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自立支援法で自立は可能なのでしょうか
自立支援法について勉強しています。 次のようなことについて教えていただけたらありがたいです。 自立支援法ができたことで自立できたのでしょうか。 自室支援法のもとで実際の生活の場では今どのようなことが起こっているのですか。 そのほか何か自立支援法についてご存知のことがあれば教えてください。
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障害者の「自立」というものをどのようにとらえてゆくか、ということによって、障害者自立支援法の受け止め方が障害者の間でもかなり異なるのではないか、とは思います。 一般に、障害者自立支援法による障害福祉サービスの対象となる障害者の大半は、重度~最重度の障害を持ち、それゆえに介護時間の確保は非常に重要な問題です。 介護時間を確保するためには、介護要員の確保と事業者の経営の安定のためにそれ相応の介護報酬が用意されなければならないはずですし、それらが十分になされて初めて、満足のゆく介護時間が確保できると考えられます。 ところが、介護報酬をより多く確保するために利用者負担を強いることをせざるを得ないのに、行政責任による措置費制度(支援費制度や障害者自立支援法の、最も古い前身)のときの「利用料はほとんどタダ」というのに慣れきってしまった障害者は、それに納得していません。 確かに、「収入源に乏しいから納得できるわけがない」という障害者の主張はもっともではありますが、しかし、負担なしには、ほんとうの意味での介護など「絵に描いた餅」に過ぎないと思います。 「福祉」というものは、本来はお金が非常にかかるものなのです。 一方、「障害者自立支援法だけ」「介護という視点だけ」で見ていると、障害者自立支援法などをはじめとする障害者施策における「真の矛盾」に気づきにくくなります。 まず、障害者の生計維持の基準となっているのが実は生活保護法による基準で、これが最低6万6千円/月である、ということを知っておく必要があるでしょう。 この額は同時に、国民年金法による2級障害基礎年金の月額と同額です。 実は、国は、この額を前提として障害者施策における利用者負担をはじき出し、かつ、介護報酬もこれをもとにして算定しています。 さらに、最低賃金法(これ以上は賃金を下げてはいけない、という決まり)や障害者雇用促進法とも深く絡んできますし、とにかく、いろいろな法律が複雑に絡まり過ぎているのです。 問題は、上記の法のすべてについて「欠点は欠点としてきちっと認めた上で統合する」ということがなされていない、という点にあります。 「障害者福祉の運用方法」という面では、確かに、障害者自立支援法の成立によって身体・知的・精神の3障害の施策が統一されました。 ところが、統合されていないゆえに、生活保護を受けられない・障害年金も受給できない・働けない、というハンデを背負ってしまったら最後、逃げ場がなくなってしまうのです。 「穴だらけ法」と言うよりは、私としては「ガチガチに逃げ場を無くした、穴もスキもない法(あるいは「血も涙もない法」)」と言ったほうが良いのではないか?、と思っています。 私事ですが、1つ事例を挙げてみます。 プロフィールをごらんになっていただければわかりますが、実は、私は障害福祉関係の専門職でもあると同時に、障害を持つ当事者で、突発性難聴により聴力の大部分を喪っています。 障害者自立支援法の対象で、両耳の補聴器について、法による施策の1つである「補装具給付」(補聴器や車椅子、杖、装具などの公費助成を言います)を受けています。 この給付は、両耳装用の必要性があっても、基本的には1つの耳にしか認められません。就労していて業務上必要である、という理由がないと、実は、原則として両耳に装用することができないのです。 さらに、公費助成上限額が決められています。 高度難聴用補聴器は、1つの耳あたり約6万7千円が上限ですが、正直言って、とてもその額で買えるものではありません。より良い音質のデジタル補聴器がどうしても必要なのですが、1台が最低15万円はするのです。 すると、実際の利用者負担は、「公費分の6万7千円のうちの1割(障害者自立支援法による自己負担)」+「15万円-6万7千円(公費助成対象外の部分)」となり、どう考えても「1割の利用者負担でいいですよ」などということにはなっていません。 一方、障害年金における難聴の認定は厳しく、しかも、身体障害者手帳での基準とも全く異なります。 このため、どう考えても障害の程度は重いにもかかわらず、障害年金が受給できない人も少なくありません。さらに、身体障害者手帳の交付さえも受けられなければ、難聴で生活上の困難が著しくても、高価な補聴器代の公費助成も受けられません(補装具給付の対象にならない=障害者自立支援法の対象外、ということ)。 