- 締切済み
模試の世界史で
キリスト教世界は8~11世紀にかけて東西二つの教会に分裂した。その二つの教会のいずれか一方と関わりの深いピザンツ帝国と神聖ローマ帝国では、皇帝と教会指導者との関係が大きく異なっている。11世紀後半を念頭にその違いを120字以内で説明せよ。 というものが出題されたのですが、正確な答えが分かりません。どなたか解答しては貰えないでしょうか。
- みんなの回答 (1)
- 専門家の回答
みんなの回答
- tanuki4u
- ベストアンサー率33% (2764/8360)
回答No.1
ローマ皇帝が、キリスト教を教えていいよ! と許可した。 ビザンツ帝国はローマ帝国そのままなので、上記の原理にある。 西の方では、ローマ帝国は一旦無くなって、教皇だけが残った。そして教皇が戴冠させたのが、神聖ローマ帝国皇帝。 教皇が、ローマ皇帝と名乗っていいよ! と許可した。 この違い