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公務員について
公務員について 公務員っていうのは、言うことはウソだらけ、公的制度はすべて必要以上に複雑で一般市民には到底理解しがたい。 こういう日本の現状を見るにつけ、この国は国家がなっていないなあと感じる今日、この頃です。 おそらくこの問題の本質は、官僚が複雑な制度設計を立てて、それを国会に提出、承認されているからだろうと思っていますが、この「複雑さ」にあぐらをかいている一般公務員に対する感覚をお聞かせください。 ちなみに私は民間人、以前に公務員も経験済みの者ですので、ある程度中立的に見れるつもりではおりますので、ぜひ、ご意見をお願いいたします。
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質問者様とは逆にもと民間経験が少しあり、現在公務員です。 >公務員っていうのは、言うことはウソだらけ、 これは個人レベルでの説明責任が果たされていない事を仰ってるのかわからないのですが、個人的にそのような方がいらっしゃるにしても、全ての公務員が、というのはちょっと極端な気がします。 >公的制度はすべて必要以上に複雑で一般市民には到底理解しがたい。 >おそらくこの問題の本質は、官僚が複雑な制度設計を立てて、それを国会に提出、承認されているからだろうと思っていますが、この「複雑さ」にあぐらをかいている一般公務員に対する感覚をお聞かせください。 問題として、公務員の業務成果としてどこまでの「正確さ」を求めるのか、ではないでしょうか。 実際の制度ではなく、あくまでもイメージとして挙げさせていただきますが ・景気昂揚のために、低所得者に現金を支給する。 ・支給条件は年間所得が低いものとする。 仮にこのような制度を作るとすれば、恐らく支給額を所得層別を複数に分け、支給額を段階的に設定すると思います。 ・年収100万未満、支給額10万円 ・年収100万以上200万円未満 支給額9万円 以下略(年収100万円ごと上がるごとに支給額1万円減少) これは、制度の目的に合わせて、支給者全体の公平性を優先するために、制度の複雑化はやむを得ないと考えると思います。 また、支給方法の確認でも、給与明細で確認するのか、源泉徴収で確認するのか、何らかの公的な所得確認書類の提出を条件とすると思います。これは不正受給を防止することで、同じく公平性の確保を図ると思います。 質問者様の仰るように、複雑で支給される国民にわかるようにすべきというならば、この公平性をある程度捨てる必要生じるのではないでしょうか。 ・支給額は年収1000万以下なら、誰でも10万円とする。 ・所得確認は申請書に自己申告するのみで良い。 これは極端だと思いますが、先に挙げたものより単純になるし、添付書類も不要になりますのでわかりやすくなると思います。 ただし、代わりに高所得者でも低所得者でももらえるときは10万円もらえるという意味で公平感がなくなり、申請書の自己申告だけで支給されるので、不正受給も簡単にできるようになる。 公務員の、というか各種の行政サービスが複雑化するのは、この手の公平性・正確性を最優先としているし、逆に結果として不公平・不正確であることが国民に許容されていないからだと思います。 もちろん個人レベルでいい加減な公務員がいることは否定できませんが、制度設計においては複雑化を避けられないのではないでしょうか。 逆を言えば、公務員の人件費等の行政コストを抑えわかりやすい行政を、というオーダーには少なくとも公平性・正確性を一定レベルで失うリスクがあり、これが国民に許容されるならば、構わないと思います。 今の複雑な制度のひとつひとつをとって、個別に説明して国民に審判を図るようなことは恐らくできないでしょうから、基本的な考え方として「行政サービスが低下してもいいから、コストを抑えていいか?」というようなことを問うしかないでしょうけど… 国会の承認を得るのは、三権分立上はどうしようもないと思います。 ただ、議員には複雑であったとしても、提出された制度を理解し、自らの選挙民に対して説明責任を負っている部分があるとは思います。その意味は選挙において必ずしも立法府の議員としての能力が見えないまあ選出されている議員もいるし、そちらの問題もあるのではないでしょうか。 あと、蛇足ですが公務員の悪い癖のひとつが、間違いのない説明をと考えてしまい説明が冗長になることで、私もここまでですでに回答文が長くなってしまってます。 自分で記載してて、職業的な癖でこれは良くないとは思いました。 いい機会なので、私も簡素に要点を説明することを心がけたいとは思いますが、今回はこのような回答になります。ご参考になれば幸いです。
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- atelier21
