリに由来する驚異的な集中力を活かせる職につければ、そこそこ社会に適応できるんじゃないかな?」という議題も上がったことがありました。しかし現在の日本ではそういった「集中力だけを」活かす仕事は実はまったくないのではないか?という自身の経験に由来する意見を出したところ、その場の一同はシドロモドロになって何も答えられず、議題はお流れになってしまいました。 ならば単純作業が延々と続く仕事ならどうだ?という医者の意見もありました。 しかし現在の日本では仕事自体が中国東南アジアの海外にほとんど奪われて少ないうえに、低コスト化に勤しむあまり、工場や倉庫勤務でもノルマ(○○時まで作業を終わらせること!など)が要求されるようになってきました。肉体労働なので自分の体にガタがきたり怪我や病気をしたら一大事、老後はどうするんだ?この不況で仕事が潰れたら再就職は大丈夫なの?薄給なので家庭を作り支えられる経済力が得られないのでは?そしてそれを身内家族や世間体は許容してくれるのか?・・・と答えたところ、その医者にもお茶を濁されてしまいました。 ・・・長くなりすぎたので要点をまとめます。 ・今の日本の仕事に発達障害者に適職はあるのでしょうか? ・適応できるといわれる職業は「単なるイメージ」でつけられたものなのでしょうか? ・仕事に必要なのは「狭く深い専門力」ではなく「広く浅いゼネラリスト」なのでしょうか? ・・・あたりになるのでしょうか。今のままでは不況だ障害だからもうダメだと嘆いていてばかりで、浮浪者になってしまいそうです。無論甘んじて受け入れるわけにもいきません。お仕事に就かれている発達障害者の方や、そうでなくても「こうすればいいんじゃないかな?」といった健常者の方々の意見がほしいです。是非宜しくお願いいたします。
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- hiroyuki1492
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身体障害者(車椅子)について考えましょう 土木とかは無理です。プログラマーは頭が正常で、上半身は自由が利くのでプログラマーが職業適性でプログラマーが向いていると判断されることがあります これは相対的に土木に比べてプログラマーが向いているということであって プログラマーなら健常者と同等のパフォーマンスを出せるということ意味ではないです 彼らは客先に打ち合わせにいけないという重大なハンディを抱えています 身体障害者(車椅子)に客先の打ち合わせにいけという上司はいない 身体障害者(車椅子)が客先の打ち合わせを免除されても、誰も特別扱いだと文句は言われない 総合的パフォーマンスで健常者に劣るから首にしろとはいわれない だから仕事として成立している でもなぜか、アスペルガーの電話対応は違う。身体障害者(車椅子)に客先の打ち合わせと同等に困難なのに 問題なのは適性ではなくて 日本では身体障害が受けている配慮と同等の配慮を発達障害は受けれないことではないでしょうか?
- hiroyuki1492
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>ただし「尖った部下を苦労してコントロールしてまで得た対価」が「コントロールする必要のない部下を導入して自分の労力を削減しつつ対価を得る」にはまず絶対勝てないとおもいます。 この文章を読んで”適職”の定義が気になりました。 ”適職”という言葉を健常者と同等以上のパフォーマンスを発揮できる職と定義していますか? この定義なら無理ですよ 健常者も自分の適職を考えて就職しますから 平均的プログラマーの計算力>平均的日本人の計算力 となります。計算力が全くないのにプログラマーを志望する健常者は少数でしょう 健常者プログラマーとは、計算力+コミュニケーション力の人 計算力しかないアスペルガープログラマーは勝てません。(よほど計算力が、ずば抜けていれば別ですが。。。そんなアスペルガーは極少数) ほかの職業についても同様です。 コミュニケーション力がない分だけ負けます。 健常者と同等以上のパフォーマンスを発揮できないから障害なんです。 そういう人のために働く場を提供するために、わざわざ障害者枠があるのです。 職業の適性検査は コミュニケーション力以外の適性はあるから、障害に理解のある職場ならつとまるよっていうものであって (障害に理解があり、コミュニケーション力を必要な電話対応とか後輩指導を免除してくれるところならプログラマーはつとまる) 健常者にパフォーマンスで勝てるという意味ではないです。
