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「出物腫れ物所嫌わず」という言葉の出典元を教えてください。

「出物腫れ物所嫌わず」という言葉の出典元を教えてください。 どこかの雑誌記事に、禅の言葉だと書いてあったのですが、そうなんでしょうか?

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  • kine-ore
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回答No.3

#1です。 #2さんご指摘の通り「ひらかな盛衰記」は元文4年(1739)4月11日竹本座初演とあるようです。 ただ、ここでの「出物腫物」は一個の熟語にして妊娠後期の状態そのものを指しています。 したがって「出物」単体でオナラを指し、それは「腫物」並みに自身では制御できないものなのだという意味での記録としては、ようやく「鹿子餅 屁」において残されていることになります。 ところで東福寺の東司は、室町前期に再建された日本に残る最古の便所として重文になっています。http://www.tofukuji.jp/index2.html その使用にあたっては厳しい作法が行われていたようです。 http://sango-kc.blog.eonet.jp/eo/2007/03/post-c6ed.html 一方、京の手軽なタクシーやバスの観光に手ごろなこの寺の見学で、必ずガイドが頃合いを見計らって得意顔で謎かけするのがここの東司紹介で、ここでも「どないして使わはったんでしょうねぇ」と恍けながら日本では出物腫物ところ嫌わずという言葉があるとして、聞いた外人はなるほどそんな煩雑な手続きなど構っちゃいられない”Need knows no law.”とばかり変に感心しきりとのオチもあるとやいなや…。 とまれ、人間は等し並「臭皮袋(しゅうひたい)」とは然り乍ら、作麼生。 「秘すれば危うし」 http://www.genyusokyu.com/essay08/seiryu/1004.html 「「為他知而故犯」 http://blog.goo.ne.jp/tenjin95/e/b2c4c90ff7d190c7a7d929268fc6284b

hiyahiya12345
質問者

お礼

詳しくありがとうございました。東福寺の便所の記事も勉強になりました。

その他の回答 (2)

回答No.2

先の回答者さんの書かれている「平仮名盛衰記」ですが、『広辞苑』によれば、1739年に初演となっています。 ○出物腫物所嫌わずでものはれものところきらわず 屁もできものも、あれこれ場所・場合に関係なく、おかまいなしに出る。産気づくことにもいう。「出物腫物時知らず」とも。浄瑠璃、ひらかな盛衰記「―、ひよつとその場で気けがついたら」 ひらかなせいすいき【ひらかな盛衰記】 (「ひらがな」とも。「源平盛衰記」を平俗にしたものの意)浄瑠璃。文耕堂ほか合作の時代物。1739年(元文4)初演。源義経の木曾義仲討伐から一谷いちのたに合戦までの史実に、樋口次郎兼光・梶原源太景季をあしらって脚色する。3段目「逆櫓さかろ」などが有名。後に歌舞伎化。 いずれにしても、こういう手合いの言葉は、これがもともとの出典だというのを探すのは難しいと思います。 どこかの誰かが、語呂がいいということで口ずさんでいたものを、こういった芝居の言葉に使ったとかいうことも考えられますし、そうなると誰が言い出したのか全くわかりません。 禅の語録などを時々読みますが、いまのところ、これに似通ったものに出会ったことはありません。 まあ、語録の数は膨大ですから、そのうちぶち当たるのかもしれませんが。

hiyahiya12345
質問者

お礼

ありがとうございました。たしかに語呂が良いです。私が読んだ雑誌記事は、たしか科学情報誌のニュートンに、「京都の東福寺の古い便所が残っていて、座禅を組んだり、宗教儀式の途中であっても、大便小便は生理現象だからしかたない、だれもとがめることはできない、ゆえに古くから禅では出物腫れ物所構わずと言います」といった文脈で書いてあったような覚えがあります。 ありがとうございました。

  • kine-ore
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回答No.1

1772年(安永元年)「旦那御免、出ものはれ物所きらはずと、頭をかけば」(山風「鹿子餅 屁」) 1750~80年「‥切っつ撲(は)っつはあぶな物、出物腫物所きらはず、ひょっと其場で気(け)が付いたら」(「浄瑠璃・平仮名盛衰記」)

hiyahiya12345
質問者

お礼

ありがとうございました。18世紀ですか。勉強になりました。

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