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勿論100%の人ではないだろうが 30年超公務員から許認可受けてきた立場で言うが 権力を持ち振り回すがいざ責任問題になると逃げる 又逃げる役員を周囲がこぞって助ける 明らかな嘘がばれても言わなかったといい 明らかな行政の間違いであっても担当者名を隠す 反面一寸した民間側の間違いには親の敵かの如く 始末の手数を求めてくる 今民間の機関が出来て行政窓口に比較して 的確性を喜んでいたが その民間機関の担当に 役人の悪い気性を持つ奴が出てきた 小権力の作用に酔う者は小童役人に限らない 検察官の典型的な横暴が曝け出され様としている 何れ官僚から役人間迄の天下横暴が糾弾されないかと願う
お礼
願いがかなうといいですねぇ。 貴重なご意見をどうもありがとうございます。
- frolander
- ベストアンサー率25% (4/16)
確かに役所の手続きが複雑極まりなく、地方公務員の対応が良くないということをよく耳にします。 また、行政サービスも画一的で、例外に対する対処がたらいまわしというのは非常に腹立たしい次第です。特に、自営業を営む人間にとっては、迷惑極まりないと思います。また、土日に行政サービスが受けられないのは、忙しいビジネスマンにとっては迷惑千万です。 公務員の責務の一つに、説明責任があると思います。行政サービスの内容について、受益者にわかりやすく説明するという責務が。私の感覚では、地方レベルでは説明責任を果たせているのは3割程度かなという印象です。 自分は大学で研究してますが、元公務員である大学事務官の方々は、責務を全うされている優秀な方3割、その他は筆舌に尽くし難しという感じです。 ただ、やはり部署によるのでしょうが、120%の行政サービスをしてくださる方は確実にいます。私も何度もお世話になり助けられました。ただ、そういった方々はより重要な職務のある部署にすぐに異動になってしまい、なかなか表立った行政サービス部門にいらっしゃらないという印象があります。 事実、私は学生自体は事務官はヘボイモだと考えてましたが、研究関係の部署の方は非常に素晴らしい方々で、わかりやすい説明・きめ細かい対応をしてくださいました。 こういった方々を育てるキャリアプランを、公務員全体に徹底して欲しいと願う次第です。
お礼
貴重なご意見をどうもありがとうございます。
補足
公務員くずれの私がモノ申すのをお許しください。 私も努力したんです。 制度を理解しようと思って、それをお客さまにちゃんと理解してもらおうと思って日々工夫を重ねたつもりではおります。 が。私の脳ではあの制度にはついて行くことができませんでした。 私もまがりなりに勉強もしていますし、一般のお客様よりはずっと知識は持っていますが、例の3割程度の事務官の中には入ることはできないでしょう。 私のような人間でももっとお客様へのサービスができるキャリアプランができることを私も共に願いたいと思います。
こんにちわ! 公務員というのは、最低限のことをすればいいのです。 余計なことをして、市民の期待と結果が違った場合の修正には大変な労力が必要になります。 だから、知らない相手や地域の大多数の人が望むこと以外は適当に記録が残せる程度できりあげてしまいます。 公務員は時計で言えば一つの歯車でいいのです。市民の要求に合わせて時刻を表示すればいいのです。 余計に時報を打ったり、早く回ったり、遅く回ったり(どこかの国会の標準時計)してはいけないのです。 発言力のある市民の設定に従って時を刻めばいいのです。 ウソ というのは貴方や私がその内容を理解できているからです。多くの人は「そんなことどうでもいいじゃないか。」と考えています。「それはそれで適当にすませて」、内職とか、知人のための仕事代行しているという。 勤務時間中は、接客や外出休養私事をして、本当の事務処理仕事は電灯つけて残業でやる。一生懸命やっているので市民は文句を言わない。給料が安いと思っているので残業代で補完しているのだと豪語していました。 今は、残業代が無いので定刻で電灯は消える。通常の勤務時間で処理できたのです。
お礼
貴重なご意見をどうもありがとうございます。
補足
同じことを言っていた人がいました。 私は性格上、「○×省の職員だから、○×に関してはプロ意識を持つ」方ですので、そういううまいことができませんでしたけど。 ちなみに、職場の上司が「△△君は上手に息を抜いている」と私に耳打ちをしてきましたが(つまり手を抜けってことかな?)、彼は今、役所の要職についています。 こういうのも仕事力、なのかもしれませんね。
- pokoaruki
- ベストアンサー率35% (117/332)
逆質問させてください。 複雑な制度設計でなく、シンプルな制度設計ならば、国民は満足できるのでしょうか? シンプルならば確かに「分かりやすい」でしょうが、 誰もが、いざ自分がそのシンプルな区分分けから漏れたときに「お役所的に一律的に判断せず、もっと個別の状況を見てほしい」と言うものではありませんか? また、不正受給などが起こったとき、「怠慢だ。役所はもっときちんと審査をしろ」と言うのではありませんか? シンプルでよいのならば、役所だってそのほうが楽ですよ。そうは思いませんか?