おっしゃる通りプログラマーは適職ではないのかもしれませんね 今までプログラマーをやってきたのですが、親の会社が倒産したので、別の会社を探しています paizaというコーディングスキルをチェックするサイトでAを取ったおかげが知りませんが、技術力は問題ないけど、コミュニケーション能力に問題がある。プログラマーは折衝もするのでこれでは使い物にならないといわれ落とされてしまいます。かたや、アメリカの方でもプログラマ=コーダー+SEなのでアスペルガーにはつらいそうです。 WEBデザイナー、グラフィッカーも調べたところコミュニケーション能力が要求されるそうです。 研究職も研究だけでなく、プレゼンや上司や国に対してごますりをしないといけないので、発達障害にはきついらしいです 多分、適職はないと思います 「意味不明な人々」というブログを書いている人によると、クレーム対応とかは得意らしいですが…
- Recurring
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文章をよむ限りではあなたは能力はあるけど、電話対応や顧客との会話や体力の問題であなたの能力を十分いかせなかったという気がします。 私も発達障害ですが、自分を客観視するのは苦手なので難しいですよね。 できたらプログラマーとしての能力はあるのですから、会社になにができなくてなにが得意かをはっきりいって障害を受け入れてくれる会社に就職したらどうですか?知り合いの東大の方はそうしてます。おかげで苦手な電話応対や接客はまぬがれてますね。 発達障害者は塾講師や予備校講師、高校教師、大学教授などむいてるみたいですよ。 でも結局決めるのは自分ですよね。なのでいろいろ体験してみて自分にあった職場を探すのがベストではないでしょうか? 私の経験ですが発達障害者をうまくコントロールしてくれる上司がいれば発達障害者の能力も十分発揮できるんですよねーかなしいことに日本ではそういう上司はすくないでしょうが。 http://diamond.jp/articles/-/16264
お礼
回答ありがとうございました。 >私の経験ですが発達障害者をうまくコントロールしてくれる上司がいれば… これはまったくもって共感できます。 ただし「尖った部下を苦労してコントロールしてまで得た対価」が「コントロールする必要のない部下を導入して自分の労力を削減しつつ対価を得る」にはまず絶対勝てないとおもいます。要は労力と対価のコストパフォーマンスの問題です。たとえ前者が勝ったとして長期的に見ればやがて後者に追いつかれたり、そうでなくても今度は不公平だ!とか特別扱いするな!とか周りの声に耐えられるかどうかのストレステストの問題に直面します。実際自分も電話応対で似たようなことを言われて、さらに将来入ってくる部下のためにならないと正論を突きつけられて解雇されたわけなので… >なのでいろいろ体験してみて… 質問開始から2年余り経っているわけなのでいろいろ経験してみましたが、耳で聞いた情報がうまく処理ができない、ということがやっとわかりました。瞬時にやってくる情報を文章化に手間取って吃ったり、複数の意味を持つ言葉の選択がうまくできないわけです。なので目で情報を受発信することで対応する術を身につけつつあります。百聞は一見にしかずの言葉ではありませんがほぼ確実に伝わるので意外に有効な手なのかもしれません。やっていることは手話か筆談に近いので落ち込むこともあるのですがorz …今の不遇の状況に喚いていても誰も助けてくれないどころか「うるせえ静かにしろ飯がまずくなる!」と怒鳴られるだけなので、結局のところ自分で何とかするしかないのかな、というのが今現在出している結論です。そっちのほうが建設的で前向きなのでマシかなと思っています。ありがとうございました。
- hiroyuki1492
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>今現在の日本において必要なのはスペシャリストよりもゼネラリストのほうではないのか、 というよりは日本のほとんどの正社員はゼネラリスト前提の雇用契約です。 日本では使用者の命令でプログラマが営業に配置転換とか普通にある。(雇用契約ガチガチの欧米ではありえないが。) 発達障害者を苦しめているのは、日本型雇用だと思う。使用者の命令で営業に配置転換の可能性がある雇用形態とか辛すぎる。 日本でも欧米型雇用を増やそうって動きはあるので、将来はそんなに悲観することはないと思う。(いわゆる限定正社員) もうちょっと言うと 日本の主流はメンバーシップ型雇用で 欧米の主流派ジョブ型雇用です。 