このような人(障害年金ゼロの人)が高度難聴用補聴器を購入しようとすると、もう、とんでもない負担がのしかかってきます。私は幸いにして障害年金を受給できていますし、かつ、社員としての定収がありますが、それでも高負担は厳しいものがあります(補聴器代等の負担が生じたとき、障害年金を含めた1か月の収入は、軽く吹っ飛びます。)。 これこそ「穴もスキもない」「血も涙もない」とは思いませんか? 私は、「利用者負担」はしっかり行なうべきだと考えています。 減免も良いでしょうが、あとでそのツケが必ず廻ってきます(障害者施策は、税金がすべての財源です。)。つまり、減免すれば、それだけ財源を食いつぶしてしまうのです。 ですから、障害者自身、目先の利益だけにとらわれてほしくはありません。 障害者施策にかかわるすべての法について「それ相応の利用者負担ができるだけの収入を保障した、そんな法律にせよ!」と要求してゆくことが大事だと思います。 で、ここからはかなり厳しい意見になるのですが、率直に言って、障害者自身の勉強不足を感じます。 例えば、表面的にだけ障害者自立支援法等をとらえて、「負担増はいやだ」「でも、しっかり介護してくれ」と、自分本位にしかとらえない‥‥。 これは、ちょっと通用しないと思います。 なぜならば、いままで見てきたように、障害者自立支援法だけの問題ではないからです。 「どのような場合に身体障害者手帳が交付され、どのようなときに障害年金が認められるのか」「その額はどうなっているのか」、あるいは、「介護や施設等の人員配置基準はどうなっていて、自分が支払った利用者負担はどのように介護報酬になってゆくのか」「介護職員の賃金はどのような基準で算定されてゆくのか」などなど、幅広く関心を持ってほしいものです。 少しでも興味を持ったのならば、どんどん視野を拡げてほしい‥‥。そう思います。
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- pekopeko-goo
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> 実際の生活の場では今どのようなことが起こっているのですか。 自立支援法で悪くなった点、という観点で代表的なものとしては、 ■福祉サービス・就労支援サービス・医療費補助・補装具費補助の利用者負担の強化と、#1や#5がおっしゃるような利用抑制への転化。もっとも、一昨年の「特別対策」http://www.wam.go.jp/wamappl/bb15GS60.nsf/0/d900f0eb1bd1ac7e4925725100099734/$FILE/20061227shiryou1-1~2.pdfや昨年の「緊急措置」http://www.wam.go.jp/wamappl/bb15GS60.nsf/0/4ae721799b8f89f1492573be0000bb62/$FILE/20071227_1shiryou1~2.pdfによって、この問題は一定程度改善されています。 ■障害程度区分といって、個々の利用者の障害程度を6段階でコンピュータ判定するようになりました。しかし、介護保険の要介護認定が基になっているので、知的障害者・精神障害者・視覚障害者に不利だと言われています。また、福祉サービスや就労支援サービスについて、上記の障害程度区分に基づく利用要件が設定されたり、利用期間に制限が加えられたりしています。これによってサービスが絶妙に使いにくくなっています。 ■#3がご指摘のサービス水準の低下やヘルパー派遣が受けられない問題には、利用抑制のスパイラルのほか、法施行時に事業者への介護報酬が全体的に引き下げられたことも関係しています。それに加えて、通所施設などへの介護報酬のルールが「利用者数×月額報酬」から「利用者数×利用日数×日割報酬」に変更され、大幅な減収の原因となっています。 ■外出介護や手話通訳派遣などの財政的な位置づけが格下げになってしまいました(地域生活支援事業)。 などが挙げられます。 逆に良くなった点としては、 ■ホームヘルプの利用拡大(最近、街中で障害者をよく見かけるようになったと思いませんか?)に対応して、政府の財政責任が強化されました。ただし、#2がご指摘のように、長時間介護が必要な重度障害者に対して、必要なサービス量がきちんと支給されない問題が積み残ったまま(もしくは以前より悪化)になっています。 ■#5がご指摘の、三障害一元化によって精神障害者への福祉制度が充実しつつあることについては、その例証の1つとしてホームヘルプ利用者数が知的障害者を上回ったことhttp://www.kaigoseido.net/sienho/08/seisin.htmを挙げておきます。 などが挙げられると思います。 > 自立支援法ができたことで自立できたのでしょうか。 蛇足かもしれませんが補足します。「自立」という言葉には、障害者福祉では少なくとも2つの意味があります。 