お礼
貴重なご意見をどうもありがとうございます。
補足
そうですねぇ。 おっしゃる通りのことも想定されますね。 役人の杓子定規的な物言いは昔から評判が悪いですから、あえてシンプルにして損をしたような人からは物言いがつくのは容易に想像がつきますね。 まず、役所が楽ならその方がいいはずです。 人件費が浮きますから。 それに、一番の問題は「国の決まりごと」である法律が役人以外では「学者」、「弁護士」などの一部のインテリが決め、一般人が良く分からないまま決まってしまう、私はその方に危機感を感じますけどね。 国民は満足できるでしょうか?との質問には、「得した人は喜び、損した人は怒る」という単純な図式が成り立ちます。 これはいくら経過措置をきっちり設けて複雑な制度設計にしても起こりうることですし、最悪、公務員が間違って説明をしたりしてしまうと、国民からの不信感がつのってきちゃうんじゃないかな?と私は心配してしまいます。
- h_bopper2002
- ベストアンサー率46% (253/546)
一般公務員は民間の労働者に比べて危機感がすくないとはおもいます。かといって「民間vs公務員」という二項対立を思い描くのは問題をみえにくくするとおもいます。 古くは江戸時代あたりから連綿と権力構造が受け継がれて現在のシステムになってきているので、現代の下っ端公務員をことさら責め立ててもしかたないとおもいます。鈍感で思考が停止しているひとがいれば、それが公務員かどうかにはかかわらず軽蔑する対象になるとおもいます。 理念として三権分立というように監視しあうシステムになっているといいますが、特に官僚の「監視されなさ」は格別で、そのへんをなんとかしないと公務員のありかたも改善しないとおもいます。
お礼
貴重なご意見をどうもありがとうございます。
補足
>かといって「民間vs公務員」という二項対立を思い描くのは問題をみえにくくするとおもいます。 私も同感です。 >特に官僚の「監視されなさ」は格別で、そのへんをなんとかしないと公務員のありかたも改善しないとおもいます。 これはどうでしょう? 私の感覚だと三権分立で監視し合うシステム、と言いつつも、一番監視されていないのは司法なのでは? もっとも、私が問題にしている地方の出先国家公務員やら地方公務員も監視はどこまでされているかは不勉強なので分かりませんが。 いわゆる「お役所仕事」の元凶は「必要以上に複雑怪奇なシステムにあり」というのが私のあくまで「個人的な」意見です。 今の政治主導と言っても、どこまでできるのか…官僚の言いなりと揶揄された管氏が再選された状況を見てもその答えは出ているのではないかなと思うのは、考えすぎでしょうか。
お礼
さすがに現役の方のご意見、たとえも的確ですし、私のような公務員くずれでもよく分かりました。 今後の参考にさせていただきます。 どうもありがとうございました。
補足
的確なご指摘、痛み入ります。 確かにご指摘の通り、公平性を保とうとすれば自然と制度は複雑化していきます。 私は無能な公務員でしたので、その制度を理解するだけでも一苦労でしたが、その無能な公務員の説明を聞かざるを得ない国民に対していつも申し訳ない気持ちを抱いていたことを告白させていただきます。(ちなみにとある市役所の職員は、「これは制度が複雑なので、機械にかけてみないと本当のことは分かりません」と抜かしていました。事実でしょうが、説明責任は果たされないでしょう) 公務員はあくまで国であれば国会で決めた法律や省令その他に基づき、的確に仕事をすることを求められますが、それに対する説明や対処が誤っていたとしてもそのこと自体、当の公務員が気付かないまま過ぎ去ってしまったり、相手の国民が気付かずに過ごしてしまったりということも現実問題としてはあるようです。 これは、国民の代表者で選ばれた国会議員が法律を作り、それに対して忠実に公務員が執行する、という国家の根本が揺らいでいる、と私は考えています。 回答者様のおっしゃるとおり、国民みんなが公平であるならば複雑化はやむをえませんが、今の状況で国民がどこまで国の制度を理解できるのか(と言うと馬鹿にするなと言われそうですが、そういう表現を使いたくなるほど「無駄に」複雑なのです)、そして、法律を作る議員をどれだけ正確に見極めて選んでいけるのか。 私の個人的な意見ではもともとこの世の中は不公平なのだから、公平性をある程度犠牲にしてでももっと分かりやすい、簡便な行政が行われた方が、公務員もお役所仕事と言われずに済みますし、国民も喜ぶわけで、こちらの方が良いのではないかと思ってしまいます。 ちなみに、その「公平」の中には「たとえ1円であっても既得権は守る」という不可思議な公平も含まれていることをあえて指摘させていただきます。 「民主主義」という名のもとで「○○主義」という別の主義が生まれてしまっているように思わず感じてしまう今日、この頃です。