参考 http://www.nippon.com/ja/currents/d00088/ >日本の正社員は「メンバーシップ型」 日本以外の国々ではフルタイム勤務、無期契約、直接雇用の3つを満たせば正規労働者であるが、日本では「当該事業主との雇用関係が終了するまでの全期間において、その職務の内容及び配置が・・・変更されると見込まれるもの」(パートタイム労働法8条)でなければ日本型正社員として認めてくれない。雇用契約において、職務や勤務条件が詳細に明記された「ジョブ・ディスクリプション」(職務記述書)が交わされることはまれで、契約書に職務や勤務条件が記されていても、就業規則で使用者が変更を命令できると規定されていることがほとんどだ。 筆者はこのように職務も労働時間も勤務場所も契約で限定されておらず、無限定、すなわち使用者の命令でいくらでも変えられてしまう雇用のあり方を、企業という「共同体」のメンバーになるという意味で「メンバーシップ型」と呼び、日本以外の国々で一般的な職務も労働時間も勤務場所も限定される「ジョブ型」と対比した。
お礼
回答ありがとうございます。ずいぶん久々だったので失念していましたorz >発達障害者を苦しめているのは、日本型雇用だと思う。 これについてはまったくもってそのとおりだと思いますが… >日本でも欧米型雇用を増やそうって動きはあるので、将来はそんなに悲観することはないと思う。 という一文についてはあまり希望を見出せないでいます。現時点でさえ犯罪者予備群として扱われ、解雇されやすいのが労働者団体側にとって不都合であることと、似たようなシステムである派遣社員が3年連続で使用すれば正社員として登用しなければならないという労働契約法があの手この手で抜け穴をかいくぐっていることと、そしてなによりもメンバーシップ型雇用の現在でも合法的に解雇する手段が常態化しているので導入した所で結局悪用されるのではないかということで、これらの懸念点を全部埋めて導入される頃には自分が白髪のおじいさんになっていてもおかしくはありません。 ましてや「35歳定年説」を真に受けると、コミュニケーション能力には期待ができない&徹夜や修羅場などの無茶をこなせないとなると、転職も体力も辛い年齢で容赦なく解雇されるという、現在よりさらに不利な状況下に置かれてしまう可能性もあるのです。 また、欧米では職を点々とすることは別におかしくないとしてみなされているわけなのでジョブ型雇用が導入されているわけですが、転職=職歴にインクという名の泥を塗る行為も同然とみなされている日本では風土があまりにも違いすぎます。本格的に変えるなら幕末や明治維新のような流血もくわえた大騒動を踏まえないと難しそうです。 せっかく回答いただいて申し訳ありませんが…アテにできなさそうです。申し訳ありませんorz
- henmiguei
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度々お邪魔いたします お礼文を拝見した所ではアスペと言えども健常者に限りなく近い症状の方と拝察いたしました 周囲には信頼に値する人物の心当たりが無いと仰っていますが やはり“亀の甲より年の考”と昔から言います通りに 年功を経た者は其れなりに経験を積んでいますので 経験値からのポテンションの有る意見も大切です 御両親の事をその様にけなさずに 貴方の事を貴方以上に心配されていると思われますから アスペの人には難しいかもしれませんが 表面上だけでも信頼の形を見せては如何でしょうか この様な嘘に近い態度で練習して アスペの人に難しいとされている“気を読む”事を身につけられては如何でしょうか この病気の方の前途は多難な事は重々承知しています 「頑張れ」としか言えませんが心の応援をしています、ガンバレ。
補足
重ね重ね回答頂きありがとうございました。 文字を書くぶんには支障はありませんが、こと一般会話においてはとたんにダメになります。相手に対してどのように話すことでうまく物事を伝えられるか、10秒足らずの短時間内に考えや話を構築する能力に欠けているようです。 また、「気を読む」能力や「本音と建前を使い分ける」能力に欠けているので、相手の遠まわしの遠慮や非難をそうだと受け取ることが苦手です(お世辞とか美味しくない料理に対する「個性的な味」とか)。ここらばっかりは場数を踏むしかないと思いますが、そうなると踏んだ数だけ痛い目に遭ったり自信を失うハメになるので、本当に生きづらいものを感じます。 そうしていくうちにあれもダメこれもダメとなり・・・今の自分は甘えや贅沢になっているのでしょうか?せめて「気を読む」具体的なつけ方がわかれば幸いですが・・・ それとやはりゼネラリスト>スペシャリストに関する回答は避けられているようですね・・・「お答えしかねる」とかヒトコト添えていただければまだよかったのですが・・・そんなに答えにくいものでしょうか?