1つ目は、「介護を受けなくても生活できる」という意味でのADL自立や、「家族に金銭的に養ってもらわなくても生活できる」という意味での経済的自立です。#3のご回答における「自立」(特に経済的自立)も、世間一般で言うところの「自立」(たとえば健常者でもハタチを過ぎれば「早く実家を出て自立しなさい」と親から言われますよね)も、こちらの用法かと思います。 自立支援法では、ADL自立の促進(つまりリハビリテーション)についてはあんまり前面に出てなくて、せいぜい事業体系の再編や支援計画の策定が打ち出された程度だと思います。反対に、経済的自立は自立支援法の基本理念の1つに位置づけられていて、作業所の工賃アップや一般就労への移行促進などの目標が掲げられています。経済的自立は、広義には障害年金と各種手当も含みますが、これは年金各法などが根拠法なので自立支援法の守備範囲外です。 2つ目は、「障害者は厄介者」「障害者は保護の対象」といった社会通念からの自立です(と、個人的に考えています)。「自立生活運動」http://home.p02.itscom.net/kibunnet/empower.htmなどといった場合はこちらの意味だと思います。 たとえば、家族介護を受けながら親元で暮らす重度障害者は、何をするにも(してもらうにも)親の顔色を伺ってしまいます。大規模な入所施設では少数の施設職員で多数の障害者を介護しないといけないので、どうしたって管理的な生活になってしまいます。このような状況下では、たとえばお買い物をしたいと思ってもなかなか自由に出かけられません。つまり、親元や施設で遠慮しながら生きざるを得ない障害者は、上記の社会通念によって自己の心理や行動を自ら拘束してしまいます(もちろん、障害者と暮らすご家族がたいへんなご苦労をされているのも事実で、「将来を悲観して」という心中事件もニュースでよく見聞きします)。 これに対して、たとえば自立生活センターhttp://www.j-il.jp/などではピアカウンセリングhttp://www.j-il.jp/about/pc.htmlなどの手法を通じて、社会通念による自己規定を排し自らの生活の中心となって自分らしく生きることの大切さを、障害者自身が気づけるように支援します。また、自立支援法との関連で言えば、親元や施設ではなくアパートなどで、ホームヘルプなどのサービスを利用しながら地域生活することは、常時介護を必要とする重度障害者にとって、必要な量・水準の介護を受けるというだけではなく、1度きりの人生を(親元や施設での管理された生活じゃなくて)自分らしいスタイルで生きていけるように、障害者自身がパワーアップしていくという点からも有益だと思います(#2がホームヘルプの介護時間に言及されているのは、そういう意味もあると思います)。 先日、ヘルパー派遣や相談支援を通じて障害者の地域生活を積極的にサポートしているNPO法人の代表と話す機会がありました。彼自身も重度の身体障害者で、奥さんの介護のほかに長時間のホームヘルプも利用しているのですが、「確かに私が地域で生活するにはたくさんの支援を受けないといけないし、その意味で社会に迷惑をかけている。でも、そういった支援が受けられるおかげで今の仕事を続けられるし、社会から受けている支援以上に社会に対して貢献できるんだと思う」と言ってました。 1番目の意味での「自立」と2番目の意味での「自立」は、本当は別次元の話ですし、就労支援と地域移行が基本理念に掲げていることを考えれば、自立支援法の立法意図は(少なくともタテマエでは)両方の意味での「自立」を一度に狙ったものとも考えられます。しかし、1番目の意味での「自立」は、「ADL自立や経済的自立が可能な障害者は地域生活で」「そうなじゃない障害者は親元か施設で」という二分法に転化してしまう(かもしれない)という点で、捉えようによっては2番目の意味での「自立」と対立するかもしれません。どちらの「自立」を日本社会の共通善とするのかはまだハッキリと合意形成されていませんが、個人的には2番目の意味での「自立」の方が好きです(もはや好き嫌いのレベルですが)。 調子に乗って長々とごめんなさい。
お礼
ご回答ありがとうございました。 おっしゃるように自立といってもいろいろあるなと思いました。 自立支援法要綱の1・目的には「、、、自立した日常生活または社会生活を営む、、、」とありますが、これだけではどういう意味での自立なのかははっきりしないですね。 よい面悪い面を挙げていただきありがとうございました。 しかし悪い面のほうが勝っているようで、これらの改正が望まれますね。 悪い面を改正するとなるとどうしても財源という話になってしまうかもしれません。それによっては増税ということもありえるかもしれませんね。しかし誰がいつ障害をもってもおかしくないわけですから、相互に協力し合う社会の実現のためにはそれも受け入れたいと思っています。役所等もモラルを意識して効率的な税金の運用にますますつとめてほしいですね。
