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なぜ、日本はやたら看板が多いのか
- 日本は外国、特に西洋と比べて、街の中に看板が多く、景観を大きく損ねていると思っています。
- ヨーロッパに行くと、現地の人はどこに店や会社があるのかよく分かるなあ、と不思議になるぐらい看板がありませんよね。
- 理由は何でしょう。都市構造の違い(道路が狭いとか・)?それとも文化の違い(表意文字の漢字が原因)?それとも歴史的原因(ヨーロッパは建物が古く、当時の景観を保存する意向が強い)?
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ヨーロッパには、キリスト教的な考え方と中世の経済的事情が重なって、経済を発展させるのはよくないと考える価値観があるのです。(アメリカは例外です) 西欧では古代のローマ帝国の衰退と共に、エネルギー資源の枯渇に悩むようになり、誰かが他を蹴落として発展すると、全体としてほとんどの人が生活に苦しむという時期があり、キリスト教的な考え方が深まるのに合わせて、抜け駆けをしない、経済は無理に発展させないということが行なわれたのです。経済が発展すると資源の奪い合いが始まり、当時は石油など有りませんから、森林が伐採されることでむしろ多くの不利益が生まれたからです。 またその当時は、お店を開いたり商売をしたりするには一定の枠がありそれに入れなければ商売はできませんでした。またお祈りの時間とか協会に行く日(祭日なども)多くあり、その日は商売を行なうことは硬く禁じられていました。 このような名残が今でもヨーロッパにはあり、ドイツでは日曜日や深夜、店舗営業をしてはいけないという法律がありますし、西欧諸国ではクリスマスやイースターの日はまず間違いなく店舗が休みになります。経済活動よりも宗教的行事を優先しているのです。(日本を考えればわかりますが、クリスマスの休みにお店を開けば、ものすごく儲かるはずなのです) このような名残で看板を控えるという理由もあるのです。 この点、アジアは違います。また意外と知られていないことですが、元々ヨーロッパの大航海とは、アラブの異教徒に利益を渡さずに、アジアの豊かな物産を直接取引したいためにはじまったのです。 当時のアジアから見ればヨーロッパは貧しい地域でした。その違いは森林資源(エネルギー資源)がアジアでは再生可能で枯渇しないということに立脚しています。 このようにして日本を含めたアジアでは、経済活動を規制する理由がありませんでした(封建的な規制はありましたが)、そのため経済活動を自由に進めるために広告(看板)が発達したのだと思います。 香港なんてもっとすごいですよね。それに比べれば日本は農本主義の時代があり、商人は卑しい仕事だといわれていた頃がありますから、ちょっと遠慮がちなのかもしれません。
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- kyoutoukyo
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質問からは少し外れますが 日本の看板が多いのではなく、多いと感じるのではないかなと思います。 昨今はネットでクオリティの高いデザイン広告や映像が溢れています。 受け手側も自然に見る目が洗練されて良いと感じるものの判断基準が上がっていますよね。 そうなると悪いもの・ナンセンスなものって快く感じられなくなるのは当然です。 ネットで職業クリエイターではない人達が自由な発想で無料で公開している広告とは違い、街中の看板は職業的な発想と技術で規準に沿って作られているわけですから、デザイン的にも限られてしまうのでしょう。
- jamiru
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旗印が好きだからじゃないでしょうかね。 外国は旗よりも宮殿好きですから。 縄張りやの自己主張の違いでしょうかね。
- jugger
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日本で無秩序に看板が立てられている原因は簡単です。 法規制がゆるいからです。誰でも自由に看板を設置出来ます。 高さが4mを超える物は建築基準法が適用されて、点検などが義務付けられていますが、その点検さえも行われていないのが原状です。 それより小さい看板は基本的に野放し状態です。 町の景観を大事にするのであれば、看板設置も届出制にするか税金を取るとか、方法はあると思います。 道路に置いてある立て看板は道路を占有しているので、すべて違反していることになりますが、取締りなどは聞いたことがありません。 しかも勝手に違法看板を撤去すると、撤去した方が捕まる恐れがあります。これ絶対おかしいです。
- teloon
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経済活動を行っている建物(商店等)が多いからではないでしょうか。宣伝のために看板が必要とされるのは多くの考え方だと思います。また文字と視覚による情報に確実性ありと認識されているのでしょう。それからデザイン的センスを発揮しようという動きがあるのだと思います。
昔、こんな話を聞いたことがあります。 西洋の話ですが、『牧場で丘の上に小屋を建てたんだそうです。 すると、丘の下のほうに住んでいる人から、丘の景観が悪くなったと クレームが入り、持主は小屋を取り壊した』そうです。 自分の土地に必要な小屋を建てて何が悪いか。 彼我の価値観の違いが如実にでている寓話ではあると思います。 日本ではいまだに、法律で違法でなければOKになりますよね。 アジアでは個人主義に根差した法治国家というのが、実は 発達していないだけではないか。そういう気もします。