- henmiguei
- ベストアンサー率45% (1764/3876)
お礼を有難うございます 解答中に <好きな仕事をやればいい→好きなようにやればいい>変な癖 と書いておられますが“癖”では無いと思います 癖と思っておられる事態がアスペの症状とも解釈できます 勝手な解釈をするから(解釈を勝手にする?)アスペと言う判定を受けるのであって これが克服されれば(世間一般並みな解釈が出来る)アスペで無くなっています 貴方の文面から推測すると3級以下の極めて軽傷の方だと思われます 貴方と同じ病気でも2級程度(もっと重症かも)の方も居ます そのような人は電話の応答どころか就職すら出来ないでいる方がいます 専門家と言われる方は世間知らずで仕事の具体的な内容等を御存知ない方がほとんどで そのような方の勝手な世間知らずの指導をまともに受け取る必要も無く 何度も同じ事を言いますが 貴方が思っている勝手な解釈に少しだけ親しい人の意見を取り入れて下さい 貴方が信頼しあなたを信頼している親しい人(両親など)が この世の中で貴方の一番の理解者なのですから。
お礼
重ね重ね回答頂きありがとうございました。 >そのような方の勝手な世間知らずの指導をまともに受け取る必要も無く~ 残念ながら私の両親もそれに該当してしまいます。料理や一般生活においては信頼に値できるのですが、こと就職や社会においてはとたんに的はずれなアドバイスしか送れなくなってしまう(面接ではこの言葉を言え!「がんばります!」、履歴書や経歴書にケチをつけてきてダメダシしてくる「具体的エピソードなんて書くな!」など)、…かといって専門家(ハローワークや医者などではなく、企業のキャリアコンサルタントなどといった場数を踏んでいる人たちです)もアドバイスを実行しようにも前述の「曲解」のせいでなかなかうまくいかず…とドツボ状態です。 「餅は餅屋」の言葉があるように得意分野や苦手分野があるので、全分野に置いて全面的な信頼を置くに値する人は、今の自分の身の回りにはいません。いる方がおかしいかもしれませんが・・・ ・・・どうも今の自分自身が周囲を「信頼したいけど、信頼したら的外れアドバイスで手酷い目に遭ったり、そうでなくとも障害のせいで周囲を裏切る結果(期待に応えられないという意味で)になってしまうため、信頼することができない」状態になっているような気がします。実際それでいじめられたり、友達を失った経験もあるのでなおさらです。 こうして考えると、今の自分に「適職」とはほんとうにあるのだろうか、ますます自己嫌悪に陥っているような・・・ありがとうございました。
補足
回答についてちょっと気になる点がありました。 今現在の日本において必要なのはスペシャリストよりもゼネラリストのほうではないのか、という点なのですが、どうもこのあたりの回答を避けられているような・・・気がします。 組織において上位に行くほど個人としての能力よりも組織の管理や采配、交渉事や調整などの能力が求められます。戦国時代でいえば槍や刀を振るよりも多くの足軽や武者を指揮したり国を治める力を持った人が大名とか偉い人になっているのと同じ理屈です。 しかし最初から?その能力に期待できない発達障害者にはどうしてもその「壁」にぶつかってしまうのではないか、しかし加齢に伴う能力低下は避けられない、ならば落ちぶれてしまうのではないか・・・と悲観的に考えています。近い話では名作を作ったゲームクリエイターが会社を興しても、落ちぶれたりダメになっていることがあるので、へたに向上心や野心のたぐいは持ってはいけないのでは?口を閉じて肩を狭くして生きて行くほうがよいのでは?とヘンな考えを持つ有様です。 今の自分にとって重要?なのはこの「将来性」の方になると思います。生意気で申し訳ありませんが、もしよろしければ追記して回答していただければ・・・と思います。