- kurikuri_maroon
- ベストアンサー率85% (1980/2320)
誤解を招くといけませんので、ANo.4 に補足しておきます。 『「障害者自立支援」と銘打ちながら、実際には自立が困難』というのは事実です。 しかし、障害者自立支援法は「自立が困難な人」だけを対象としているわけでもありませんし、「もう少しサポートがあれば自立が可能」(たとえば、その生活や就労上での困難をカバーするための補装具[例:車椅子や補聴器等]の給付)という身体障害者を助ける法でもあります。 さらに、「(自立困難な人の)そのほとんどが精神疾患者」などということは決してありません。 (率直に申しあげて、h1r0s13 さんが勝手にそう思っているだけだと思いますので、誤認した内容のままで h1r0s13 さんが断定的に記すことは、不適切かと思います。) 障害者自立支援法の対象は身体障害者・知的障害者・精神障害者で、その割合は、おおむね「5対3対2」となっています。 精神障害者への対応の遅れがめだつ傾向がありますが、これは、もともと精神障害者が障害者福祉施策の対象にはしっかりとは含まれていなかった(=精神医療を優先し、福祉は2の次だった)、という法の動静上の事情から来ています。 「障害者」と言えば身体障害者か知的障害者を指す、という状態で、精神障害者はカヤの外でした。 障害者自立支援法ができて、ようやく精神障害者も障害者福祉施策に取り込まれ、少しずつではありますが、身体障害者や知的障害者と同様のサービスの提供を受けられるようになっています。 「不十分なところが多い」という事実はありますが、その反面、少しずつでも施策を良い方向に変えてゆこうとは考えた、ということで、その点はちょっぴり評価しても良いでしょう。
お礼
ご回答ありがとうございました。 確かにおっしゃるとおり、今までばらばらだったものを統合したりしているという点では評価できると思いました。 今後どう改正していくかとところが重要となってきますね。 今年4月から再開した審議会議事録を読んだのですがなかなかうまく審議が運んでいないような印象をうけました。
- h1r0s13
- ベストアンサー率12% (61/497)
自立支援法とは名ばかりで、自立が困難な人が対象となっています。 そのほとんどが、精神疾患者で占めています。
お礼
ご回答ありがとうございました。 精神疾患をもつ方は日本の障害者の大きな割合を占めるようになってきているようですね。 厚生労働省の統計では毎年増加しているようです。 それにもかかわらず「名ばかり」といわれざるを得ない法では何の意味もないなと思います。
- kurikuri_maroon
- ベストアンサー率85% (1980/2320)
障害者自立支援法は、 「障害者が収入源を確保することは、非常に困難を伴う」 という現実に目をつぶったまま、 「障害者にも一定の負担をしてもらった上で、自立の手助けをしよう」 という名目で、施行が踏み切られました。 私は、ここが最大の問題点ではないかと思っています。 利用者負担を支払おうにも、その収入源がありません。 正直言って、減免を受けたとしても障害年金だけではあっぷあっぷで、 その障害年金さえも受給できない、という人も少なくありません。 また、一般就労できている障害者であっても、 有期契約の契約社員や嘱託(しかも、かなりの薄給で退職金もなし)、 ということがほとんどで、 とても利用者負担をまかないきれるものではありません。 (もう少し調べていただくとわかりますが、利用者負担はほんとうに多額 になります。) この結果、 利用者負担が「真の意味での自立」の妨げとなるために、 負担を嫌い、障害者自立支援法によるサービスさえ受けない、 という例が増えてしまいました。 施設への通所をやめたり、ヘルパーの利用をやめたり‥‥。 一方、サービスの利用者が減ると、 事業者(施設やヘルパーなど)に入るお金もどんどん減ってゆきます。 運営が厳しくなり、介護職員などの人材も集まらなくなります。 すると、ますますサービスを利用しにくくなる‥‥。 悪循環の連続です。 以上のように、とても「自立」からはほど遠い実態です。 したがって、「障害者自立支援」などと呼んではほしくない、というのが 正直な気持ちです。 国もやる気がないのが見え見えで、 本来、来年4月から抜本的な改正を経た新法を施行しなければならない、 ということになっています(法の附則などで定められています)。 にもかかわらず、この期に及んでも、 国会等で改正法の具体案が審議された、ということを きいたことがありません。 諸々の不具合を継ぎはぎで取り繕う「運用上の工夫」はしていますが、 抜本的に法を作り直そう、という考えがありません。 いまさら始まったことではありませんが、 私は、これはとんでもないこと(障害者の立場に立って考えられない国) だと思っています。
