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古代中国での指輪の意味って?
古代中国での指輪の意味って? 古代中国では指輪のことを玉扣子と書いてお金持ちの人が親指にしていたことから指輪はお金持ちの象徴だったということを聞きました。 現代の婚約・結婚としての指輪の意味ではなく、中国の指輪の歴史のような内容のものを探しているのですがなかなか見つかりません。 古代中国ではどのような意味合いで指輪が使われていたのでしょうか? 教えてください!
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yanhuaつづきです 【後半】 ■簡介戒指的来源及歴史 出典:中国珠宝文化網 http://www.zb31.com/college/Detail/3202.html 民俗学者T.S.Knowlson、Junvennaらの言うには、結婚指環の類がいつ頃からあるかは到底分からない。エジプトの頃から既に指環はあり、結婚指環の風俗は遡及できる文化の初めには既にあった。少なくとも人類の文化と共に生まれたに違いない。 指環の発生をいうならば、西方の結婚指環だけが早かったばかりでなく、東方においては戒指が西方と同様に長い歴史がある。『創世記』によれば、エジプト王ファラオは印鑑付きの戒指を外してヨセフに渡した。以降ヨセフはこの印を以って王の権威の恩恵に与ります。古代東方において、戒指は女子の装飾品というばかりか、帝王の権利の象徴であり権力の印でもあった。 中国での指環の発祥は、故実に照らした推測では、指環の始まりは商代末期。若干の考古学者の発見では、商・周にまたがる(注:BC11~10世紀?)未だ銅器時代だが、金の発見と応用そしてやや遅れて銅となる。煉金は複雑な技術を要した。銅器時代にそれほど多くの金を后や女達に、指環を作るほど提供出来たろうか?実際のところ故人のいう金とは、今日言う金の概念とは限らない。分類名であったり固有の名であったりする。分類名では、金属または五金(注:金・銀・銅・鉄・錫)の通称であり、銀を白金、黄銅など黄色の金属を黄金、鉄は重金という。よって、商・周両代の金の指環は、黄金製のものとは限らない、恐らく銅類の金属であろう。 指環の歴史については、推測と伝説が多く、戒指がいつ頃、誰により発明されたかを、十分正確な証拠を以って論証するのは難しい。しかし確かなことは、戒指の歴史は文化の歴史と共に悠久であることだ。 指環を戒指と呼ぶのは何故か?"戒"は禁戒(注:厳重警戒)の意であり、指環を指につけるや禁戒を示す、従って"戒指"となる。然し敢えて"厳重警戒"と言うのは何故か?『五経要義』に以下の記載がある即ち「古には皇后と妃嬪達は君主に仕えた、その時侍るものには銀環を以って之を招き入れ、妊娠すれば金環を与えて之を退ける。招き入れる者は右手に、退く者は左手に。三代の制、即ち現在の"戒指"なり」。 『三余贅筆』は『詩経』の注に基づき、戒指は上古の遺志だと言っている。つまり「世間は金銀を環とし女性の指につける、之を戒指という。『詩』の注、古には皇后と妃嬪達は礼を以って君主の前に進み、女性としての然るべき日に、環を授け進退をも授けた。子を生む時期(お日柄、生理周期)は金の環で之を退ける、侍らぬ者は銀の環を左手に、侍る者は右手に置く。事の大小に関わらず之によりことは決まる。世間に知られた戒指とはそういうものである」。言うなれば、皇帝の妃妾側室達は生理周期と妊娠時期において、天子に親しむ事を避けると言うことだ。このような行為は、昔の人が科学的だとか開明的だということでなく、古の人は妊娠及び生理中の女性は不浄であると考え、男はこの様な時期の女性に触れることを避けたということだ。このような迷信が生じた動機は、現代科学が妊娠と生理期は性生活を避けるべきと考えているのと符合するものといえる。 (注:要するに、金・右はNG.銀・左はOK.のような。原典には更に材料があります。) ・・・・・中略・・・・・ 今日"戒指"はそれなりの意味を含めて男女とも用い、もっぱら装飾品の役割もあるものの、"戒指"のそもそもの由来はこのようなことであった。"