- henmiguei
- ベストアンサー率45% (1764/3876)
<職業の適性検査を受けてきた> これは職業安定所(ハローワーク)の職業センターのテストでしょうか もしそうなら判定した方は厚生労働省の御役人で心理カウンセラーなどの世間知らずの人です 従ってプログラマーの接客が必数だとは全く知りません つまり机上の空論に近い結論しか導き出せません 世間の事がほとんど解っていない人の結論は信用できないのも当然です 貴方の御意見が全く正しいと感じます 彼ら職業カウンセラーと呼ばれる方のほとんどは世間の実情が解らずにいる人達ですから 気にする事は有りません アスペと言えども判断力が有る人は自分の事が一番わかっているのですから 自分の判断が一番と信じそれにちょっとだけ親しい人の意見を取り入れれば良いと思います。
お礼
回答頂きありがとうございました。 適性検査はハローワークもそうですが、お医者様も似たような結果を下すので、どうも世間一般に思われるイメージが蔓延しているような気がしてなりません。 転職支援の会社の診断も受けても「クリエイティブな仕事」という結果が出るので、場数を踏んでいる後者のほうが正しい…のかもしれません。しかしクリエイティブと言われても音楽やデッサンなどの芸術方面の蓄積がほぼ皆無であるため、本当なのかなぁ?と疑っています。 「ヘタの横好き」の言葉のように、自分に適しているのと周囲の要求に答えられるのかと、一緒くたにしているからなのでしょうか。 今現在の自分の判断力は落ちている状態です。「落ちている」と自認できるほどまで回復していると言えるかもしれませんが・・・しかし変な形で曲解してしまう(好きな仕事をやればいい→好きなようにやればいい?など)癖があったり、相反するアドバイスを受けてしまいかえって混乱する(A:大好きですと言え、B:相手が引くから言うな)など、周囲のアドバイスを正確に受け取り、その言葉通りに実行できる自信はありません。 ・・・どうも色々と整理が必要のようです。ありがとうございました。
お礼
回答ありがとうございました。 >プログラマーは適職ではないのかもしれませんね 現在の求人を見ても「コミュニケーション能力」の一文がほぼ確実に入っているので、いったいどこからプログラマ=コミュニケーション能力不要なんていう公式が生まれたのか…理解に苦しみます。あちこちの自助会でもそこを突っつくとほぼ確実に一休さんにやり込められたかのように何も言えなくなってしまうのですね。それで会議がお開きになったり、次回以降は呼ばれなくなってしまうなんていう嫌な経験もしました。 ただそれでもやっている人は確実にいるわけなので、そこはやはり「能力」になってくるのかなと思います。もしくは仕事を通じて上司の方法を真似たコミュニケーションを実践している、ということをしているのかもしれません。 私としては技術はもう錆び付いているのでとっくに諦めていますが、複雑な情報の受発信には口頭ではなく絵や文字でおこなうことでコミュニケーションを取る、という方法をとっています。そちらのほうが誤解や行き違いなく情報伝達ができるので、やりようによっては…と思っています。もっともこれは私がいろいろ痛い目に遭った末に編み出した方法なので他の方々にも通用するかどうかはわかりませんが… また現在はWebデザインの職業訓練に通っています。錆びたとはいえコードを打つ技術はあるわけなのでhtmlやcssを構築することに転用できることと上述の絵や何かで表現したほうが相手にうまく伝えられるので意外に相性がいいみたいです。 適職云々にとらわれないほうがいいのかもしれません。ありがとうございました。