お礼
ご回答ありがとうございました。すみません、誤って二つ目の回答から先にお礼を書いてしまいました。 この法律ができたために、障害者の方たちだけでなく事業所までも影響を受け、全体の流れも悪くなってしまったという感じなのですね。 雇用などによる収入がない上に費用の負担を迫られるのは残酷だと思いました。 メディアはお金持ちをもてはやし、セレブと称する人々の生活を紹介したりしますが、それを見るとこの社会はなにかが間違っていると感じてしまいます。
- tomban
- ベストアンサー率26% (2616/9771)
現在の自立支援法は「穴だらけ法」だと、私は考えています。 最大の問題点は「自立するに足る、介護時間の達成」が、一部の大都市圏を除き、非常に不備があるからです。 特に「重度障害者」の自立は、困難を極めています。 地域格差が恐ろしいほど大きな現状で「国家法」というのも、恐ろしい限りだな、と思っています。 介護システムに関しても、大まかな「指針」は、国も行っていますし、指導もしているようですが、全体的且つ細かな「ガイドライン」は無く、各事業所などに委ねられているのが実情です。 日本の障害者福祉は、正直言って障害者にとって「全てを任せられる」ものでもなんでもありません。 私が「穴だらけ法」と言いたいのを、わかっていただけるでしょうか?。
お礼
ご回答ありがとうございました。 地域の格差を是正したのが自立支援法と厚生労働省のパンフレットには書かれていますし、特別措置等がとられたものの、現在の実際の場では違ってしまっているのですね。 地方自治体に主な権限をゆだねたのがよくなかったのでしょうか。 地方自治体といってもその財政状況はさまざまですよね。 重度障害者の方こそいろいろな介護が必要と思われますがその方が困難を極める状況におかれるというのはやはり問題だと思いました。 政府は地方自治体やその他事業所などに障害者福祉を丸投げするような法律をつくったということになるのでしょうか。
補足
「穴だらけ法」のために、例えば日常の生活でどのようなことを経験されているのでしょうか。 差し支えなければお教えください。 自立支援法ができたころ、いろいろな訴えがよく聞こえてきたように思います。しかし2008年現在はそのころに比べて訴えがあまり聞こえなくなったような感じがします。 メディアの影響(支援法に関する問題はあるけれどもっと視聴率が取れる話題がある等)もあると思いますが、もう問題がなくなったのかなという印象を私はもってしまっています。 しかし実際のところどうなのかを知りたいと思い、このような質問を立てさせていただいたしだいです。 タイミングもあるかと思いますが、もしかすると回答者さまのような回答がたくさん寄せられるかもしれないと思っていました。
障害者自立支援法? 自立できるどころか、作業所へいけなくなり引きこもりのようになった人もいますよ。 http://kajipon.sakura.ne.jp/kt/column10.html
お礼
回答いただきありがとうございました。 とても悲しいことになってしまっているのですね。 来年改正があるとききました。 このような事例を踏まえて改正をすすめてほしいですね。
お礼
お礼が遅くなり申し訳ありません。 当事者としてのご経験また専門家としてのご意見、非常に貴重です。 大変ありがたく思っております。 特に当事者としての実際の経験談はなかなか文献からでは得られないため、私のように当事者が身近にいないという場合大変貴重です。 とても感謝しております。というのもこのような具体的な情報を得ることで法の問題点が私のようなものにも明確になってくるように思うからです。 障害者年金の額に関して指摘している文献を読みました。障害者年金からサービスの最低限度額を払った残りで本当に1ヶ月の生活が成り立つのかというものでした。また食事・お風呂に入る・排泄・着替えなどなど人として最低限の活動になぜ障害者だけがお金を払わなければならないのかという点も取り上げられていました。日本国憲法にも最低限度の文化的健康的な生活の保障、、、とあったと思いますが、この権利に関して障害をもつかたはお金を払っているというのが現状といえるかもしれないと思ったのですが、どう思われますか。 利用者負担なしにすることで財源の枯渇を招いてしまうというのは確かだとは思います。しかし最低限の介護というのはやはり無料でなされるべきと思ってしまいます、、、現実を知らない甘い考えかもしれません。 政府の公式の文書を読めば読むほど、そして福祉というものを知れば知るほど全体像がますますつかめず、障害という分野ひとつについてですら把握が難しいと感じます。 すべての人にとって満足のいく政策はありえないのかもしれませんが、できうる限りそれに近づけていくというのが政策にかかわる人々とそれを支える私たちに課せられた使命だと思ってとにかく前進あるのみかもしれないですね。