戒指"はどの指にはめるかで固有の意味を持つが、西洋式と中国式では異なる。以下は伝統的中国式。現在の若者は個人差は当然として、西欧式の解釈に加えて伝統的な考えも引き継いでいるようです。 ・食指[人差し指]--五指中最も主張性を備えた指、因って、"戒指"の形状は縦長、大きく高い(価格でない、寸法)こと ・中指[中指]--個性の強い指、更に立場を中央へ、因って、この指に嵌める"戒指"はバランスが大事、方形・十字形・楕円形など、全て左右平衡に。 ・無名指[薬指]--最も繊細で美しい指、この指には典雅な"戒指"を、華麗・白金・珍珠・ダイアモンドなどならば間違いなし。 ・尾指嬌小[小指]--華美で幸せを感じる繊細なデザインを選んで御覧なさい。 参考: ・上記指と"戒指"の対応については進退のツボ(穴)との関係で述べたものもあります。 ・戒指的起源 ・・・時代による胡椒の変化と背景の話。 http://www.hjzb.com/Article_Show.asp?ArticleID=102
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- yanhua
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おことわり:2000字を超えるので回答を2つに分けます。 【前半】 「古代中国では指輪のことを玉扣子と書いてお金持ちの人が親指にしていた・・・」との話はどこで聞きましたか、またはどのような書物に書いてありましたか。 "玉扣子"は必ずしも指輪ではありません。玉(ぎょく)で作った留め具、ボタン、バックル、髪留め、等などのことです。装飾品として使われたので、発展形、応用形で指輪状のものも不自然ではなく、記述の対象が明確ならば指輪と断定も可能です。むしろ、玉(ぎょく)が権力者の権威の象徴、装飾品として裕福の印、全人民にとっても魔除けの具であったことは確かです。 それはさておき、貴質問「古代中国ではどのような意味合いで指輪が使われていたのでしょうか?」について: 1.予備知識: ・現在の中国では日常的に指輪と言えば"戒指jie4zhi"と言いますが、中国人の用法では、結婚/婚約指輪や特別の意味を含むようです。汎用の名詞としては"指環zhi3huan2"があります。日本で一般の中国語テキストには"戒指"しか出ていないため、実用上はさして問題ないとはいえ、"指環"も教えて欲しいものです。 2.現在の中国語辞書では"戒指"も"指環"もほぼ同じ説明ですが、"指環"は物理的に形状を表現しただけ、"戒指"の"戒"は武器を捧げ持つ、結界を作る、護るなどの意。よって、意味は深く歴史がありますし対象や場によって使い分けがあります。 3.世界史的には古代エジプトで指輪が存在し、ローマ帝国で意味ある指輪の習慣が定着したようですが(根拠を明示した記事が見当たりませんが、類似内容記事は沢山あり)、イタリア半島統一がBC500年頃。中国では春秋末期、孔子が生存中の頃です。 日本語サイトには適切なものはなく中国語サイトには材料が山ほどあります。中国語はいかがですか。中国語サイトから一例をご紹介。この記事中の核となる事項では、出典を示しているのでその点では根拠のある論といえます。他でこの論を利用されるならば、念のためご自身で原典に当たることを奨めます。 要点のみ引用抄訳しておきます、雑ですので乞ご容赦。 ・"戒指""指環"は指輪とせず、敢えて原文のままとします。 ・いずれも訓ないし熟字訓で読めば"ゆびわ"です。 ・(注:~)は訳者注。 ■簡介戒指的来源及歴史 出典:中国珠宝文化網 http://www.zb31.com/college/Detail/3202.html 【後半】へつづく。
お礼
そうだったんですか…。実は中国人の友達に聞いただけで、その友達の内容を確認しようとネットで探していたのですが、なかなか中国の指輪の歴史的な背景については全く確認できなかったものですからこちらのサイトを利用させてもらいました。大変参考になりました。ありがとうございました。
お礼
素晴らしいです!こんなに詳しく。驚きました!とても参考になります。ありがとうございました!